罪に沈む街で、絆は裏切りを超えられるのか
絆川 熙瀾(赤と青の絆と未来を作る意味)
『絆の残響』
第1章 闇に沈む声
宇部市・中部町。
雨がしとしとと降りしきる夜、町は重たい湿気に包まれていた。
アパートの窓を叩く雨粒が、まるで絶え間ない囁きのように部屋の中へ忍び込んでくる。
黒澤は古びた机に突っ伏すように座っていた。
顔色は蒼白で、呼吸も浅く、今にも崩れ落ちそうなほどに疲弊していた。
彼女の目の前には、何枚もの書類と記録された調査ノートが散らばっていた。
「……もう、限界なんです」
彼女は小さくつぶやき、震える声で受話器に言葉を落とした。
それは捜査記録でも、誰かへの報告でもなかった。
ただ、自分自身に言い聞かせるように。
「私は今まで、何も知らないふりをしてきた。でも……もう黙っていられない」
頬を伝う涙が一滴、ノートの上に落ちる。
書かれていた文字がじわりと滲み、過去の記憶がまるで溶け出すように見えた。
その瞬間――。
カチリ。
玄関の鍵が回る音が響いた。
黒澤は弾かれるように顔を上げた。
「……誰?」
答えはない。
ただ、暗闇の奥から、足音がゆっくりと忍び寄る。
影が背後に迫り、黒澤の口を塞いだ。
「……ごめん。こうするしかなかった」
低く震える声が、彼女の耳に届いた。
必死にもがく黒澤。机が揺れ、ノートが床に散らばる。
そして、部屋を包んだのは――二度と戻らぬ沈黙だった。
第2章 第一課の出動
深夜。
警察署の執務室に、緊急の電話が鳴り響いた。
「課長!事件です!」
若い刑事・佐伯――通称“ナポレオン”が、震える声で報告した。
「被害者は黒澤。現場は宇部市・中部町のアパートです!」
課長・カマエルは立ち上がり、鋭い目で命じた。
「第一課を集めろ。現場に向かう」
――アパートの一室。
そこには血の気を失った黒澤の遺体が横たわっていた。
雨音と照明の下、刑事たちは無言で動き出す。
インク:「室内は荒らされた形跡なし……犯人は顔見知りか、合鍵を持っていた者だな」
ハヤテ:「窓の鍵に細工の跡があります。外部犯行の可能性も否定できません」
ロック:「遺体の傍にメモがあります。“記憶を抱えた者が真実に近づく”……何だこれは」
GLAY:「近所の住民が“争う声”を聞いたと証言しています」
その場にいたナポレオンは、唇を噛みしめながら現場を見つめた。
彼にとって黒澤はただの同僚ではなかった。
同期であり、そして彼にとっては特別な存在だった。
だが――その視線は、いつしか彼自身に疑いの影を落とすことになる。
カマエルは遺体を見下ろし、低くつぶやいた。
「黒澤……お前はいったい、何を抱えていたんだ……?」
第3章 疑惑
捜査が進むにつれ、第一課の中に重苦しい空気が漂い始めた。
インク:「課長、黒澤は内部の人間と接触していた形跡があります」
静かな声に、部屋の温度が下がる。
ハヤテ:「……仲間を疑うつもりか!」
ロック:「だが、もし内部の人間なら……ナポレオン。君じゃないだろうな」
ナポレオンの肩が震えた。
視線が一斉に自分へと突き刺さる。
「俺は……黒澤を殺す理由なんてない!
同期だったんだ……いや、俺にとっては先輩でもあった!
俺は……そんなこと、絶対に……!」
しかし、言葉を重ねるほどに疑念は深まっていく。
カマエルは静かに言った。
「真実を見誤れば、俺たち全員が破滅する……」
部屋は沈黙に包まれた。
その沈黙は、仲間同士の絆を試す冷たい刃だった。
第4章 浮かび上がる名
解析が進む中で、ついに一つの名が浮上した。
――みずき。
かつての仲間。
しかし黒澤との間には、深い確執があった。
インク:「黒澤に対して、個人的な怨恨があった……そう考えるのが自然です」
ハヤテ:「でも“記憶を抱えた者が真実に近づく”ってメモは?」
カマエル:「偽装だ。俺たちの間に疑念を植えつけるためのな」
ナポレオンの拳が震えた。
「なぜだ……俺は……ただの同期で、先輩を支えたかっただけなのに……」
だが、みずきの影は確実に近づいていた。
第5章 告白
――廃工場。
雨の残り香が漂う冷たい空間に、みずきは追い詰められていた。
ロック:「黒澤を殺したのはお前だな!」
みずきは肩を震わせ、声を絞り出した。
「……ああ、そうだ。俺がやった。
俺は黒澤にずっと苦しめられてきた。
強すぎるあの人の姿は、俺を追い詰めた。
無視する目、冷たい言葉……その記憶に、俺はずっと縛られていた。
そしてあの夜、俺の中で何かが壊れたんだ……!」
嗚咽に変わる告白。
カマエルは銃を下ろし、静かに告げた。
「みずき……罪を選んだのはお前だ。だが――最後に正直になったことだけは無駄にしない」
その場にいたナポレオンが、声を震わせて言った。
「課長……黒澤先輩は、本当に……そんな冷たい人間だったんですか……?」
カマエルは目を閉じ、そして答えた。
「ナポレオン。黒澤は強くあろうとするあまり、周りを突き放してしまった。
だが最後まで彼女は、お前を“信頼できる同期であり、先輩だった”と語っていた」
ナポレオンの瞳から、大粒の涙があふれる。
「な……んで……俺なんかのために……。
先輩……俺は……俺は……!」
崩れ落ちながら叫ぶ。
「先輩ぇぇぇ……!」
その嗚咽を、カマエルは静かに受け止めた。
彼はそっとナポレオンの肩に手を置き、言葉を紡いだ。
「泣いてもいい。だがな……毎日を進めばいい。
俺たちは一人じゃない。
絆を持って歩いていけば、必ず乗り越えられる」
ナポレオンは嗚咽の合間に、小さくうなずいた。
その涙は、絶望のためだけでなく――希望へ向かうための涙だった。
廃工場の闇の中、
新しい夜明けを告げるように、かすかな光が差し込み始めていた。
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