『逆廻転機構(リヴァースギア)』

@akaura

第1話「止まった時間の街」

 夜の繁華街は、いつもの喧騒に包まれていた。

 ネオンが瞬き、車が行き交い、人々の笑い声が空を満たしている。


 ――その瞬間、世界は凍りついた。


 走っていたタクシーが静止し、道端の犬が空中で固まった。

 笑い声も音楽も途切れ、街全体が写真のように沈黙する。


「……え?」


 天城レイは立ち止まった。

 心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。


 何が起きたのか理解できない。

 周囲を見渡しても、誰一人として動かない。


 その時――


 頭上に、巨大な歯車が浮かび上がった。

 半透明に輝きながら、ゆっくりと逆回転を始める。

 そのたびに街が巻き戻されていく。


 崩れていたビルの壁が元通りになり、落ちた看板が宙に戻る。

 ガラス片が吸い込まれるように割れる前の窓へと収まった。


「……嘘だろ……」


 レイの声だけが、静止した空間に響く。


 


 そして。


 街の人々の眼が、赤いレンズに変わった。

 機械の駆動音が一斉に響き、彼らは一斉に首をこちらへ向ける。


「……っ!」


 その瞳は人間ではなかった。

 街中の人間が、**機械人形(オートマタ)**に変わっていた。


 


 次の瞬間、群衆が一斉に襲いかかってきた。

 レイは反射的に走り出す。


「なんなんだよこれ……!」


 だが、進んだ先の道路が突然崩落する。

 避けきれない――そう思った瞬間、左腕が灼けるように痛んだ。


《巻き戻し、三秒間》


「っ!?」


 視界が白に包まれ、気づけば三秒前の位置に戻っていた。

 崩落直前の道路の上。


「……今の、俺が……戻った?」


 頭が追いつかない。だが確かに未来がやり直された。


 


 次々に襲ってくる機械人形。

 レイは息を切らしながら必死に逃げる。


 その時、路地裏に一人の少女が立っていた。

 白いコートに身を包み、手にはタブレット端末。


「――こっちよ!」


 叫ぶと同時に、少女はレイの腕を掴んで引き込む。

 直後、機械人形たちが通りを埋め尽くす。


「な、なんなんだお前!?」

「質問は後! 生き延びたければ走って!」


 少女に導かれ、地下へと逃げ込む。


 


 ようやく安全を確保した時、レイは肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ……お前、誰だよ……」

「私は白瀬ナギ。あなたが……“リヴァースギアの観測者”?」


 ナギはレイの左腕を見る。そこには黒い装置が刻まれていた。

 歯車の模様が脈動し、熱を帯びている。


「……これ、なんなんだ……」


「それは、時間を巻き戻す力を持つ装置。けど、代償として――」


 ナギの言葉は途中で途切れた。

 地下道の奥から、重い足音が響いてきたからだ。


 


 暗闇から現れたのは一人の男だった。

 黒いコートをまとい、瞳は時計の針のように光っている。


「――やっと見つけた」


 その声に、レイの背筋が凍る。


「俺の名はクロノス。お前の持つ“リヴァースギア”、返してもらおう」


 次の瞬間、世界が完全に停止した。


 雨粒が空中で固まり、ナギの驚愕の表情も止まる。

 ただ一人、クロノスだけが歩み寄ってくる。


「時間を巻き戻す者か……面白い。だが、止まった時間の中では無力だ」


 レイは声を上げようとしたが、喉も凍りついていた。


 迫り来る影――

 それが、彼の戦いの幕開けだった。

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