第21話 露天風呂

「はあ……いい湯だねえ」


『なかなか心地よい。毎日入りたいくらいだな』


「……猫ってお風呂入って大丈夫なんだっけ?」


『吾輩は聖獣だ。心配はご無用』


 私の腕の中にいるウィリアムが、気持ちよさそうに目を細めた。

 今、私は庭に設置したお風呂に浸かっていた。


 先日、ファザール村のガンドゥルさん(村長)から譲ってもらった釜だ。

 釜の下には薪がくべられ、シルトくんが火の番をしてくれている。いわゆる五右衛門風呂ごえもんぶろだ。

 前世では入ったことはなかったけれど、思っていたより快適だった。


「ゆ、湯加減はいかがですか……?」


「いい感じだよー。その調子でお願い」


「はいっ」


 シルトくんはさっきから全然顔を上げない。

 まあ、仕方のないことか。今の私はすっぱだかで釜に浸かっている。純情な少年には目の毒かもしれないね。


『主よ、何故シルトに火の番を命じたのだ』


「だってシルトくんしかいないじゃん」


『それはそうだが、シルトが可哀想ではないか』


 この猫にそんな気の遣い方ができたとは驚きである。

 まあ確かに、シルトくんにばかり働かせるのは気の毒だ。


「ねえシルトくん、一緒に入る?」


「だ、大丈夫です! 僕はここで自分の仕事をしていますから!」


 シルトくんは耳まで赤くなって火の調節をしてくれていた。相変わらずこっちを見ようとしない。


 ウィリアムが呆れた調子で肩を竦めた(猫なのに器用なジェスチャーだ)。


『主よ、吾輩が言いたいのはそういうことではないぞ』


「じゃあどういうこと?」


『これはセクシャル・ハラスメントに該当するのではないかと吾輩は懸念している』


「え」


 脳天に雷が落ちたような気分だった。

 セクシャル……え? セクハラ?


 た、確かに言われてみればそうかもしれない。私はシルトくんの反応が面白くてからかってしまうが、はっきり言って犯罪的な行為である。


 それに、シルトくんはクロエさんのことが好きなのだ。

 私なんかに構われたって嬉しくはないだろう……。


『主、今いったいいくつだ? 前世とやらを合わせれば、もうすぐ40に――』


「やめてえ! ひどいこと言わないでえ!」


 四十路が何だっていうんだ。私は1000年以上生きる予定なんだから。


 そう考えてみると、いつかシルトくんとも離別しなければならない時が来るのだ。私はエルフで長寿だけれど、シルトくんはあくまで人間。

 身長とかもあっという間に追い抜かされ、いくらもしないうちに死んでしまうかもしれない。


 まあ、考えても仕方ない。今は今を大切にすればそれでいい。

 私は切り替えが光よりも速いエルフなのである。


「ごめんねシルトくん、反省する……」


「いえいえ! 大丈夫ですっ……!」


 年下に気を遣われてしまった。南無三。


「それよりルカ様。石鹸の具合はどうですか?」


「あ、そうだった」


 私は〈泡沫箱ほうまつばこ〉で作った石鹸を握りしめた。

 イチゴのいい香りがする。

 ファザール村で手に入るものよりも、はるかに高品質のはずだった。


「じゃあ洗っていくね、ウィリアム」


『吾輩で実験するのか』


「いいじゃんいいじゃん」


 私は石鹸を握りしめ、ウィリアムの身体を優しくこすっていった。

 お、めちゃくちゃ泡立ちがいい。ウィリアムの身体の汚れもまたたく間に落ちていく。


「にゃー」


 ウィリアムが猫みたいに鳴いた。そんな声も出せるんだ。


「どう? 気持ちいい?」


『うむ。さすがは主の魔具だ』


「正確には、魔具で作った道具だけどね」


『いずれにせよ、これなら商売になるだろう』


 やったー。こうやって商品を増やしていくのも悪くないね。やりすぎると魔具のお店っていうより雑貨屋って感じになっちゃいそうだけど。


 ウィリアムが真剣な表情でつぶやいた。


『……ファザール村にこの石鹸が流通すれば、人々の衛生観念は向上していくはずである。それに伴い文化も発展し、巡り巡って主のためになるのだろうな。さすがは主――いや、そこまで考えてはいないか……』


 なんか失礼なこと言ってない? 確かに考えてないけどさ。


「文明の針を進める的な?」


『難しい表現は分からぬ。吾輩は思ったことを述べたまでだ』


 まあ、私はやりたいようにやるだけだ。

 とりあえず今はお風呂を堪能するとしようか。

 普段は浴室のシャワーで済ませることが多いため、五右衛門風呂は貴重なのである。

 ああ~極楽極楽……。


『……む。誰か工房を訪れたようだぞ』


「え?」


 ウィリアムが顔を上げた。シルトくんも振り返る。

 工房の入口のほうから人の声が聞こえてきた。


「ルカ様! ルカ様はいらっしゃいますか! ルカ様っ!」


 ……たぶん村人だ。買い物にしてはやたら切迫した様子なのが気になる。

 私はウィリアムと顔を見合わせ、仕方なしに釜から上がるのだった。

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