この恋と謎、どっちが先に壊れる?

黒石くじら

前半 乙女の日常

将来の夢って何?

幼い頃から、聞き飽きるほど聞かれた問い。

わたしが幼稚園児や保育園の頃はケーキ屋さんやペット屋さんが人気で、人によっては保育士さんや看護師さんもいた気がする。

幼稚園を卒業して小学生、小学生を卒業して中学生、中学生を卒業して高校生。

あっという間に十年の時が過ぎた。

それでもわたしの夢が霞むことは無い。むしろ、時が経つごとに夢は膨らんでいった。

ふりふりのリボンに白いレースのついた淡いピンク色のワンピース。背中まで伸ばした長い髪をハーフアップにして、熱を灯したヘアアイロンでさらさらな髪をふんわりとカールさせる。

仕上げに黒いリボンを後ろ髪に留めて、レース状の真っ白な靴下を履いたら装飾が施されたヒールも厚底も無い平べったい靴を履く。

もちろんキルティングのバッグも忘れずに持ったら、玄関にある全身鏡で一回転して自分の容姿を確認する。

透き通るような白色の肌に綺麗に上がった長いまつ毛。茶色くて縁取られた瞳、薄いピンク色に染まった頬、少し彩度が低い淡いピンク色の唇。

つま先から頭まで今日も全てが完璧。

最後の仕上げに口角を上げて微笑みの表情を作ると、わたしは玄関のドアを開けた。

外に出ると私の大好きな薄ピンクの花びらが夜空を舞っている。

孤独なお姫様は、王子様の元へと歩き出した。


名門黒百合学園のとある日常。

わたし夜桜よざくら ゆめは青空の下、春の暖かい日差しが降り注ぐ屋上でレンズを構えていた。

吹き通るそよ風が真っ白なセーラー服とハーフアップのロングヘアを揺らす。

パシャリ

カメラに映された屋上の風景は、ただ穏やかな日常を表していた。

「良い写真は撮れた?夜桜さん」

慌ててカメラを隠して振り向くと、予想外の人がそこにはいた。

焦茶の短髪にスッと通った鼻筋、優しげな目元。

思わず顔が熱を発した。

「きゃぁぁぁあ!」

「ごめん、急だったから驚いちゃったよね」

「だ、だ、大丈夫、です。スミマセン」

思わず変な声が出てしまい、今やってしまった事全てを忘れたくなる。

あぁ、いつも先輩を見るとこうなっちゃう…。

さっき話しかけてくれた人は、わたしが所属している写真部の部長である神宮寺じんぐうじ先輩。

運動神経も顔も性格も頭も金もある全てが完璧で優しくて、まさにわたしの王子様みたいな人。

「大丈夫か新入りー?」

怪訝そうな目でこちらを見たのは二階堂にかいどう先輩。学年は神宮寺先輩の一つ下の男子部員で、先輩の友達であり自称神宮寺先輩の弟子の人。

「ふふっ。今日も元気だね」

それを穏やかに見守っているのは神宮寺先輩と同じ学年であり副部長の如月きさらぎ先輩。

ストレートヘアのポニーテールが印象的で、かなりの美人さん。神宮寺先輩ともよく話しているところをよく見ます。しかも早くに大手企業を経営していた両親を亡くしたのにも関わらず、時期の社長候補となるくらいの大物との噂も。

そしてもう一人、わたしと唯一同じ学年の少女、氷室ひむろさんがいる。

男の子と見間違える様なさっぱりとしたショートカットと耳につけられた大量のピアス。どこか冷ややかなでいつも一人でいるイメージだ。氷室さんは今日も一人で集中して熱心に写真を撮っている。

この部活はそんなに厳しい訳ではないが、氷室さんの真剣な顔で写真を撮っている姿はなんだか写真部らしくてかっこいい。

以上五名が黒百合学園写真部のメンバーだ。

ちなみに黒百合学園は、あらゆるお金持ちが集まる超名門校。

頭が良いだけでなく家柄も判断基準に入るとかいう噂が立つくらいだ。

もちろん写真部メンバーも実家が金持ちである事は確実だ。時折身につけているものや振る舞いがお金持ちのそれ。あと金銭感覚も。

もちろんここにいると言うことはわたしもお金持ちのお姫様…と言う訳ではなく、小さい頃からお姫様という存在に憧れ続けたわたしは、どうしてもハイスペック王子様やお嬢様(要するに金持ち)が集まる学園に入りたくて猛勉強した末にこの学園に入学したのである。

そうして偶然仮入部期間で出会ってしまったの。

キラキラオーラあふれる王子様に…!

ひっそりと如月先輩と話している神宮寺先輩を盗み見る。

あの二人、付き合ってたりするのかな…。

嫌な妄想を振り払う。

でも、一度惚れた王子様を逃したくない。

ここでわたしの王子様(彼氏)を見つけることはもう一つの夢だもの。

どうやったら王子様に近づけるかしら?

そんな事を考えていたら部活動はあっという間に終わった。


夕日がアスファルトを照らす帰り道、わたしは一人歩いていた。

カァカァとどこかでカラスが鳴いている。

中学のいじめられたあの時もこうやって泣きながら一人で帰ったんだっけ?

目の前でバラバラに切り裂かれるリボン、響き渡る嫌な声、周囲は誰も助けてくれない絶望と恐怖。

ぎゅと自分の腕を握りしめる。

もうあの人たちはここに居ないのに、今更何考えてるんだろう。

「夜桜さん?よかったー帰る方向一緒だったんだね」

目の前に現れたのは今ここにいるはずのない人。

咄嗟に体が動いて半径二メートル以上の距離をとった。

「じっ神宮寺先輩?!なんで…っ今日はお車で帰るはずでは?」

「今日はちょっとした事情と僕の気分だよ。君も同じ?」

先輩大体の日は車で送り迎えしてもらっているのに珍しい…というか、この学園では車での送り迎えは日常茶飯事だったんだった!

今わたしが歩いている方がおかしい。

「そ、そそその通りです!気晴らしにでも歩こうかなぁ、なんて…あはは」

わたしのこんな不器用な日本語にも神宮寺先輩は優しく笑ってくれる。

「庶民の街を見歩いてみるのは良い事だけど、女の子が一人で道を歩くなんて危ないから気をつけるんだよ」

「確かに、最近危ないですよね。この学園の生徒を狙った不法侵入事件が増えているとか」

神宮寺先輩は真剣な顔で頷き、恐る恐るといった様子で後ろを振り帰るとこちらに顔を寄せる。

?!?!?!?!?

思わず思考停止してその場で固まっていると、先輩は真剣な顔で囁いた。

「実は僕、最近ストーカーに付き纏われてる気がするんだよね」

思わず目を見開いた。

「ええっ!?」

神宮寺先輩は慌てた様に口元に指を当ててシーっと言う。わたしも咄嗟に自分の口を両手で押さえた。

「いつも異様に誰かに見られている気がするんだ。週に一回歩きで帰る時も、学校に居るときのふとした瞬間さえも」

「そ、それ結構やばくないですか?」

「やばいよ。だから今日偶然迎えが来れなくなっちゃった時、夜桜さんを見かけて安心したよ。だから、ありがとう」

スッと目を細めた先輩の笑顔に思わずドキッとする。

思わずおどおどしていると、先輩はわたしの手を握った。

「ふぇ?!先輩??」

「こうしていた方が、いるかもしれないストーカーを追い払えるかもしれないでしょ?」

な、なるほど。つまり先輩が変なストーカーに付き纏われるのを防ぐ為に、わたしが先輩の恋人を演じるだけだ。そう、演じるだけなんだから。

繋いだ温かい手を変に意識してしまい、先輩を見上げるが先輩は顔色を変えずいつもの表情を保っていた。

慣れてるのかな、こういうの。

なんとなくもやっとし気持ちが広がった。

「神宮寺先輩は元カノとかいるんですか?」

問いかけると先輩は眉を八の字に下げてちょっと困った表情をした。

「実はいるんだよね」

…そりゃあそうだよね。こんなにかっこよくてみんなの憧れの的の先輩に元カノが居ないわけがない。

『名前の通り夢見過ぎだよね、夢って。』

嫌な記憶が脳裏によぎり、ぎゅと唇を噛んだ。

先輩は元の優しい表情になって微笑んだ。

「よかったら家まで送るよ。もう遅い時間だし」

そこでハッとした。わたしはお姫様みたいな格好と態度を心がけているけれど一般人、普通のお家だ。

しかし、神宮寺先輩は有名企業の取締役の息子。きっとタワマンか豪邸に住んでいるに違いない。

私のお家を見たらきっとなんだこのボロい家はって思われて嫌われちゃうかも!?

体温がスッと下がって、先輩の話し声が意識から段々と遠ざかっていく。

「あっあーーこのあと重要な予定があるのを忘れてました!すみませんっわたしはここで」

その言葉を最後にわたしはぎゅと目をつぶって走り出した。

「えっ夜桜さん??」

先輩の驚く声が聞こえる。

神宮寺先輩ごめんなさいっ!

でもどうしてもここであなたには嫌われたくないの。


次の日。

暖かい日差しの中、わたしは黒百合学園の制服である真っ白なセーラー服に身を包み、くるりと巻いた艶のあるロングヘアで今日も登校する。

(先輩の好みはどういう女の子なんだろう)

ふと昨日の事を思い出す。

何だか、先輩にちょっと悪い事しちゃったな。

鏡の前で紺色の制服の襟を整える。このワンピースのようなデザイン、いつものフリルは無くシンプルだけど清楚で可愛らしい。

横に流した前髪をいつも通り玄関の鏡で確認して家を出る。

「いってきま〜す」

名門黒百合学園でわざわざ歩きて行く庶民はわたしくらいなんだろうな…。

先輩にはいつかバレちゃうのかな?わたしがお金持ちのお姫様じゃないこと。

そんなことを考えていると見覚えのある後ろ姿が見えた。

男の子と見間違えるほど短く切りそろえた髪、耳につけられたたくさんのピアス、そして溢れ出る冷たい一匹狼オーラ!

あれは確か、同じ写真部一年の氷室ちゃんだ。

部活では唯一私と同級生なのにあんまり会話できる雰囲気じゃないんだよね…。一緒のクラスなのに。

ええい、こんな時は思い切ってお話ししてみるに限るっ!

「ひ、氷室ちゃんっおはようございますっ!」

勇気を出して話しかけてみるが、冷たい視線がこちらを一瞬見ただけでスルーされる。

「……ええっと、今日はいい天気だね。あはは」

「あんた神宮寺先輩と仲いいでしょ」

「うん?」

「あんたみたいなやつはああいう人間と関わらない方が身の為だよ」

そう言うと氷室ちゃんはズカズカと歩いて行ってしまった。

思わず思考停止してその場で数分立ち止まった後ハッとした。

もしかして…氷室ちゃんも神宮寺先輩の事が好きなの!?

そんなぁ…らいばる多いよ、がんばらなくちゃ。

色々考えていたらいつの間にか教室の前まで着いていた。

重い扉を開けて教室に入る。

そこに居るのは皆んなお金持ちのハイスペックな方々。毎日教室のドアを開けるたびに、このキラキラオーラに圧倒されそうになる。

大丈夫。なんたってわたしはお姫様を目指して人生歩んで来た。一般ピーポーだとバレるわけが…

「ごきげんよう。貧乏人さん」

ブランド物のアクセサリーをつけたクラスの女の子達がくすくすと笑った。

はい、これについては入学式の次の日から既にバレてました。

詰みです。

まだ神宮寺先輩にバレていないのが唯一の救いです。

「ご、ごきげんよう。今日もステキナアクセサリーデスネ」

目の前の女の子が数年前のあの光景と重なった様に見えた。

本当はお話しするの怖いけど…もしかしたら、いい人かもしれない。

「あら、庶民でも分かるのね。これは社長のパパが買ってくれた国内有数の貴重なアクセサリーよ。年々価格も上昇してて庶民じゃ手の出せない世界だろうけど…」

わたしはニコニコとした笑顔で相槌を打つ。

普通にお話ししてくれたのは嬉しいけど、何でだろう。この子のお話しちょっと長くて退屈だなぁ。

話に飽きてふと斜め前の席を見ると氷室さんは今日も頬杖をついてぼーっとしている。

その姿はどこか涼しげで冷たさを感じた。

何を考えているんだろう。

気づいたらチャイムが鳴って、皆んなそれぞれの席へ着いていた。

よかったぁ。あの子の話は終わったみたい。

先生が教卓の前に立って朝の会を始める。

ひと通り出欠席を取ると、先生が怖い顔を作って言った。

「もう一部では噂になってると思いますが、最近この学園の生徒複数名の家から不法侵入された形跡が見つかった事件。まだ犯人は見つかっていない様です」

教室中に、直接口には出さないが驚きや興奮、恐怖の感情が蔓延したのを感じとる。

この学園の生徒が狙われている…!?

「まだ取り調べ中ですので何か事情を知ってる人は至急職員室へ。関係のない生徒の皆さんも十分警戒する様に」

号令をかけて朝の会が終わると同時に教室は噂声でいっぱいになった。

なんて怖いのっ!こんな名門校の生徒が狙われるなんて。

でも、こんなに身近だとちょっと興味そそられちゃうなぁ。

いやいや、こんな怖い事件なんだからわたしはあまり関わらない様にしなきゃ。

とはいえまだ入学したての四月中旬。一年生の平和な教室に嵐が来る事はなく、平和に今日一日が終わった。

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