水族館少女
新代 ゆう(にいしろ ゆう)
舞台
水族館が好きだ。
カーペットの床から柔らかな感触が厚底に伝わる。目に見えない波を辿ってイヤホンに流れ込んだお気に入りの曲が、頭の中で立体化している。足を進めるたびに、両耳から垂れ下がったピアスに重みが加わる。歩幅に合わせてワイドパンツが波長を変える。
浅瀬の水槽を眺めていると、やがて周囲から人の姿がなくなった。歩きながら目を閉じる。音楽を止めると、ノイズキャンセリングが施された世界に筋肉の擦れる音が響く。やがて瞼の内側で光が浮かび上がる。
ゆっくり目を開くと、正面で大水槽が輪郭を成していく。この光景を目にするたび、大学生のころに見に行ったバレエの公演を思い出す。二メートルを越えるトラフザメが、ヒレを揺らしながら鮮やかな海中を舞う。ぴんと天に伸びた尾ビレが旗のように水中で靡く。
トラフザメが水槽の奥へ消えていくと、次はグルクマの大群がぶわりと視界で光った。
ひとつの塊になったグルクマはアクリルガラスの手前で旋回し、次に主役を飾ったのはメガネモチノウオだった。海よりも深い青をした大きな身体が、気の遠くなるような時間をかけて水槽の前面を横切っていく。
イヤホンを外すと、ちょうどBGMがフェードアウトしていくところだった。衣擦れの音だけが聞こえる僅かな静寂のあと、新しい旋律が頭上から降り注ぐ。
腹の底に、重低音が鳴り響いた。震動は巨大な空気の塊になって胸の内側で膨張し、やがて熱い吐息となって口から漏れる。
浅い海には色とりどりの魚がいる。黒一色の魚も、幼稚園児がデザインしたとしか思えない無秩序な模様の魚もいる。みんな等しく、アクリルガラスの向こう側を泳いでいる。
トビエイが身体を翻す。トラフザメが舞台の中央で踊る。私の影が、やわらかなカーペットの床で揺らめいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます