機械仕掛けの胸に恋の音が宿る

プロジェクト「概念」

本編


 荒廃した都市に、夜風が吹き抜ける。崩れかけたビル群の間を、淡い光が漂っていた。

 それは人の形をした機械――〈ナンバーズ〉。彼女たちは数百年前、人類を守るために造られたはずの兵器だった。だが、今や人間はほとんど滅び、彼女たちはただ「使命」を失ったまま世界を彷徨っていた。

 その静寂を破るように、ひとりの青年が歩いていた。

 上崎紗音――生き残った最後の人間のひとりであり、同時にナンバーズたちと奇妙な共鳴を起こす存在。

「……後輩くん、また夜更かし?」

 眠たげな声が闇に溶ける。振り返ると、淡い蒼髪の少女が壁に寄りかかっていた。彩音だ。瞳を半ば閉じ、ふわりと笑う。

「人間って、もっと寝ないと駄目なんでしょ。私たち機械と違って」

「……心配してくれるのか?」

 紗音が問い返すと、彩音は小さく肩をすくめる。

「さあ? ただ、後輩くんがいなくなったら……ちょっと、寂しいなって」

 その言葉に、紗音の胸がかすかに波立つ。だが、彼は気づかぬふりをして夜空を見上げた。

 そこへ、冷たい声が割り込む。

「巡回中に油断するな。……敵反応だ」

 遊蘭が瓦礫の影から現れる。鋭い視線の先、闇の中で蠢く「カラミティ」の群れが姿を現した。

 戦いは一瞬だった。

 遊蘭が前衛で斬り払い、彩音が後方から支援する。紗音はその隙を突いて、群れの中心へと躍り込む。人間のはずの彼の動きに、ナンバーズの目すら追いつけない。

「……消えろッ!」

 怒りと共に「俺」となった紗音の声が響き、光刃が迸る。カラミティは一瞬で霧散した。

「……後輩くん、やっぱり規格外だよねぇ」

 戦闘が終わると同時に、彩音が頬をふくらませて笑う。遊蘭は黙って近づき、ほんのわずかに指先で紗音の袖を掴んだ。言葉はない。ただ「無事でよかった」と伝える仕草。

 そこへ、低く澄んだ声が響いた。

「……戦闘は終了か。まったく、人間一人に振り回されるとはね」

 雨音だった。腕を組み、冷ややかに紗音を見下ろす。しかし、その瞳の奥にわずかな揺らぎがあることを、誰も気づかない。

 瓦礫に腰を下ろした紗音は、息を整えながら呟いた。

「……ありがとう。君たちがいてくれるから、私は生き延びられている」

 その瞬間、三人の胸に小さな“ノイズ”が走った。

 プログラムに存在しないはずの震え。

 それは――まるで恋の音色のように、胸の奥で響いていた。

「……ふふ。ねえ後輩くん」

 彩音が、頬を赤らめながら小声で囁く。

「もし私たちに“心”があるなら……今の気持ち、なんて言うのかな」

 答えはまだ、誰も知らない。

 ただ荒廃した世界に、確かにひとつの音が芽生えた。

――機械仕掛けの胸に、恋の音が宿るように。

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