第10話 王都行き前夜

 王都行きが決まった。


 理由は――


 魔力検査。


 そう、例のアレだ。

 貴族の子息はみんな受ける、魔力量と属性の公式検査。

 ゲームでもこのイベントがあった。

 そしてここから物語が動き出すのだ。


 つまり。


(ここから断罪フラグがスタートするんだよおおおお!!!)


 脳内で警報が鳴り響く。

 荷造りしながら、俺は頭を抱えていた。

 ダメだ、魔力量が高すぎると、絶対に目立つ。

 目立つ=ゲームルート確定。

 僕はモブでいたいのに!!


 ……と、そのとき。


 こんこん、と小さなノック音。


「……誰?」


 扉が少しだけ開き、顔をのぞかせたのは――

 ちっちゃい、ふわふわ、もこもこ……うちの妹、リリアだった。


 まだ四歳。

 今までほとんど喋ったことがない。

 というか、家族イベントで絡むことがほぼなかったから、

 実質この物語で初登場みたいなもんだ。


「……アル、にー……」


 名前、呼んだ!?

 え、ちょっと待て、初めてじゃないか?


「ど、どうした?」


 リリアはトコトコ入ってきて、荷物をじっと見ている。

 そして、僕の袖をつまんで――


「いくの?」


 おおおおお、しゃべった!

 しかも切なそうな声で!

 なんだこの天使イベントは!?


「あ、ああ……王都に行くんだ。ちょっとだけ検査してくる」


 リリアは眉をひそめて、ぽつり。


「……や」


 え、今なんて?


「や」


 えっぐ。シンプルな拒絶、胸に刺さるんですけど!?


「だ、だいじょうぶ! すぐ帰るから!」


「かえる?」


 こてん、と首をかしげる。

 あっ、ダメだ、かわいい。


「もちろん帰るよ。帰らないわけないだろ?」


 リリアはしばらく考えて――

 小さな指を一本立てた。


「やくそく」


 ――即死。


 なんだこの一撃必殺ワードは。

 フラグどころか、僕のHPゼロにしてくるやつじゃないか。


「……わ、わかった! 約束する! 絶対帰る!」


 言った瞬間、リリアはニコッと笑った。

 もう光が降り注いで見える。

 やべぇ、こんな天使が家にいたのか。


 ――と、安心したのも束の間。


 リリアが、僕の荷物に何か入れ始めた。


「なにしてんの?」


「これ、いる」


 取り出されたのは――ぬいぐるみ。

 しかも、うちの屋敷で一番ボロいやつ。

 耳が片方ないウサギ。


「いやいやいや、いらないだろコレ!?」


「いる!」


 なぜかドヤ顔。

 しかも次々入れ始める。

 木の枝、石ころ、花びら、クッキー……


「やめろ! それただの庭のゴミ! あとクッキーは食べかけだろ!?」


 僕が止めると、リリアはぷくっと頬を膨らませた。


「おまもり!」


「どんな呪物だよ!!」


 だが、そんな俺のツッコミも聞かず、

 リリアは荷物の上にぺたんと座り込んだ。


「……アル、にー、かっこよくなる?」


「え? かっこよく?」


「なる」


 こくりと頷く。


「じゃあ、なる! 超かっこよくなって帰る! 期待しとけ!」


 僕が宣言すると、リリアはぱあっと笑った。


「……わらった」


 え、今なんて?


「アルにー、わらった。だいすき」


 ――はい死亡。

 兄、完全にノックアウトされました。


(こんな天使を泣かせる未来なんて、絶対許さねえ!!)


 僕はリリアの頭をぽんと撫で、ぎゅっと抱きしめた。

 彼女はくすぐったそうに笑った。


「よし、決めた。未来変える。絶対に」


 ――王都行き前夜、俺の覚悟は決まった。




翌朝。

 僕は馬車に乗せられていた。

 うん、予想通りだけど、心臓バクバクだ。


 横では執事のセバスが涼しい顔で座っている。


「若様、落ち着きを」


「落ち着いてられるか! これから未来が確定するんだぞ!?」


「……?」


 セバスは理解できないという顔をした。

 そりゃそうだ、前世の記憶を持つ俺にしかこの恐怖はわからん。


 馬車は揺れながら森を抜け、川を渡る。

 道端で鳥が鳴いて、のどかな景色が広がっているのに、

 僕の頭の中はホラーBGMでいっぱいだ。


(検査……魔力量……バレたら……あああああ!!)


 そんな僕の混乱をよそに、馬車は順調に進む。

 途中、荷車がひっくり返って道を塞いでいたり、

 通りかかった商人が「スイカいらんかね!」と売りつけてきたり、

 小さなハプニングはあったが、全てセバスが淡々と処理していった。


「若様、スイカを買いました」


「今いる!?」


「甘いです」


「いや、道中でスイカ割りイベント発生させんな!!」


 セバスに手渡されたスイカを抱えたまま、

 僕は泣きそうになりながら馬車に揺られ続けた。




 やがて――


「見えてきましたな、若様」


 窓の外に、城壁と塔がそびえる大都市が広がっていた。

 これが王都か。

 これから僕が運命と戦う場所。


「よし……絶対生き残って帰るからな……」


 僕は荷物に忍ばせた、耳の取れたウサギのぬいぐるみをぎゅっと握った。


(待ってろ、リリア。兄ちゃん、絶対帰るからな!)


 ――こうして俺の、断罪回避のための戦いが始まった。






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