第6話 まだ信じられない僕


 ――そんなわけがあるか。

 心の中で、何度もそう繰り返していた。


 公爵家の嫡男として5年。優雅な(?)生活にもだいぶ慣れ、屋敷のあちこちを探索しては「ふわふわ絨毯すげぇ」「トイレにまで侍女ついてくるの怖ぇ」などと庶民目線で感心してきた僕だが――昨日のあの衝撃は、さすがに受け入れきれない。


 そう。あの「婚約者候補の名前」を耳にした瞬間。

 エリシア。王女殿下、エリシア=フォン=リューゼリア。


 その名を聞いたとき、僕の脳内で警報が鳴り響いた。

 いや違う、あれは本当に、警報というよりファンファーレ混じりの「GAME START!」の音だった。

 だってその名前……どう考えても、前世でやり込んだ乙女ゲーム『セレスティア・クロニクル』のヒロインその人じゃないか!


 つまり僕は、ただの貴族の子供じゃなくて――物語に出てきた悪役ポジションの「アル」ってことになる。

 ……え、やめて。ほんとやめて。


 もちろん、最初は「同じ名前の別人かもしれない」と思った。だってそうだろ? 世の中に「さくら」とか「たろう」くらい名前の被りはあるし。リューゼリアって名字だって、別に王家だけじゃなくてどっかの地方貴族にもいるかもしれないし? ね?


 ……いや、でもな。よりによって「王女」って肩書き。

 それにあの父上と母上の反応。

 父上なんて「ほほう、王女殿下か。やはり我が血を引く者にはふさわしい相手よな!」と、いつも通りドヤ顔で笑っていた。母上に至っては「うちのアルに王女様……やっぱり可愛い子には高嶺の花を!」と、勝手に舞い上がっていた。

 どう見ても現実逃避の余地なし。これは詰んでるやつだ。


 それでも、僕はしつこく心の中で否定を繰り返した。

 いや、あのゲームの舞台とこの世界、ちょっと違うとこも多いし! 魔導式のコードとか、前世では見たことないシステムだし! それに俺、まだ五歳だぞ? ゲームだとアルはもっと思春期真っ盛りな年齢で登場してたし! だから別人説、まだある……!


 ……と、必死に考えながら、僕は子供部屋のベッドでごろごろ転がっていた。

 侍女が不思議そうに「坊ちゃま、どうされました?」と首をかしげる。

 いやいやいや、こんなこと言えるか。「自分、将来ヒロインをいじめて断罪される悪役キャラかもしれません」なんて五歳児の台詞、頭おかしいと思われるに決まってる。いや実際おかしいんだけど。


 そして思い出してしまうんだ、ゲームの断罪イベントを。

 煌びやかな舞踏会の場で、主人公(勇者候補)がヒロインを庇い、王女を虐げた悪役貴族を公開断罪。観衆の前で「婚約破棄だ!」と高らかに宣言され、周りは拍手喝采。悪役はひとり取り残され、最後は牢屋行き……。

 しかも僕の記憶だと、その後の展開はバッドエンドばかりだった気がする。国外追放ルートでも餓死。処刑ルートでは文字通り首が飛ぶ。唯一の例外は「魔族側に寝返る」だけど、それも最終的には勇者に討たれる運命。

 ねえ、これ、どの未来に進んでも詰んでない?


 「いやいやいや!」とベッドの上でジタバタしてしまう。

 侍女が慌てて駆け寄ってきて、「お腹が痛いのですか!?」と心配そうに覗き込んでくる。

 違う。断じて違う。お腹は痛くない、未来が痛いんだ。僕のライフはすでにゼロなんだ。


 ……冷静になれ。落ち着け僕。

 もしかしたらこの世界は、ゲームと似て非なるものなのかもしれない。つまり「パラレルワールド」。設定だけ借りて、展開は違う。そういうのもアリじゃないか? そう、たまたま同じ名前の王女がいるだけで、実際は違うルートになるんだよ。たぶん。いや、そうだと信じたい!


 そう思い込もうとした矢先、父上の言葉が追い打ちをかけてきた。

 「アル。いずれ王都に上がる日も来る。そのときは王女殿下に恥じぬよう、立派に振る舞え」

 ……終わった。

 はい、死亡フラグ回収しました。ありがとうございます。


 僕はベッドに突っ伏しながら、心の中で盛大に泣き叫んだ。

 「いやだああああ! 俺、断罪イベントとか出たくないいいい!」

 しかし外に漏れ出た声は、か細い「うぅ……」という子供の呻きだけだった。

 侍女は「あら、眠いんですのね」と笑顔で毛布をかけてくれた。

 違うんだよ! 眠いんじゃなくて人生が眠りたいんだよ!


 こうして僕は、自分が悪役貴族である可能性を突きつけられながらも、必死に「きっと偶然だ」「たまたまだ」と言い訳を繰り返し、現実から目をそらし続けるのであった。






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