気まぐれSS

放浪作家おろろん

ぷりん。


「甘い物食べたい」


 夜の10時。冷蔵庫の前で君が言う。普段肌管理や体重の為に嗜好品からの砂糖断ちをしている努力家にとって、それは滅多なことだった。


「え、めずらしーね。煮物って意味?」

 

「違うよ。お菓子。お砂糖。私の身体はお菓子に飢えている」


「コンビニ行く?」


「お風呂に入ったからもう外に出たくないでーす。お外ゆきの私は閉店致しました」

  

「では致し方あるまい。任されたし」


 彼女の料理の腕は壊滅的、必然的に自分の役割である。見てるようで見ていない、ただ消費するだけの動画を閉じて、レシピサイトの海を泳ぐ。彼女は猫みたいに隣にすり寄ってきて、同じ文字をなぞった。ダークブラウンの瞳が真剣に吟味している様が、真反対だというのに筋トレ中の彼女の様子と重なる。


「……これがいい。プリン」


「プリン。いいけど。また好みが沢山分かれるものを選びますね、お客さん」


「私、あれがいいな。固くて、キャラメルも苦くないやつ」


「カラメルね」


 お姫様のご要望とあらばシェフは頷くだけである。

 ニキビが出来るからと前髪も含め後ろでひとまとめにされた髪が崩れないように撫でて、冷蔵庫の中身を確認しに立つ。中は彼女の為の作り置きと、材料と。

生クリームはないけれど、お求めの品は作れそうではあった。

 卵、牛乳、白砂糖、賞味期限がギリギリ過ぎたバニラエッセンス。プリンカップなんてないからマグカップ、ボウル、泡立て器、普段味噌こしになっている茶こし。それにいつぞや百均で買ったケーキ型。

 普段お菓子を作らないながらもそれなりに物が揃っているものだ。


 もう今日は何もするつもりがなかったから、三角コーナーにネットをはり直す。手を洗って、小鍋を出して、準備万端。

 白砂糖を大さじでドサドサ入れる。いつの間にやら後ろに移動していた彼女はその量に恐れおののいているが、お菓子なんてみんなそんなものだ。思ったより砂糖は使われていて、でもそれが美味しさの秘訣。好みで程度の差はあれど、ケチケチしてはイマイチになってしまう可能性がある。電気ケトルにお湯は任せて、水を鍋に入れた。

 火をつけ、鍋をゆする。お姫様が木べらを差し出してくるが断る。カラメルはかき混ぜると砂糖が再結晶化してしまっていけない。食べる専門家はかき混ぜることとゆすることの何が違うのかわけが分かりませんと言わんばかりに視線で訴えかけてくるも、詳しくは知らないから作業に集中するフリして黙秘した。大体のレシピにそう書いてあるんだよ。

 香ばしい香りと共に見事カラメルと化したそれを火からおろし、そこにちょびっとお湯を注ぐ。途端バチバチ跳ねる音にびっくりしたお姫様が慌てて後ろにさがって避難し、恐る恐ると鍋と此方を見る。可愛い猫ちゃんに思わず笑っては背中を叩かれてしまった。


「これ、マグカップに注いだら冷蔵庫に入れて」


「アイアイ、キャプテン」


 手足がカラメルの香りを嗅ぎながら冷蔵庫へマグカップを入れるのを横目に、プリン液を作る。混ぜるだけの簡単作業。

 気の利いた手足が小鍋を洗って、レシピを見る。ふんふんと頷きながら牛乳を慎重に小鍋へ入れたならコンロへ再度セッティングまでしてくれた。


「優秀。木べらでかき混ぜながら、沸騰しないように温めて。ふつふつくらい」


「沸騰させないのに……、ふつふつ……?」


「迷ったら聞いてねー」


「もう来ないからねー」


「拉致監禁必須じゃん」


 卵と砂糖とバニラエッセンスを加えて混ぜたそれを置いて、料理壊滅者の監修をしにかかる。点火してからツマミを弄らないつもりらしい新人のフォローをし、ふつふつとした所で火を止めた。

 甘い香りのする甘い卵に温めた牛乳を注ぎ、かき混ぜ、プリン液の完成。……しまった、オーブンの予熱忘れてた。

 

 一旦休憩を挟むこととする。牛乳かき混ぜ係、ご苦労であった。


「ねえ、プリンってあとどれ位で完成するの。早く食べたい」


「あと一時間くらいかな、冷やすならもっと待つよ」


「えっ、夜中じゃん」


「お主も悪よの」


 絶句する彼女の頬をつつけば、深夜のカロリーと自分の欲求を天秤にかけて顔をくしゃくしゃにしている。

 それでも食べたいらしい。明日に回すなんて言葉は発さずに、予熱中のオーブンを眺めている。

 後ろから抱き締めて肩に顎を乗せれば、彼女は大型犬でも構うように頭を軽くポンポンと撫でて、腕をほどかせてキッチンを後にした。

 ソファに身体を預け、スマホを叩く。ネイルが長いせいでカチカチと硬質な音が響く。何か調べ物をしているらしい指の動きは、スワイプに変わっていった。音が聞こえないあたり、買い物かSNSか。

 予熱が終わった音を聞いて、シェフを再開する。


 残りの作業を終わらせて彼女の隣に座れば、彼女が肩に頭を乗せてスマホを見せてきた。その中には沢山の洋服が並んでいる。


「ねぇ、1万に抑えたいんだけどどれも欲しいから選んで」


 彼女がこう言う時、どう理由をつけて選んでも大概欲しいものは譲られない。参考にするだけ。好きに悩ませるのが一番だ。

 スカートが、シャツが、色が、形が、長さが。色んなことに理由をつけ候補から外させようとし、でもだってと反論され。彼女はやり取りに満足したらしい。また悩むとウィンドウを閉じ、動画サイトを開いたのだった。

 気が付けばオーブンが焼き上がりを報せてきた。

 熱いそれを取り出して、冷やす。ミトン越しに伝わる熱さにもう少し置いてからでも良かったかなとも思ったけれど、可愛いお姫様に早く食べてもらいたかったから。


「あとは冷えたら食べれるよ」


「やった。真夜中のプリンはさぞ美味しかろ」


「日頃頑張ってるご褒美だね」


「甘いね」


「まだ食べてないじゃん」


「あなたがよ、ハニー」


「……これは一本とられました、お姫様」

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気まぐれSS 放浪作家おろろん @sironekogold0050

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