記憶の運び屋

紡月 巳希

第六章

真実の断片


琥珀色の光は、私がこれまで見てきた無数のクリスタルが並ぶガラスケースの列を縫うように、まるで意思を持っているかのようにゆっくりと進んでいく。私はその光に導かれるまま、木箱の張る微かな「記憶の帳」に守られながら、研究所のような地下空間の奥深くへと足を進めた。頭の中の無数の声はまだ響いているが、木箱のおかげで、もはや私を完全に混乱させることはなかった。

やがて、光は一つのガラスケースの前で止まった。他のケースに並ぶクリスタルよりも一回り大きく、より濃い琥珀色に輝くクリスタルが、その中に浮かんでいた。その輝きは、まるで私を呼んでいるかのように、強く脈打っている。

「…これ…」

私がそのクリスタルに手を伸ばそうとした瞬間、再び、あの女性の声が頭の中に響いた。今度は、もっとはっきりと、近くで聞こえる。

『…私よ…』

私はハッと息を呑んだ。この声の主が、このクリスタルの中にいるのだろうか。

『…アオイ…私の娘…』

その言葉に、私の全身を電流が走った。娘?この声は、私の…母親?

私の頭の中で、幼い頃の記憶の断片が、まるで新しいピースを見つけたかのように、急速に繋がり始めた。暗闇、ノイズ、そしてあの悲鳴。それは、確かに私の記憶だったが、そこに、もう一つの光景が重なる。優しい女性の顔、そして、私の手を引いて暗闇の中を走る、必死な後ろ姿。

「おかあさん…?」

私の問いかけに、クリスタルは一層強く輝いた。そして、そこから、まるで映像が流れ込むかのように、私の意識の中に、鮮明な記憶が再生され始めた。

それは、私と、若き日の母の記憶だった。母は、この地下空間と同じような場所で、熱心に研究を行っていた。壁には、私が今見ているものとそっくりの、記憶の操作に関する回路図が映し出されている。彼女は、記憶をデータとして抽出し、保管する技術を研究していたのだ。

しかし、その記憶は、次第に不穏なものへと変わっていく。母の背後で暗躍する影、そして、彼女の研究成果を奪おうとする者たちの存在。彼らは、記憶を操作することで、歴史を、そして人々の認識を、自分たちの都合の良いように書き換えようとしていたのだ。

そして、あの夜。

母は、私を抱きしめ、必死に走っていた。背後からは、追手の足音と、金属がぶつかり合うような音が聞こえる。母は、私に何かを託そうとしていた。それは、私の腕の中にある木箱…その木箱に、母は、私自身の「核心の記憶」と、彼女の研究の「真実のデータ」を、密かに隠し入れたのだ。

『…この記憶だけは…誰にも…渡しては…』

母の声が響き渡り、視界がノイズに覆われた。そして、あの悲鳴。それは、母の悲鳴だった。

私が幼すぎて、その記憶を処理しきれず、深い心の奥底に封印してしまったのだ。そして、その一部が「ノイズ」として私を苦しめていた。

記憶の再生が終わり、私は大きく息を吐いた。頭の中の混乱は消え、代わりに、確固たる真実がそこにあった。私が失った記憶は、母が私を守るために隠した、この闇の組織にとって不都合な「真実の記憶」だったのだ。そして、あの「ノイズ」は、その記憶を私から完全に奪い去ろうとする、彼らの干渉だった。

私は再び、クリスタルを見上げた。そこには、母の顔が浮かんでいるように見えた。

「おかあさん…私、全部思い出したよ…。」

その瞬間、地下空間のどこかで、再び重い足音が響き始めた。

『…見つけたぞ…』

複数の男の声だ。組織の追手が、ここまでたどり着いたのだ。

私は木箱を強く握りしめた。母が私に託した真実。カイトが私を守ってくれたこと。そして、この「盗まれた記憶」を悪用しようとする者たち。

もう、逃げるだけではいられない。私は、その真実を、決して彼らに渡してはならない。

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記憶の運び屋 紡月 巳希 @miki_novel

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