第15話 逃げても恋は追い掛けて来る
香坂常務取締役と本部長との会合の席の日から二週間ほどが経った時、いつもの様に霧船とお昼を食べていると
「剣崎、美優ちゃん覚えているか?」
「ああ、三か月前にあのスナックで会った子だよな」
「その美優ちゃんがな、お前を連れて来いと五月蠅いんだよ」
「えっ、霧船行ってないんじゃないのか?」
「別の部の連中に誘われたら二次会が偶々同じスナックでさ。それでその連中はシート席に座ったんだよ。
俺も当然座ったんだが、シート席に付いた女の子が例の美優ちゃんでさ。話の途中にお前の事ばかり話されて。
とにかく連れて来て欲しい。会いたいんだと言って聞かないんだ」
「そんなの断ればいいじゃないか」
「それが、それを聞いた他の連中が美優ちゃんを煽てて結局、皆の前でお前を連れて行く約束をしてしまったんだ」
「えーっ、でも日付とか決まっていないんだろう。十年後にでも行けばいいんじゃないのか?」
「それが…。ごめん、今度の金曜日なんだ」
「えっ、金曜日って明後日じゃないか」
「剣崎、悪い、俺の頼みだ。一緒にあのスナックへ行ってくれ」
「えーっ、勘弁してくれよ」
「頼む」
目の前で手を合わせている。霧船とは同期で入社してもう丸六年だ。
「仕方ないな。今回だけだぞ」
「有難い。今日の昼奢るから」
「いや、金曜日奢ってくれ」
「分かった」
金曜日というと俺の秘書をやっている香坂さんが
「課長、この後、アポ入っていませんよね、どうですか今日」
「あっ、ごめん。今日は先約があるんだ」
事実だ。
「えーっ、いつも私が声を掛ける時に限って先約があるって言いますよね。偶には良いじゃないですか」
「ほんと、今日は用事が入っているんだ」
「じゃあ、今度ですよ」
「ああ」
§金子結衣
香坂さんは議事録係としてこの課に着任して以来、剣崎さんに暇さえあれば誘いを掛けている。
私が先に帰ってしまっている時は知らないが、ほんとなん為に居るのやら。剣崎さんが後二年もすれば若くして部長になるのは見えている。
それ程彼はこの会社の売上に貢献している。それを見据えての事だろうけど。私だって丸六年で誘えたのは三回だけなのに。
俺は一階で霧船と待合せると渋谷に向かった。最初は二人でいつもの様に腹ごしらえを兼ねて軽く行く。
霧船は
「なあ、剣崎」
「なんだ?」
「美優ちゃんの事だけど…付き合う気はないか?」
「はっ?突然何を言い出すかと思えば。全くその気は無いよ。仕事も忙しいし。霧船の所の打ち合わせも顔を出さないといけないし、機器開発部は建屋も違うから大変なんだ」
「そうかぁ」
「なんだ、どうしたんだ?」
「それが…。俺もそろそろ彼女欲しくてさ。美優ちゃんが剣崎と付き合えるなら自分の友達紹介しても良いって言われて、写真見たら滅茶苦茶好みなんだよ。
なっ、付き合う振りでも良いから何とかならないか。俺も今年三十になる。彼女の一人もいないと死んだ両親に申し訳が…」
「お前の両親健在だろうが!」
「あははっ、忘れてた」
「全く、空々しい」
その後、例のスナックに行った。初めはいつもの様にカウンタで飲んでいるとシート席から戻って来た美優ちゃんが
「あっ、来てくれたんだ。嬉しい。シート席に行こうよ」
美優ちゃんは男の店員に直ぐにシート席を用意させると俺達を連れて行った。
美優ちゃんは俺の前に座ると
「うふふっ、剣崎さんとまた会えるなんて嬉しいな」
霧船が
「美優ちゃん、剣崎に話は通してあるから、あの件宜しく頼むよ」
「分かってるって。明日にでも霧船さんに連絡させる。彼女も楽しみにしているって言っていたわ」
「本当か!」
これは逃げ場が無くなって来たぞ。幾ら霧船の為とはいえ。でも霧船嬉しそうだしな。ここは振りをするか。適当に付き合って深くなる前に別れればいいだけだし。
この後は、美優ちゃんとは別の女の子が霧船の相手をしていて、美優ちゃんは俺の相手専任になっていた。
一時間半程経ったので、
「霧船、そろそろ行くか」
「そうだな」
「待って、剣崎さん」
「なに?」
俺の耳元で小声で
「明日、会いたいです。駄目かな?」
霧船を見ると思い切りのお願いモードの顔をしている。仕方なしに
「良いですよ。何処にします」
「じゃあ、自由が丘の女神像口改札に午前十時でどうかな?」
自由が丘か、何となく過去が蘇ったが、
「良いですよ」
「やったぁ」
駅までの帰り道霧船が
「すまん。俺の方、進捗教えるから。上手く行ったらそっちは適当に解消してくれ」
「分かった」
しかし、一人で電車に乗ってから、霧船が上手く行ってからって事は時間掛かるんじゃないか?安請け合いしたかな?
―――――
書き始めは皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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