後で返します。

そーえい

プロローグ:ガラクタ

銃声が、遠い。


「ごぼっ」

腹の底からせり上がってくる血の塊を、黒川は喘ぎと共に吐き出した。

鉄と血の生臭い匂いが、肺の奥にこびりついて剥がれない。


ひっくり返った麻雀卓。

砕け散ったウイスキーのボトル。

そして、数分前まで兄弟と呼び合っていた男たちの、物言わぬ肉体。


自分が築き上げた城が、音を立てて崩れ落ちていく。

黒川は床に広がる自らの血だまりの中から、その光景をぼんやりと眺めていた。


もう、痛みは感じない。


その時、霞む視界の端を、ひとつの影が横切った。


敵ではない。

見覚えのある、安物のスーツの背中。自分の組の、名前もろくに覚えていない若い衆のひとりだ。


男は、他の者たちのように死に物狂いで戦うでもない。

恐怖に竦んで隠れるでもない。

這うように、それでいて目的だけは明確な奇妙な速度で、事務所の奥へと進んでいく。


何をしている、と声に出そうとした。だが、喉からは空気の漏れる音しか出なかった。


男は、黒川の執務机に見向きもしない。

金庫にも、パソコンにも。

ただ、安物の事務机の脇、壁に無造作に打ちつけられた一本の釘に手を伸ばした。


そこに掛かっていたのは、古びて黒ずんだ一本の『鍵』。


男はそれを、引きちぎるように奪い取ると、一瞬だけ振り返った。

闇の中、その表情までは見えない。

ただ、鍵を握りしめたまま、来た時と同じように、銃弾が飛び交う事務所の入り口へと消えていった。


縄張り。金。女。

死ぬ理由も、殺す理由も、この部屋には満ちている。


だが、あれはなんだ?


なぜだ?


なぜ、死に際に――


あんな、ガラクタを?


ぷつり、と。


黒川の意識はそこで途切れた。

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