第12話 山下さんちの地下神殿(後編)
――中央ギルド本部・中庭。
いつもなら訓練兵が駆け回り、市民に開放される緑の場。
だが今は高い結界で覆われ、空気は張り詰めていた。
中庭の石畳の上には、山下地下大神殿から運び出された無数の小箱。搬出されたその数は、一万を超えるとされ、今も尚列をなして積まれている。
そしても今も鑑定士たちが、黙々と小箱を開き鑑定し、それを封印していく。
緊張の糸は常に張り詰めており、ひとつの判断ミスで爆発が起これば、鑑定士と言えど命に関わる。
――――
だが、その一角では。
「……あー……だる……」
相も変わらず長机に肘をついている適見の姿があった。
青いコンソールを片手でぽちぽち操作しながら、半目であくびをかみ殺す。
「“Ring of Z”っと……はい、次……」
淡々とした声。
周囲が汗を飛ばしながら鑑定しているのに、彼女だけは完全にマイペースだった。
「“Ring of AA”っと……あれ……ダメか……」
適見のいい加減な鑑定というリネームによる制限なのだろうか、いよいよ入力を受け付けなくなっていた。
「“Ring of Stone”……も、さっき使ったからダメだし……。面倒くさいなぁ……」
そのとき適見の頭には、仮面の鑑定でやった自動鑑定を思い出していた。
「そういやあの時、勝手に判別してくれたっけ……考えなくて手いいし、楽だったなぁ……」
適見の指は、禁断の“RNG”の文字へと指が伸びる。
「……まぁ、どうにかなるでしょ……」
そしてためらいもなく、指先がすの文字に触れた。
――ランダム・ネーム・ジェネレート開始します
軽快な確定音。
それが、騒乱の始まりだった。
「おー……、やっぱり勝手に鑑定していっとるわ……」
そして、適見の動作は既に箱を空けるだけのものとなり、封印箱の山が出来ていくことになる。
――――
少し離れたところに居る鑑定士が、箱を開け、魔素の残滓を読み取る。鑑定器をかざしすと、アイテムにその名前を伝える。
「これは“防御の指輪”だ! よし確定!」
カウントは止まり、箱の数字は鎮まった。そして安堵したその直後――鑑定士の目に、その名前は一瞬だけ見えた。
【Ring of Burst(爆発の指輪)】
突如として文字が上書きされる。
リングは閃光を放つと轟音とともに、爆風が鑑定士とテーブルを吹き飛ばせ石畳を捲りあげた。
「な、なにが起こった!?」
鑑定士たちがざわめく。
その中で、適見は小さく呟いた。
「……すご……勝手に変わってく……。おぉ……自動鑑定、最高……」
適見の呟きをよそに、周囲には爆音と共に炎が立ち昇り、結界がきしんでいく。
中庭を覆う透明な膜にはひび割れが走り、封印班が慌てて補強の呪文を唱えている。
「結界がもたないぞ! 強化しろ!」
「回復班、急げ!」
地面に倒れた鑑定士を担架で運び出す兵士たち。
しかし、箱の山はまだ数え切れないほど残っていた。
――――
それでも作業は続く。
別の鑑定士が震える指でコンソールを操作し、
「これは“癒しの護符”……確定!」と声を上げた。
だが次の瞬間、青白い文字が勝手に書き換えられる。
【Charm of Explosion(爆散する護符)】
再び閃光が走る。そして爆発した。
悲鳴とともに砂煙が舞い。石畳には黒い焦げ跡が刻まれる。
「な、なぜだ!? 確定したはずなのに!」
「また爆発だと……!?」
誰もがその原因を特定できず、中庭は混乱に包まれていた。
――――
一方その混乱の中で。
「……あー……だる。なんで皆わざわざ手動でやってんだろ」
適見は机に片肘をつきながら、ぼんやりと画面を眺めていた。
RNGが起動して以来、彼女の操作は必要なくなっている。
ただ座って箱を空けるだけで、勝手に処理されていくのだ。
「……はぁ。おぉ……、次々に名前が変わってく……。自動鑑定、ほんと最高……」
その姿は、まるで退屈な授業中に居眠りしている学生のようだった。
――――
紫織が異変に気付いたのは、爆発が三度、四度と重なったあとだった。
「……おかしい。鑑定結果が確定しても、すぐに名前が上書きされて……爆発している」
彼女は眉をひそめ、周囲を見回す。
焦げ跡に横たわる鑑定士、血相を変える封印班。
――そして、ぽやっとコンソールを見ている適見の姿。
「……こんな事出来るのは、まさか……!」
紫織は鑑定器を起動させ、適見のコンソールを覗き込んだ。
そこに表示されていたのは、見慣れぬ光の文字。
【RNG:ランダム・ネーム・ジェネレート】
「……これ……? “ランダム・ネーム・ジェネレート”? 適見、あなた、何を押したの!」
「え? ……なんか“自動鑑定”って出たから……。押したら勝手にやってくれて、だるさも半減。最高でしょ?」
あまりに無邪気な返答に、紫織は頭を抱えた。
「勝手に名前が変わるって……そんなの、鑑定じゃないわ!」
「えー……でも結果的に名前付いてるし。ほら、便利」
「便利とかそういう問題じゃなくて、それが原因で次々と爆発してるのよ!」
「……でも、わたしの所だけでしょこれ……」
――――
ちょうどそのやりとりの最中も、別の鑑定士が小箱を処理していた。
「よっしゃ“光の指輪”だ! 確定!」
【Ancient Ring of Explosive(爆発性の古代の指輪)】
そして爆発。ある意味、光の指輪で間違いないが性状が違った。
鑑定士が吹き飛び、悲鳴が結界にこだまする。
紫織はその光景を指差した。
「ほら! いまも確定した途端に……!」
だが、適見は欠伸をかみ殺しながら肩をすくめる。
「んー……、でも私のは“まだ”爆発しないんだよねぇ……気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないわよ! そのうち引き当てるかも知れないから今すぐ止めて!」
「えー。そんなことしたら余計面倒くさくなるじゃん……」
「それに爆発している人が――って……」
紫織は辺りを見回すと適見を中心にドーム状の光の膜が見えているのが確認できた。それは、魔素の残滓を読み取れるものしか視認できないほどの薄さ。そして、その光膜の周辺で爆発が相次いで発生しているのに気付いた。
「これは、もしかして……!」
爆発は次第に頻度を増し、箱を開くごとに火花が飛び散る。
鑑定士たちは次々に脱落し、結界補強に回される封印班も疲弊していった。
その混乱の中心で、ただ一人。
適見だけが無傷で、半目のまま画面をぽちぽち。
「……はぁ。だる……。でもまぁ……全部私に回してくれたら早いんじゃない?」
「そうよ、それよ!!」
紫織は声を上げハーゲンに伝えた。
その言葉に、胃を押さえていたハーゲンが顔を上げる。
「なに……!? あいつに全部やらせるだと……」
「いま適見を中心に、“自動的に鑑定という名の強制リネーム”が行われているわ。でもこのスキルは不完全で、適見の出す結界膜に近づくほど、爆発性の何かを引き当てやすいのよ。つまり適見に近づくことで、爆発性のもので無くなるという事」
「だとしたら、箱を全て適見の元に集めて開封させればいいという事か!」
「でも待って、この前フレイムソードの確信をしたあとに、アイスソードに書き換えられたの。適見の元といえど相反するものに書き換えられたときは爆発するという事。でもこの場合は、爆発までのラグがあるから安全に処理できるハズよ」
「なるほど、理屈は分からんがとにかく今以上に安全に処理できるということだな!」
「そうよ、だからやるわよ適見!!」
「うん……。面倒だけど……皆でやるより効率いいし」
ハーゲンはしばし沈黙し、胃を押さえたまま叫んだ。
「……よし! 作業は中断しろ。鑑定士は箱を開封するだけの作業に回り、全部適見に回せ! 封印班は適見の元に全ての封印箱を持って集合しろ!!」
「ギルド長!? 正気ですか!」
「背に腹は代えられん! 時間的にもこのままじゃ到底終わらん!!」
――――
こうして、無数の小箱が次々と適見の前に積み上げられ、周囲の鑑定士は開封作業と爆発判定のみの作業となった。
封印班は結界を張り直すものと、呪物を受け取るものとに分かれ、中庭の中心に居る適見に群がる。
青いコンソールは、無数の小箱を自動処理し続けていた。
――怠惰な鑑定屋が、街の命運を握る。
紫織は額に手を当て、小さく呟いた。
「……本当に、大丈夫なの……?」
適見は半目のまま、かすかに笑った。
「……たぶん大丈夫でしょ……任せときなよ……」
――――
――
空は白く霞み、結界の内側では、延々と続いていた鑑定作業がついに最後の一箱となり終わりを告げた。
積み上げられていた小箱は、すべて光に包まれて沈黙し、残骸と灰を残して石畳の上から姿を消していた。
人々は歓喜の声を上げ、適見を称えた。その場で座り込み泣き出す者や抱き着いて喜ぶ者、お互いの無事を称える者、皆それぞれが絶望から解放されたのだ。
中庭の中央にぽつりと座るのは、鑑定屋の店主・適見。
地面に寝そべり欠伸を繰り返すその様子は、いましがた一万を超える小箱を処理したとは到底思えない。
「……おぉ……。やっと……終わった……。だる……」
ぽそりと呟いた瞬間。
適見の身体が淡い光を帯び始めた。中庭全体を薄い光の幕のようなものが広がっていく。
封印班がざわつく中、その光は四方八方に広がり――そして、ふっと掻き消えるように消失した。
同時に、適見のコンソールからは【RNG】の表示も消えていた。
「……終わったのか?」
誰かが呟いた。
紫織は深く息を吐き、額の汗を拭う。
「……全小箱の処理、完了。……信じられないけど、本当にやり遂げたのね」
その隣で、ハーゲンは胃を押さえながらも涙を浮かべていた。
「はぁぁ……。助かった……。街が残った……。これでやっと弁当にありつける……」
皆がざっと後片付けを済ませ。労を労うように“Null越謹製の一折”が関係各者に配られはじめる。
しかし、安堵の時間は一瞬だった。
ハーゲンは空腹と欲望に耐えきれず包み紙を破ると、そっと蓋を持ち上げた。
【Sky of Empty box(空の箱)】
ぱかりと蓋が開いた次の瞬間、卵焼きや唐揚げが弁当箱の中にある青空へと吸い込まれるように落ち、そして消えていった。
「ぎゃあああぁぁぁ!! 俺のNull越デパ地下限定弁当がぁぁぁ!!!」
ハーゲンは地面に膝をつき、頭を抱えて絶叫した。
何名かの弁当箱は空となり、虚空へ飲まれ、また何名かの弁当箱には食べきれないほどの品々が圧縮され詰まっていた。
――――
勇者の剣も変化していた。真白ともに腰を下ろし、並んで食べていたそのとき、刃の表面に浮かび上がった文字は――
【Sword of Experience】
勇者が箸を落としそうになって、思わず剣の柄にその手が触れる――
視界は白くなり、そのまま意識化が飛んでいく。
「勇者さまぁぁ!!」
真白の声が遠くに響いていく――
――――
――
(おぎゃぁ……おぎゃぁ……)
勇者の視界の先にあるのは、見知らぬ天井。手を動かそうとしても全く動かない。首も動かせず、ただ映像を見せられているような感覚であった。やがて、暫くすると綺麗な女性が現れ声をかける。
「バルガス……わたしの可愛いバルガス……。今おしめを変えますからね……」
(いや、ちょっとまて。なんだこれは!? 一体どうなっているのだ!!)
だが声を上げてもそれは届かない。やがて時間は加速し、断片的にその映像を見せる。
――
「ほら、もっと腰を入れろバルガス! そんなんじゃ一人前の鍛冶師にはなれんぞ!!」
「頑張るよ、親方!!」
(いや、ちょっとまて。バルガスって誰だよ、親方って誰だよ!!!)
勇者の必死の叫びも虚空に消え。そして、再び映像を見せられていく――
出会い、分かれ、そして修行、様々なバルガスの想いが駆け巡る。そしてそれはやがて1本の剣を作るに至る。
「こ、渾身の一振りが……で、出来たぞ……」
だが、歳のせいであろうか。未熟な剣を携えたまま、そう言い残して妻に腕の中で看取られて逝った。享年88歳、子どもは出来なかったが、養子にエルフの子どもを迎い入れ、貧しくもその最後を終えた。
――――
――
「バルガース! 俺は鍛冶師になってお前の想いを受け継ぐ!!!」
精神世界から帰ってきた勇者の決意は言葉となって辺りに響いた。
――――
一方紫織の鑑定器は、淡く光を失っていた。
浮かび上がった文字はただひとつ。
【Incapable of appraisal(評価不能)】
「……そんな……。私の鑑定器が……!」
紫織の声は震えていた。
そしてリーネのマイク。
無数の結晶が表面に浮き出し、奇妙な形にねじれていく。
口を開きかけた彼女は、声を詰まらせた。
「こ、これは……スポンサー読みが……できな……」
マイクはまるで別の物体に変質し、言葉を拾わなくなっていた。
――――
そんな出来事をよそに、不安が渦巻く中庭。
「そういえば、ギルド長……」
「どうした……ワシの弁当箱はもうないぞ……」
涙ぐむギルド長は、膝を抱え小さく蹲っていた。
「あの巨大な箱ってどうなったんでしたっけ……」
「――あっ……!」
その時である。地響きと重低音が辺りを埋め尽くし、突如として周囲を覆っていった。
――――
規制線のため自宅に近寄ることすらできない山下は、自宅を背後に少し離れた場所で、リーネの代わりにリポートしている。
「――という訳で、今入って来た情報によりますと、無事に全ての鑑定が終わり自体も収束に向かうとの事です」
『良かったですね。山下さん、これでようやく自宅に戻ることができますね!』
別のスタジオキャスターが現場にいる山下に声をかける。
「そうですね。いろいろありましたがこれで無事に――」
〈ドゴォォォォォォォン!!〉
轟音と閃光が山下邸を覆いつくし光の柱となった。結果として屋敷は全て吹き飛び、地下神殿がその姿を現していた。
『……っ、山下邸が……!』
「……」
「はい。いま私の自宅が完全消滅するのが確認されました。現場からは以上です――」
山下の表情崩さずリポートする場面を見ていた視聴者は、心を打たれ、多くの寄付を集める布石となった。
――――
そして山下邸消滅してから数日後。
時間をおいて未鑑定のアイテムが無数に舞い降りてくる現象が発現した。
剣、指輪、壺、巻物、ぬいぐるみ、不可思議な液体入りの瓶……。
毎日雨のように降り注ぎ、街路に、屋根に、井戸に、あらゆる場所へと散乱していく。
「危険です! 触るな!」
「市民を避難させろ!」
中庭からもはっきり見えるほどに、街中が呪物の嵐に飲み込まれていた。
――――
リーネがカメラを見据え、煤まみれの顔で必死に叫んだ。
「は、はいっ! ただいま街全域に“呪物の雨”が降り注いでおります! 呪物指数は急上昇! 市民の皆さんは呪物予報を必ず確認し――あっ。CMですか!? それでは一旦CMを挟んだあと続けて――」
彼女の声はノイズ混じりに途切れ、マイクはついに完全に沈黙した。
紫織は膝に手をつき、深く息を吐いた。
「……日常が……完全に変わってしまったわね……」
適見はあくびをかみ殺しながら、ぽつりと呟いた。
「……だる……。でも……なんとかなるでしょ……」
◆あとがき◆
ちょっと長くなりすぎてしまいましたが、このあとすぐエピローグに続きますので、気力が続く方は合わせてお読みください。
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