拡大 2

森崎晴美もりさきはるみは、何処かの田舎の駅のホームにいた。


田舎といっても、普段頻繫ひんぱんに利用している都内の駅に比べてという意味で、駅の前にはどうやらコンビニもあるし、利用客もそれなりに多いようだ。


春先の冷たい風がホームを吹きぬけている。


朝の時間帯なのか、学生とスーツ姿のサラリーマンが目立つ。


タバコの臭いがするなと思ったら、すぐ後ろに丸い穴の沢山開いた一時代前のスタンド型の灰皿が置いてある。


ちょっと懐かしい気がした。


若い時分は、気取って『テンダー』なんかを吸っていた。


もう30年近く昔の話だ。


自分はというと、普段なら絶対選ばないような、シンプルなグレーのコートに、中途半端なヒールの黒いパンプス。


なんか保険屋のおばちゃんみたい・・・森崎は思った。


この駅発の列車があるらしく、向かいのホームに停まった列車の、開きっぱなしのドアのそばに、学生が座って目をつぶっている。


どうやら寝ているようだ。


駅名は運河駅うんがえき・・・聞いたことが無かった。


左右を見渡すと、すぐそばに鉄橋があり、その先で線路は、すぐ左に曲がっている。


反対は、どこまでも真っすぐ、2本のレールが続いている。


ふわっと、ふくらはぎの辺りに、何かが触れた気がした。


柴犬程度しばいぬていどの大きさの、毛足の短い赤茶色い犬は、頭部だけ長い毛で覆われている。


ライオンのようでもあるが、どちらかと言うと、犬の体に人間の頭が付いている感じだ。


それも老人の・・・


赤茶色い小型犬は、森崎の足元にすり寄って真上を見上げた。


眼球がんきゅうが入ってるはずの空洞に、なにやらにごった液体がなみなみと入っているような、本当に暗い眼だ。


その眼を見た瞬間、これから処刑される順番を待っているような、言い表せない感情で胸の中がいっぱいになった。


死ぬ・・・そう思った。


耐えられずに森崎は、胸を押さえて冷たい駅のベンチに上半身を預けて倒れこんだ。

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