告白

松山葉一まつやまよういちは、胸を押さえて深く息をした。


 「あえて言いたくもないし、聞きたくもないと、思うけど・・・」松山は言いだした。


これまでずーっと気づかれないようにしてきたし、それに長い間苦しんでもきた。


だが、ここにいる人たちの命がかかっているとしたら、隠しておいていい事じゃない。


 「どうしたんです?」安藤が言って、他2人も注目した。


松山は、スラックスのポケットから、小さなレザーのコインパースをテーブルの上に出した。


 「何ですこの小銭入れ」美紅が言った。


えりちゃんが、それを手にして真ん中のスナップボタンを外すと、コインパースは一枚の鹿皮になって、中に入ったものがテーブルに散らばった。


 「えり!」安藤は怒ってえりちゃんの手を叩いた。


えりちゃんは、泣きはしなかったが、口をへの字にして母親をじっと見た。


 「あぁ大丈夫。ごめんねえりちゃん」松山はテーブルに広がったものを集めた。


入っていたのは数種の錠剤だった。


 「これ・・・」新卒二人にはそれが何の薬かは分からなかったが、安藤はさすがに老人施設の管理栄養士だけあって、そのうちのいくつかには見覚えがあった。


 「適応障害てきおうしょうがいがあって、症状はうつと不安。だいたいそれが代わるがわる出てくる」テーブルの上の錠剤は、抗鬱剤こううつざい抗不安薬こうふあんやくそれと精神安定剤せいしんあんていざいだった。


 「そんなの全然気づきませんでした」テーブルの上の錠剤を見ながら安藤が言った。


 「もう長いんで、だいぶコントロール出来てますから・・・」松山は安藤に向かって言った。


 「あの・・・何もそんな事ここで話さなくても、良かったんじゃないですか?というか今それを話したのは何でです?」薫が言った。


 「不安障害ふあんしょうがいが不安障害という呼び名なのは、他に表現のしようがないから・・・精神科の医者も自分は精神病じゃないから解らない。強い不安感とか湧き上わきあがってくるような不安とか・・・そんな言い方するけど、実際は全然違う。不安とは全く別の感覚・・・」松山がいったん話を止めて、テーブルの上の錠剤の一つを口に入れた。


手が震えていた。


「それも自分だけのことで、それぞれみんな違うのかもしれないけど・・・」松山は少し憑き物つきものが落ちたような穏やかな顔をしていた。


つらかったですねぇ・・・」美紅が薄っすら涙を浮かべて、泣き顔で言った。


「みくちゃんなかないで!」えりちゃんが下から美紅の頬を触る。


「普通の人にはわからない感覚って、それ俺のことじゃないかって・・・これまでのことが全部俺に関係してるなら、その感覚も俺のものを感じているのかもしれない」


「・・・・」


「だとしたら、初めてそれに当たったら、かなりのショックを受けるだろうことは予想できる。正直並大抵じゃないから」松山は笑って言った。


「言ってることは判りました。でもそんなことで松山さんの・・・なんていうか、価値は全然揺らぎませんから!」薫がやや声を荒げて言った。


言って聞かせるような口調だった。


「でも、客商売するには困るんだよ・・・信用だからね」松山は言った。


「私たちみんな、福祉ふくしの現場で働いてるんですから」安藤が締めくくった。

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