ゆめ 2

二人の話には整合性せいごうせいがあった。


玄関を入ってすぐの所が台所で、木製の流し台にステンレスの天板が貼ってあり、シンクもステンレス。


その横がトイレらしかったが、中は二人とも開けてみなかった。


シンクを背にしてふすまが2枚あり、四畳半ぐらいの真四角で薄暗い部屋がある。


そこには、おそらく外の通路に面した窓だろう、すりガラスの向こうに縦方向の格子が透けて見えている。


その部屋とはまた襖で仕切られていて、光が入る部屋は6畳程度。


その部屋は片面がまた襖になっていて、そこは多分押し入れだったのだろうということ。


その反対側には、すりガラスのはまった木製の引き戸があって、中は風呂場だった。


美紅のほうは中は確認していないが、やはり扉があったことは覚えている。


ただ二人の部屋は、左右逆だったようだ。


光が入る掃き出しの窓は、重い金属で出来ていて、ゴロゴロゴロと窓を開けると、コンクリート打ちっぱなしのベランダがある。


そこで二人は、隣り合った部屋同士で挨拶をした。


 プリンターからA4の用紙を一枚取り出すと、松山はそこにあったボールペンで何やらすらすら書き出した。


 「ええ、こんな感じです」薫は言った。


松山が描いた絵は、室内から南の掃き出しに向かった様子を描いたものと、玄関を入ってすぐの台所の様子を描いたものだった。


今の話だけで、こんなにリアルに描けるものかと思った。


それ以前に絵自体が上手い。


 「松山さんって何者なんですか?」思わず小田薫は聞いた。


 「芸術家崩げいじゅつかくずれです。」美紅は言った。


 「崩れって言うな。」松山がすかさず言った。


場が一気になごんだ。


 「今の話だと二人は、ベランダから外の風景を見ているんだな」そう言うと再びペンを走らせる。


描きあがった絵には、真下に見える公園とその外の土手、土手の下には小さな河。


そして右のほうに桜の木が並んでいる。


薫と美紅は顔を見合わせた。


 「ここは何処なんです?」ふたりは声を合わせて言った。



 帰りの車の中。


結局今日は、小田さんの仕事を見ることはできなかったが、アドレスも交換できて、この後は何とでもなりそうだなと思っていた。


良い人そうだし友達にもなれそうだと、美紅は勝手に考えていた。


 「松山さん。休みの時とか行って大丈夫ですかね?」風の音に負けない様、美紅は声を張って言った。


巻き込んだ風で髪の毛が顔にかかるのを、どうしたものかと首を振ったりして格闘していた。


美紅が行きで乗り込むのに苦労したので、松山が幌を開けてくれたのだ。


正面を向いていれば問題ない。


 「ん?別に休みじゃなくても行っていいぞ。いや、休みには休め。田島さんも安藤さんも何時でも来てくださいって言ってたしな」松山は、それまで何か考え事をしていたのか、黙って運転していたが、美紅の質問がきっかけで、急に思い出したように表情を変えてそう言った。


 「ただ仕事の邪魔はするなよ」


 「美紅をなんだと思ってるんですかぁ」松山はしばらく表情を和らげていたが、次第に硬い表情にもどって運転している。



 「美紅は千葉県に結婚した姉がいるんで、行った事はあるんですけど、あの風景は見たことないと思うんですよ」黙っているのが息苦しくなって、美紅は言った。


松山が、美紅にも薫にも何も聞かないまま、すらすらと書いたベランダからの景色は、夢の中でいいところだなあと感じていたそのままだったが、こうなってみると、その美しさや心地よさがかえって怖かった。


 「あの場所にもし美紅が行ったことがあっても、あの風景を見ることは出来ないんだよ」松山が、くわえていた煙草を、ドリンクホルダーのコーヒーの缶に落として言った。


 「何でです?」


 「美紅が生まれる前に、無くなっているからだよ」


 「何かあったんですか?」


 「何もないよ。俺が子供のころの風景だから。美紅がいた部屋は今は2軒分が一つに・・・ニコイチってやつだな、倍の広さになってリフォームされてるよ」


 「そうなんですね」しけった空気で目の前の信号の赤い色がボーっとにじんで見えている。


 「松山さん。この車、屋根を閉めてるのと開けてるのじゃ全然違う車ですね」美紅はそう言って真上を見上げた。


車に乗って空がこんな風に見えるのは、美紅にとっては新鮮だった。


 「開けて走るのが本来だからな・・・気持ちいいだろ」美紅が、なんだかんだと話しかけてくるのをそらで答えてはいたが、後で聞かれても覚えていないだろう。


松山は一人考えていた。


今日話はしなかったが、松山自身もそのころの夢をタイムリーに見ていたこと。


お互いに何か影響しあってるらしいことは、間違いないと思えた。


普段から美紅や小田薫に、自分が子供だった頃のことを話していたのなら、二人がそれに思いをめぐらせれば、かなり近い風景にたどり着ける可能性が、無い訳ではない。


だがそんな事はない。


そもそも松山は、自分自身のことを職場ではほとんど話さなかった。


どういう風に理解すればいいのか、何か超自然的な力が働いたとしか思えない。


科学が万能だとも思わないし、自分の知らない真実が、この世界の大部分を占めているだろうことは想像できる。


だが今回はどうだ。


超能力みたいなものがあるとしたら千里眼・・・過去の景色なんだから、そういう力もあることになる。


それが二人、しかも同時に本人たちが意識せずっていうことになると・・・未知の力の存在を認めたとしても、成立するのはかなり難しい気がする。


何かもっと他の、強烈な何かの力が働いていると思ったほうが、越えなければならないハードルの数が減る。


すなわち他の何者かによって、二人・・・いや自分を含めた三人が、同じ景色を見せられている。


そう考えたらどうだろう。


だが何のために・・・

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