ゆめ 1

松山さんが、私と同期で入った栄養士の女の子を連れてくると聞いて、安藤さんはちょっと驚くほど喜んだ。


すぐじゃなくて良いという松山さんに


 「何でですか、すぐでいいですよ」なんて、とても乗り気だ。


今日はわざわざ出かけていって、超有名らしい洋菓子店でケーキを買ってきた。


私は新潟の人間だから、桐生のケーキ屋のことは判らないが、桐生でケーキといえばそこだそうだ。


何となくだが気持ちは分かる。


普通に戻っているようで、平田咲子ひらたさきこ所長が亡くなったことは、まだまだ整理するのに時間がかかる。


小田薫おだかおるは、事務所のテーブルの上を片付け、テーブルクロスを広げた。


それを見て安藤が言った。


 「これ松山さんが残していったやつでしょ」


 「そうなんですか?なんかそこの戸棚にあったやつですけど。松山さんにこんな趣味があるんですね」かなり珍しい柄のクロスは、おそらく人をかたどった幾何学的きかがくてきな模様と、たぶん象だと思われる何かの動物が、タイダイとしてはかなり地味な色で染め抜きになっている。


アジア柄だ。


そこにケーキの載った皿を並べながら安藤が言う。


 「なかの人の分も買ってきてあるから、後で出してあげて」


 「ありがとうございます」仮にもお客様に、こんな出費させていいのだろうか?


 「この紅茶も松山さんに頂いたやつだよ」


 「そうなんですね」紅茶は好きで多少うるさい小田薫だったが、見たこともない銘柄めいがらだった。


なんなんだあの人・・・ちょっとこれまでのイメージとの差に戸惑った。


 「施設長が、たぶんちょっと案内して回るから、お茶は来てからね」


こんな安藤は初めて見た。


これまでは平田所長がいたからそういうところを見る機会がなかっただけなのかな?


カチャっと扉が開いた。



 「あの・・・川原美紅です。今日はありがとうございます」その顔を見てハッとした。


はっきりと覚えている。


夢の中で隣の部屋から声を掛けてきた人だ。


なんでこんなにはっきりと覚えているんだろう。


 「あの・・以前、何処かでご一緒したことありました?」どうしても聞かずにいられなかった。


 「いえ・・無いと思います」


 「でも・・・会ったことありますよね・・・」


 「・・・はい。会ってます」川原美紅は、小田薫をまっすぐ見つめてそう言った。


松山と安藤は二人の様子を交互に見た。


 「二人、知り合いだった?」知り合いだった二人が、久しぶりに会ったという状況にしては、なごやかではないことは松山と安藤にも分かった。


 「いえ特に知り合いではなかったんです」小田薫は言った。


 「名前も知りませんでした」川原美紅が言った。


二人は、お互いの言葉で自分の記憶を確かめていた。


探りあっていた。


 「一昨日の夜です」


 「はい・・・」


 「どうゆうこと?」安藤が聞いた。


 「えーと、言っても信じませんよきっと」小田薫は、安藤の顔を見て言った。


 「ダメよ。もう興味津々だもの」


 「とにかく座ろう。せっかくケーキもあるし」松山が椅子を引いて座った。


四人とも立ったままで話していた。


 「私、お茶入れてきます」小田薫は、いったん席を外した。



 「美紅どうしたん?」松山はいつにない美紅の様子に、かなり心配になっていた。


 「私今すごく怖いです。ざわざわしてます。この辺が・・・」そう言って川原美紅は、腕をさすった。


 「かおるちゃんが?」安藤が聞いた。


 「いえ別に小田さんが、どうとかじゃないんです」


 「一昨日おとといの夜、私夢の中で小田さんに会ってます」


 「一昨日の・・・なんだそんな話か」松山は、明らかな安堵の表情で言った。


 「なんかトラブルでもあったのかと思ったよ」


 「夢の中で薫ちゃんに会った?」安藤が言った。


 「そうなんですけど・・・」美紅はこの感じは、説明しても伝わらないと思った。


夢で会ったというより、実際にあった人に翌日また会ったという感じしかしない。


あやふやなものが、1つも無いのだ。


 「デジャブとかそういうのじゃないの。俺もしょっちゅうだよ、ここ一度走ったことがあるって思うの。そんでそのあとのカーブがイメージ通りだったり・・・」


 「デジャブって何ですか?」


 「えっ、デジャブが解らないか?えーと・・・」


 「川原さんがいま初めて薫ちゃんの顔を見たのに、以前にも見たことがあるように脳が勘違いしちゃうの」安藤はそう説明した。


 「二人一緒にそんなことになるんですか?」


 「さぁどうなんだろ、心理学者じゃないからねぇ・・・詳しくは判らないけど、疲れてるとなるっていうし」


 「二人は今、実際に同じ場所にいるんだし、環境要因かんきょうよういんがあるなら、そういうこともあるかもしれない」松山が続けた。


この二人は、難しいことをスラスラと話すなぁと思ったが、もしそういうことだったのなら、美紅は自分が信じられなくなりそうだった。


おかしくなってるとしか思えない。


鮮明な記憶をたどり、1つ美紅にしては珍しく思いついたことがあった。


 「そうだ!私夢の中でチョットだけですけど、小田さんとしゃべったんです。それで確かめてみていいですか?」松山と安藤は顔を見合わせた。


 「もしかして、このポットも松山さんのなんですか?」個性的なティーポットにお茶を入れて小田薫が事務所に戻ってきた。


ティーポットをテーブルに置いた薫に美紅が言った。


 「こんにちは。いい天気ですね」


それに薫が答える


 「・・・ほんとに」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る