うちの犬
香久山 ゆみ
うちの犬
これ、本当にうちの犬か?
最近、うちの犬の様子がおかしい。犬種も毛色も見た目は変わらないようだけど、なんとなく違和感がある。前と違う気がする。
僕はそもそも人間の顔を見分けるのも苦手だから、ましてや犬の顔となると飼い犬でも自信はない。母なんかは、動物番組を観ながら「同じ犬種の犬が百匹いても、うちの犬は分かる」と豪語していたが、僕は絶対無理だ。犬の方から尻尾を振って寄ってきてくれて、ようやく分かると思う。
けど、最近のハナの様子を見ていると、こいつから僕の方に寄ってくることはないんじゃないかという気がする。ここのところ、犬が変わった気がするのだ。
いつもの散歩コースを外れたらワンワン吠えて引き戻そうとしたり、数種類のカリカリフードの中に一種類だけ気に入らないのがあるときっちりそれだけ食べずに
うん、僕はちゃんとハナのこと知ってる。その上で違和感があるのだ。
近所の人やうちに遊びに来る連中は、何も気付かない。なんかいつもと違わない? と投げ掛けても、キョトンとしている。まあ他人なら仕方ない。
しかし、家族でさえ誰も異変に気付かない。「馬鹿なこと言ってないで」と母からも一笑されただけだった。
僕の気のせいなのか? いや。
最近テレビを観ていても寄ってこない。遠くからじとっとした視線でこちらを見てる。僕が部屋に戻る時もついてこない。部屋に入ると、ドアの外からワンワン吠える。こんなふうに家族に吠えることなんてなかったのに。
どうして誰も気付かないのだろう。
一番面倒を見ている母でさえ気付かないのだ。僕の思い過ごしなのだろうか。あれが本当にハナなのだろうか。
不安が募ってイライラする。
ふと顔を上げると、棚の上の鏡と目線が合った。
――ああ。
ああ、そうか。ハナは変わっていない。変わったのは、僕だったのだ。
鏡の中の少年は、僕の知らない顔をしている。
目が合うと、にやりと笑った。
ああ、笑うんだ。僕は、こんな状況で。相当おかしくなっているな。母さえ何も気付かない。けど、犬には分かるのかな。
ハナは、床下に埋めた死骸に気付いているのかもしれない。
うちの犬 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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