第1話「祝福」
◆
車を降りた途端に固まった身体をほぐす。
後ろを見ると大きな坂。
そして、正面を見ると……。
「これはまた……」
大きな鐘が付いた大聖堂。
外観だけでも神聖な雰囲気が漂ってくる。
ここまで立派な宗教建築物は他にないだろう。
「中に入りなさい」
赤髪メイドは手錠を外すとその場に立ち尽くした。
「俺一人でか?」
ここで俺が逃げるとかは考えないのだろうか。
「ここに入れるのは神樹に選ばれた者と儀式を受ける者のみ。何人も立ち入ることを許されない」
どうやら想像以上に神聖な場所のようだ。
「儀式?」
「時間がないの。さっさと行きなさい」
「へいへい」
強制的に重たい扉を開けて中へ入る。
少し先にもう一枚大きな扉が見える。
「あそこか」
ステンドグラスから差し込む光とそれによって出来た影を交互に歩きながら。
ここへ来ることがまるで必然だったかのように錯覚する。
――君は選ばれた。
招待状に書かれた言葉が脳裏にチラつく。
俺ははたして何に選ばれたのだろうな。
扉の前に立つと何もしていないのにひとりでに扉が開いていった。
「お待ちしておりました、神代カナタ様」
扉の先にいたのは夢に出てきた金髪碧眼の少女。
清楚さを感じさせる白い衣。
奥ゆかしい雰囲気。
彼女を一言で表すならまさに――。
「聖女……」
思わず口に出てしまうぐらいに彼女のイメージにぴったりな言葉だ。
「カレンさんにでも聞いたのかもしれませんが、私はそんな大層な人間ではありません」
上品に微笑んで謙遜する。
無意識に背筋が伸びてしまった。
「ここの管理を任されているただ学生ですよ」
「学生?」
この国には教育機関があるのか。
「はい。っと、自己紹介がまだでしたね」
スカートの裾を掴んで優雅にお辞儀する姿さえ絵になる娘だな。
「私の名前は
「それで神崎さん」
落ち着いているせいか学生にしては貫禄があるな。
「シオンで構いません」
「なら、お言葉に甘えて、シオンさん。さっき『お待ちしておりました』と言っていた意味は?」
「? カレンさんから何も聞いておりませんか?」
たぶん、あの赤髪メイドのことかな?
「何も。それに正直なところ。何故ここ……というか
「なるほど……」
何故だろう。
シオンの口ぶりからして本来はゲスト扱いでここに来るはずだったような気がする。
「では、儀式の前に順を追って説明しますね」
どこぞの苛烈な赤髪メイドと違って懇切丁寧にこちらの事情に配慮してくれる聖女様。
そのギャップにうっかり惚れそうになった。
◆
神樹ユグドラシルを信仰の対象とする宗教国家【エデン】。
その国から届く招待状は世界共通で有名な話だが、選考内容については一切明かされていない。
その選考内容がまさか……。
「異能?」
「はい。カテゴライズの大枠としましては"人類を超えた力"とでも申しましょうか」
何とも言えないファンタジー的だったことには驚いた。
「その異能とやらが俺にも……」
目を閉じてこれまでの人生を振り切ってみたが、火を出した覚えもなければ空を飛んだ覚えもない。
「心当たりがなさすぎて実感がないな」
「ここへ来る方の大半がそうですよ」
シオン曰く、エデンの政府機関には異能発現前でも異能を使える異能者を見つける異能を持つ者がいるとのこと(ややこしいな……)。
しかし、その異能も自分の意思では使えないらしく、俺のように不定期で招待状が届くようだ。
「ただ異能は人類を超えた力。その制御は容易ではありません」
彼女が右手の甲をこちらに向けて見せてくれたのは薬指に嵌められた植物の文様が入った金色の指輪。
「これは"リベル"といって異能を抑制するためのアイテム。儀式とはこれを生み出すために行われます」
「生み出す? 作成するじゃなくて?」
「その疑問は最もですが……見ていただいたほうが早いですね。神代様、申し訳ありませんが祭壇の後方に立っていただけませんか?」
「ん? ああ」
促された位置に立つとシオンは祭壇に上がる。
先程、気さくに話していた淑女から一変して。
まるで聖歌が聞こえてくるような神聖なオーラを纏う。
「主よ。彼の者に祝福を――」
シオンが祈りを捧げると彼女を囲むように黄金の粒子が現れると光の柱を形成。
「っく!」
鐘の音が響き渡る中。
風圧で吹き飛ばされるのわ堪えながら、必死に目を開ける。
なるほど……確かにこれは人類を超えた力だな。
光の柱が放出し終えると俺の目の前に光の雫が落ちてくる。
その光を受け止めると徐々に形を変えて……銀色の指輪が付いたネックレスになった。
「それが神代様のリベルです」
「これで晴れて俺も異能者の端くれってわけか」
「そうです。どんな時も肌見放さず身につけてください」
「わかった」
アクセサリー類を身に着けた経験がないので悪戦苦闘しているとシオンが俺の背後に回る。
「少し屈んでください」
「すまない」
普通男女逆だろと古風なことを思ってしまったが、彼女から漂う花の香りによって絆された。
◆
儀式が終わったので帰ろうとするとシオンに呼び止められて再び椅子に座らされる。
長話になるようで紅茶を出された。
「ええ。また連絡します。え? ふふ、大丈夫ですよ」
おそらく、外で待っている人達に連絡を入れているようだ。
「私のワガママに付き合っていただいて申し訳ありません」
「構わねえよ。俺も落ち着きたかったし」
紅茶には詳しくはないが砂糖を入れなくても飲みやすく、後から感じる独特の渋味が良いアクセントになっている。
「神代様は……」
「さっきもツッコもうと思ったが"様"はよしてくれ。それに自分は名前で呼ばせておいて不公平じゃないか?」
「ふふ。では、カナタさんと」
何故だろう。
今まで名前で呼ばれることは普通にあったのに凄くくすぐったい。
「カナタさんはこれからどうしたいですか?」
「ちゃんと俺に選択肢があるのか」
「ええ、この儀式は入国審査みたいなものでそれ以降については強制力はありませんから」
「なるほど。つっても、これからねえ…」
まさかの展開に驚きながら少し考える。
年齢的に孤児院を出ることを余儀なくされていたところに例の招待状が届いた。
そういえば、流されるまま来ただけで、これからのことは考えてなかったな。
「どこかで異能者のことを学びつつ、いずれ発現する自分の異能と向き直る……かな」
もし、シオンのような"神の御業"みたいなことができるとするならば知識や経験ゼロなのは不安がある。
元々、勉強自体は好きなので無料で貸し出ししている図書館を探して、近くでアルバイトをしながら暮らすことになるだろう。
「もし、よろしければ……私が通っている学園に編入してみませんか?」
「それは願ったり叶ったりだが……」
自主学習にも限界があるのでちゃんとした専門家に教えてもらえるのは有り難い。
しかし、金銭的問題が……。
「カナタさんにその気があれば誘うようにと学園長から伝言を預かっています。在学中にかかる金銭的負担も免除とのことです」
何、そのご都合的な好待遇。
かなり胡散臭いが……。
「なら、よろしく頼む」
この娘が言うだけで信用に値する。
親愛の証として手を差し出した。
「はい。承りました」
俺よりも一回り小さな右手と繋がった瞬間、服の中にしまったネックレスが少し熱くなったような気がした。
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