第7話 交配

「失礼いたします。斎藤舞鶴様をお連れしました」

「……入れ」

 洋室のドアが開かれる。

 技術の粋を集めた内装に、思わず息を飲んだ。

 目に飛び込んでくるマントルピースは、まさしく応接室の顔。

 和洋折衷なデザインの六灯のシャンデリアが、室内を暖かく照らしている。

 寄木細工のような床面は装飾性が高く、優雅な印象を持つ。

 場違いな感覚をぬぐえないまでも、このまま立ち尽くしているわけにはいかない。

 恐る恐る室内を進んでいくと、川端さんがさりげなく空いているソファを指し示してくれた。

 ソファセットも、中央に置かれている光沢が美しい丸テーブルも、長年使い続けている上等なものだ。

「座れ」

「失礼いたします」

 一言断り、裾がだらしなくならないようにして、館の主人が座る正面に腰をかける。

 様子を伺うと、部屋の出入り口の方に、川端さんが音もなく控えている。

 柿本さんはいつの間にか姿を消していた。

 正面に座る次期当主が、普段着としての格の着物を着ていて幸いだった。

 羽織とそろいの着物で、シンプルな見た目に反してきっといい物だろうけれど、自分がこんな装いでいて相手が正装だったなら目も当てられない。

「――失礼いたします」

 柿本さんが、お盆を持って入室した。

 上座に座っている私から、珈琲茶碗をサーブしていく。

 濃い青が美しい器は有田焼だろうか。

 私の方のカップとソーサーの淵は金色で、次期当主の方は銀色だった。

 柿本さんは、控えめにシュガーポットとミルクポットを私の方に寄せて置いていく。

 よく見ると、私のほうのソーサーにだけ、スプーンが置かれていた。

「――コーヒーが飲めないなら、別のを用意させるが」

 私はゆっくりとかぶりを振った。

「いただきます」

 角砂糖を一つ落とし、ミルクをたっぷりと入れる。スプーンで水流を起こし、私のコーヒーの色味は変化した。

「そうか」

 鵯越多雨は表情を変えず、カップを手に取った。

 一口、二口。先にコーヒーを含む。

 相手が先に口をつけたことを確認し、私も甘くしたコーヒーを飲んだ。

 コクがあり、今まで飲んだどのコーヒーよりも、おいしかった。

 これは本来の味で飲んでみたいかもしれない。

 互いにカップをソーサーに戻す。

 応接室はしんとした。

「――本題だ」

「はい」

 膝の上に手を置いて、左手で右手を強く握る。

 なにを言われても、受け止めなけらばならない。

「今回の婚約について、俺は承知していない」

 静かな低い声は、最初に電話で話していたときと違い、怒気は含まれていなかった。

「親同士が勝手に取りまとめた縁談だ。おそらくお前も、詳細は聞いていないな?」

 私はゆっくりとうなずく。

「――ここに来る前日に、縁談が決まったと、父から伝えられました。十八になるまで共に暮らし、婚姻届が出せるようになったら入籍。里帰りも不要と」

「――こだま」

「はい」

 執事がテーブルに広げたのは、A4のコピー用紙だった。

 原本は手本にしたくなるような達筆の筆書きだ。

「家族書、親族書……目録……受書」

 日付はつい先日になっている。書かれた内容が、鋭利な刃物となって私を攻撃する。

「結納の書類の写しだ。本人不在、両家の父母のみで執り行われたようだ」

 耳から言葉を取り込めない。

 私が読み上げたもの以外のコピーがあり、そちらにも目を通す。

 縮小したのか、かなり小さい字になっているが、家系図だった。

 一方は斎藤家の。もう一方は鵯越家。直系は、代々『雨』の一文字を名前に入れていた。

「まるで交配だよ」

 吐き捨てるように、つぶやいた。

「鵯越家は封魔の一族。古に封印された化生等の封印管理を続ける家系だ。管理人がいなくなったらマンションが荒れたっていうニュースを聞いたことがないか?同じ理屈で、絶えてしまえば封じていたものが一気にあふれる恐れがある。退魔の一族も縮小している以上、取り返しがつかなくなる事態は避けねばならない。鵯越家じっかはなんとしてでも俺に、早く、たくさんの子供を作ってほしい。その結果がこのざまだ」

 小休止というように、名ばかりの婚約者は珈琲をあおっている。

「――俺たちのような一族が、力を維持するために、前時代的なルールを強いているのは知っているな?」

「はい。……電子機器を、使わないこと」

「この情報化社会で無理筋だと思わないか?」

 私の答えを待たず、独演会は続く。

「だが鵯越家うちをはじめ、多くの家が、それをやり通そうとしている。もちろん生活にかなりの支障が出る。第三者に、電子機器の操作の丸投げをしないと成り立たない。当然分家を中心に、脱落者が多発する。特殊性を考慮して、同じような家同士で婚姻を続けていたが、一旦現代社会に染まれば、結婚相手には適さない。一般家庭から見繕っても、『子供を産むまでネット禁止』なんて耐えられない。お断りだ。まとまらない縁が山のようになって……おまえみたいなやつにまで、白羽の矢を立てやがった」

 ずきりとする。

 値しないと言われているみたいで。

「狂ってる。未成年だぞ。既成事実をつくれと言わんばかりにこの家に放り込まれて、双方の親は同意している?俺は親世代の倫理観を疑う」

 憤っていい。ネガティブな感情を持っていい。

 他者の反応をこうしてみることで、ほんの少し、離れた視点から状況を見られる気がした。

「退魔の一族、鶴見家の、遠い遠い縁者の斎藤家。本家からも忘れられたレベルの家を、血眼になった鵯越家うちが見つけた。当主からして、驚異的なレベルの禁欲さだ。なかには本家の人間だって挫折する伝統を、再発見された分家が引き継いでいるのが奇跡的だった。能力者の家系で、ある程度、電子機器に触れていない生活をしている。年の差はたった四つ。こんな好条件の人間はいない。そんなふうに、考えて、鵯越家うちはおまえを――」

 私は目録・受書に書かれていた言葉を反芻する。

「金で買ったんだ」

 金一封。

 尋常でない金額であることは、容易に予想がついた。

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