第11話 影との邂逅

霧の奥から現れた兵士の一団が、通りを封鎖していた。

銃口が一斉に光を放つ——はずだった。


しかし次の瞬間、黒い影が音もなく動いた。

兵士のひとりが呻く間もなく倒れ、その背後の二人も何かに弾き飛ばされる。

真理子には何が起きたのか分からなかった。ただ、影がそこに立っているという事実だけが残った。


兵士が倒れた後も、影は一言も発さなかった。

「あなたは……誰?」


影は銃を収め、低く一言だけ残した。

「……ゴースト」


その声は夜明け前の霧に溶け、再び響くことはなかった。

それでも真理子の胸に残ったのは、恐怖ではなく奇妙な安堵だった。

あたかも、絶望の中に差し込んだ一筋の光を見つけたように。


その一瞬で、真理子は悟った。

——彼は、かつてこの街を檻に変えた側の人間だ。


なぜ裏切ったのか。なぜ助けてくれるのか。

答えは闇の中に隠されたまま、影は銃を構え、次の路地へと消えていった。


真理子は息を呑みながらも、その隙を逃さず駆け出す。

影は導くように前へ進む。

だが「ついて来い」とも「逃げろ」とも言わなかった。


ただ結果として、真理子は救われていた。

「どうして……私を助けるの?」


「助けたと思うな」

影は短く切り捨てるように言った。


やがて、低い声が路地に響く。

「死を選ぶか、生を選ぶか。それだけだ」


問いではなかった。宣告のように響いた。


真理子は喉を鳴らし、拳を握る。

由紀の犠牲が脳裏をよぎる。ここで立ち止まることは、絶対に許されない。


「……生きる」


影は霧の奥を見やりながら呟いた。

「お前は選ばれる側ではない。選ぶ側になるのだ」


「……どういう意味?」

問い返したときには、影はすでに歩き出していた。


その背中は、不気味さを纏いながらも、確かに頼もしかった。

やがて靄が深まり、黒い輪郭はゆっくりと溶けていく。

足音すら掻き消され、残されたのは淡い霧の揺らぎだけ。


真理子は迷った末に、その後を追う。

自分の意思で、誰かの影に足を踏み入れたのは初めてだった。

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