第2話「特別な学校」

 四月、良太郎は東嶺大学附属中学校行きの専用バスから降りた。


「ここで降りる人は...」

 運転手が良太郎の制服を見ると、表情が微かに硬くなった。

「気をつけて行くんだよ」


 その言葉に込められた意味を、良太郎は理解していた。

 同情と、僅かな恐怖。

 普通の子供への接し方とは明らかに違う。


 校門には「東嶺大学附属中学校」と書かれている。

 赤レンガの伝統的な本館と、ガラス張りの最新鋭特別棟が調和した独特の景観。

 しかし良太郎が最初に目についたのは、学園を囲む高い塀だった。

 安全のためと説明されていたが、実際は外界との境界線をはっきりと示している。


 良太郎は振り返った。

 遠くに見える制服姿の同世代たちが楽しそうに歩いている。

(あの輪の中に入りたかった)

 良太郎の心の中では、複雑な感情が渦巻いている、新しい環境に対する不安や普通の学校に抱く憧れ。


 校内案内図を確認しながら歩いていると、制服姿の上級生とすれ違った。


「すみません」


 良太郎は声をかけた。


「超能力競技部って、どこで活動してるんですか?」


「超能力部?」


 その先輩—短髪で真面目そうな2年生—は良太郎を見ると、少し意外そうな顔をした。


「新入生か。珍しいな、入学初日から超能力部を探すなんて。大体の子は最初、能力を使うことを避けたがるものなんだが」


 良太郎の表情が曇った。

 確かにその通りだった。

 本当は能力なんて使いたくない。

 でも、どうせここにいる以上は...


「俺...どうせここにいるなら、ちゃんと向き合わないといけないと思うんです」


 良太郎の声には、現実を受け入れようとする意志が込められていた。

 まるで自分に言い聞かせるような口調。


 先輩はその複雑な心境を理解したのか、優しい表情になった。


「そうか...いい心がけだな。あの建物の地下だ。専用のコートがある」


 先輩の表情が少し真剣になった。


「あそこの連中は別格だ。特に3年生は全員が全国レベルだ。まぁ、頑張れよ」

「ありがとうございます」


 特別棟の地下へと続く階段を降りた良太郎の目に飛び込んできたのは、想像を遥かに超える光景だった。

 ひんやりとした地下の空気が肌を撫で、かすかに金属的な匂いが鼻孔をくすぐる。

 これは超能力使用時に発生する独特の匂いで、良太郎も競技会場で嗅いだことがあった。

 しかし、その匂いは良太郎にとって良い思い出ではなかった。

 この匂いは競技会場と同じだ。

 胸が重くなる。あの時の「化け物」という呟きまで蘇ってきた。

 地下には巨大なコートが広がっていた。

 良太郎の通っていた小学校の体育館より一回り大きく、天井も高い。

 壁面には特殊な衝撃吸収材が貼られ、明らかに超能力使用を前提とした設計だった。

 コートで練習していた数人の部員がこちらを振り向く。

 練習着を着崩している先輩が、良太郎に気づいて軽く手を上げた。

 黒髪を無造作に立たせ、どこか掴みどころのない雰囲気。


「新入生か」


 飄々とした口調で声をかけてくる。

 その隣では、人懐っこい笑顔の先輩が元気よく手を振ってくれた。


「部活見学?歓迎するよ!」


 少し離れたところでは、眼鏡をかけた小柄な先輩が静かに会釈し、髪をきちんと結んだ上品な女子の先輩が完璧な佇まいで立っていた。

 そんな中、一人の大人が良太郎に声をかけた。 

 30代前半と思われる男性で、がっしりとした体格だが威圧感よりも独特の落ち着きがあった。


「新入生か?」

「はい。麻薙良太郎です。超能力競技部に...入部希望で来ました」

「俺は佐藤。この部の顧問をしている」


 練習着の先輩が声をかけてきた。


「気楽にやりなよ。俺は雲居遊馬。みんな遊馬って呼んでる」


 明るい先輩も笑顔で続けた。


「俺は陽向大輝!大輝でいいよ。みんなで一緒に頑張ろう!」


 上品な女子の先輩が丁寧に付け加えた。


「律野勇子ですわ。」


 眼鏡の先輩が小さな声で呟いた。


「結城仁です...よろしくお願いします」

「ところで、全国優勝って聞いたけど」


 仁が眼鏡を直しながら言う。


「あ、はい...でも運が良かっただけで」良太郎が慌てて謙遜する。


 仁の表情が微妙に変わる。

「運...ですか」


 良太郎は相手を不快にさせたか心配になるが、どう修正していいか分からなかった。

 微妙な沈黙が耐え難い。


 その時、コートの入り口に人影が現れた。最初は一人。次に二人。そして三人。


 空気が少し変わった。

 しかし、それは恐怖ではなく、尊敬の念だった。

 部員たち全員が振り返るが、その表情は親しみに満ちている。


「お疲れさま」


 入ってきた三人の中の一人が、穏やかな声で言った。

 最初に声をかけてきたのは、穏やかな微笑みを浮かべた先輩だった。

 どこか大人びた印象で、年齢に似つかわしくない落ち着きがある。


「新入生の方ですね。僕は月影憂人、部長をしています」


 規律正しい歩き方で近づいてきた先輩が続けた。


「副部長の白峰真司だ。よろしく頼む」


 最後に、美しい女性の先輩が少し控えめに近づいてきた。


「刻見遥です。今日は見学だけで構いませんから、ぜひ見ていってください」


「あ、麻薙…」

良太郎が自己紹介をしようとした時、


「良太郎君ですね」


 遥がそっと呟いた。

 憂人が一歩前に出て優しく言った。


「まずは俺たちがどんな活動をしているか、見てもらおう」


 良太郎は部員たちが練習する様子を見学した。それぞれが異なる能力を持ち、それぞれが自分なりの方法で能力と向き合っている。

(みんな、俺と同じように悩んで、それでもここで頑張ってるんだ)

 練習が終わり、良太郎が帰ろうとした時、憂人が声をかけた。


「良太郎くん、明日もよかったら来てくれ。正式に入部するかどうかは、ゆっくり考えて構わないから」


 良太郎が答える。


「はい、明日も、来させてもらいます」


 地下から地上へと続く階段を上りながら、良太郎は振り返った。

 そこには、初めて自分を理解してくれそうな人たちがいた。初めて、能力を持つことが恥ずかしくない場所があった。

(もしかしたら、ここが俺の居場所になるかもしれない)

 でも同時に、小さな不安も芽生えていた。

(本当に受け入れてもらえるのだろうか。)

 夕日に染まる校庭を歩きながら、良太郎の心に小さな希望と不安が芽生えていた。

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