東嶺大学附属中学校超能力競技部

aik

第1話「異端者の烙印」

 小学6年生の夏、ジュニア超能力競技大会決勝戦


 会場には多くの観客が詰めかけていた。決勝戦にふさわしい熱気に包まれている。だが、どこか困惑した空気も混じっている。


「決勝戦は、立川第三中学校3年、火野竜也選手対、港区立山小学校6年、麻薙良太郎選手です」


 場内アナウンスが響く中、良太郎は相手選手を見上げた。

 火野竜也。がっしりとした体格で、3年間の超能力競技経験を積んだ熟練者。

 どう見ても格上との対戦だった。


「小学生が決勝まで来るなんて、運が良かっただけだろ」


 良太郎は観客席を見回した。期待と不安が入り混じった視線。誰もが、どうなるんだろうという表情で見つめている。

 良太郎は悟っていた。観客は番狂わせを見たいという好奇心で見ているが、本気で彼の勝利を信じている人はいない。

(みんな、俺がどうなるかを見に来てる。応援じゃない、観察だ)

 だが、良太郎の考えは別のところにあった。

(一度でいいから、怖がられるんじゃなくて、認められたい、「凄い」「頑張ったね」って。優勝すれば、きっと…!)


「始め!」


 開始の合図と同時に、火野が両手を前に突き出した。

 オレンジ色の炎が渦を巻いて良太郎に向かう。直径50センチほどの火球が、空気を焼きながら真っ直ぐ飛んでくる。

(速い!でも─)

 良太郎の体から淡い光が立ち上がる。

 身体強化発動—筋力、瞬発力、反射神経が格段に向上。

 炎の軌道が手に取るように見えた。

 回転、速度、着弾予想地点。すべてが明確に把握できる。

 良太郎は髪の毛一本の差で火球をかわした。

 炎が頬をかすめ、髪が少し焦げる匂いがした。

 火球を避けた勢いで、良太郎は火野に向かって駆け出した。

 身体強化により、小学生とは思えない瞬発力で距離を詰める。

「な、何だ!?速い!」

 火野が慌てて次の炎を放とうとする。

 しかし、能力の連続使用には少しの隙がある。

 良太郎は火野の懐に潜り込んだ。

 攻撃の瞬間、良太郎に迷いが生じた。

(強すぎる力を使ったら、また...)

 一瞬の迷い。

 だが、もう止められなかった。

 右ストレートが火野の腹部にクリーンヒットした。


「ぐはっ...!」


 火野の体が「く」の字に折れ曲がり、そのまま膝をついて倒れ込んだ。

 開始から32秒。

 良太郎は相手を見下ろしながら、後悔に似た感情を抱いていた。

(やりすぎた...)


「勝負あり!」


 審判の声が響いた。

 会場が一瞬、静寂に包まれた。

 誰もが理解するのに時間がかかった。

 小学生が、中学生を一撃で倒したという現実を。

 そして、ざわめきが起こる。

 しかし、それは称賛ではなかった。


「化け物だ...」


 最初にその言葉を発したのは誰かは分からない。

 しかし、その一言が会場の空気を決定づけた。

 やっぱりそうだ。

 やっぱり、みんなそう思ってる。

 胸の奥が冷たくなった。

 息が詰まりそうになる。

 今度こそ違うと思っていたのに。

 優勝すれば認めてもらえると思っていたのに。

 手が震える。

 金色のトロフィーが急に重く感じられた。

 どこに行っても、何をしても、俺は一人だ。

 拍手はあった。

 しかし、それは純粋な賞賛ではなく、困惑が混じった、義務的な音だった。

 金色のトロフィーを掲げる。

 表彰台の上は高い。

 こんなにも人がいるのに、こんなにも一人だ。

 優勝したのに、心は空っぽだった。

 これがゴールだった。

 ここに辿り着けば、みんなに認めてもらえるはずだった。

 なのに、なぜこんなに虚しいのだろう。

 表情に喜びの色はなかった。

 観客席を見回す。

 そこにあるのは称賛の眼差しではなく、「得体の知れないもの」を見る視線だった。

 表彰台の上で、良太郎は孤立していた。

 勝者でありながら、同時に「異端者」としての烙印を押された瞬間だった。


「頑張ったね、良太郎!」


 母だけが、笑顔で祝福してくれた。

 他の保護者たちは距離を置いて見つめていた。

 良太郎は母の笑顔を見ながら思った。

(お母さんも、本当は...)

 この日、良太郎は理解した。

 この勝利が、普通の世界からの決定的な追放を意味することを。

 きっかけは、いつから始まったのだろう。

 良太郎の記憶は、あの日に戻る。


 小学3年生の春、体育の時間だった。


「次は鉄棒での逆上がりです」


 先生の声に、良太郎は憂鬱になった。

 運動は苦手だった。

 いつものように出来ないだろう。

 順番が回ってきた。

 鉄棒を握り、勢いをつけて回ろうとする。

 その瞬間、体に力が湧いた。

 軽々と逆上がりを成功させる自分に、良太郎自身が一番驚いていた。

(え?できた?)

 そして—

 ガキンッ!

 鉄棒が折れ曲がった。


「え...?」


 クラスメートたちの悲鳴が上がる。先生の顔が青ざめていく。


「麻薙くん、ちょっと保健室に行こうか」


 その日から、良太郎の平凡な生活は終わった。


 翌週、良太郎は母に連れられて超能力者専門病院を訪れた。

 白い建物が妙に大きく見える。

(ここで何をされるんだろう)

 自動扉の向こうは、今まで知らなかった世界だった。


「超能力者登録を行ってください」


 職員が事務的に説明する。


「超能力者は月1回以上の診察が義務付けられています。能力の暴走を防ぐための薬物療法も開始されます」


 診察室で、医師が良太郎を見つめた。


「身体強化系の能力ですね。制御を誤ると重大な事故につながります。薬を毎日服用してください」


 医師の言葉に、良太郎は複雑な気持ちになった。

(なんだか凄くあっさりしてるんだな)


「医療費は未成年の場合、全額公費負担になります。ただし、能力の管理は保護者の責任です」


 病院からの帰り道、良太郎は母と並んで歩いていた。

 手には薬の袋。


「お母さん、俺って変なのかな」


 良太郎がぽつりと言った。

 母が一瞬止まった。


「どうして、そんなことを聞くの?」

「クラスのみんな、俺を避けてる。先生も、なんだか怖がってるみたい」


 母が良太郎の手を強く握った。


「良太郎は変じゃない。」

「世の中には、みんなとは違う力を持った人がいるの。でも、それは悪いことじゃない」


 母の声は優しかったが、その表情には不安が隠しきれずにいた。


「お母さんも怖い?俺のこと」


 母が慌てたように首を振る。


「怖くなんてない。心配なだけ。良太郎が傷つくのが心配なの」


 良太郎は母の手を見つめた。その手は小さく震えていた。


 それから3年が過ぎた。

 小学6年生大会後の夏、三者面談の日。


「良太郎くん、君は、普通の環境では...難しいかもしれないね。特別な教育環境が必要だ」


 担任の先生は申し訳なさそうに言った。

 特別な教育環境—それが東嶺大学附属中学校への入学を意味することを、良太郎は理解した。


 数ヶ月後の卒業式、校庭で同級生たちが写真を撮っていた。

 一緒に撮ろうよとは、誰からも言われなかった。

 勇気を出して良太郎が近づくと、保護者の一人が小声で囁いた。


「あの子と一緒はやめて。危ないから」


 良太郎の足が止まった。

 みんな自分を避けている。

 母だけが笑顔で駆け寄り、カメラを向けた。


「良太郎、はいチーズ!」


 シャッターに写ったのは、笑う母と、寂しげな良太郎だけだった。

 校庭で、ぽつんと立つ良太郎。同級生たちの楽しそうな声が遠くに聞こえる。

 母がそっと良太郎の肩に手を置いた。


「新しい学校で、きっと良いお友達に出会えるわよ」


 良太郎は振り返る。母の優しい笑顔があった。

 しかし、その奥に隠しきれない心配の色も見えた。

(新しい学校...そこには、俺と同じような人たちがいるのかな)

 桜の花びらが舞い散る校庭で、良太郎は新しい人生への第一歩を踏み出そうとしていた。

 普通の世界から追放された少年が、似たような境遇の仲間たちと出会う日は近い。


 次回予告


 四月、良太郎は東嶺大学附属中学校の校門をくぐる。

 そこで待っていたのは、彼と同じように普通から外れた能力者たちだった。

 超能力競技部との運命的な出会いが、良太郎の新しい物語を始める。

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