第3話 爆乳お布団の精にメンタルまで診断されて、人生リセットを迫られてる俺

 まどかの腕の中は、まるで深い海の底みたいだった。


 ふわりと全身を包む柔らかさ。

 胸元に頬を押しつけると、もっちりと沈み込む感触が肌に広がる。

 耳の奥で、かすかに響く規則正しい鼓動。

 日だまりと花を混ぜたような、甘くてあたたかい香りが鼻をくすぐった。


 その香りの向こうで、まどかが小さく囁く。


「……だいじょうぶ。ここにいるからね」


 耳元でふわりと落ちる声は、羽毛みたいにやさしくて、ぞくりと背筋にまで染み込んでくる。

 大きな手で、ゆっくりと頭を撫でられるたびに、肩から力が抜けていった。


──なのに。不思議だ。


「……まどか。不思議なんだけどさ」


「ん?」


「……これだけ気持ちいいのに、なんか……エッチな気持ちが起きない」


 まどかは、くすりと笑った。


「それはね、慧くんが“疲れすぎてる”からだよ」


「え、そんなもん?」


「うん。身体が『もうやめて』って言ってるときは、性欲より先に生き延びることを優先しちゃうの。……もしかしたら、一度、病院に行った方がいいかもしれない」


 俺は小さく眉を寄せた。


「……でも、まだ病院に行くほどじゃないだろ。休めば……」


「慧くん。ここ一ヶ月、平均睡眠時間三時間。朝、起きるのもしんどいよね」


「……まぁ、そうだけど」


「一度、心療内科で話を聞いてもらうだけでもいいんだよ?」


 俺は、わずかに目を逸らした。


「でもさ……俺、病気じゃないし」


「“病気かもしれない”し、“病気じゃないかもしれない”」


 まどかは俺の頬をそっと撫でた。

 温かくて柔らかくてすべすべで気持ちいい。


「わからないなら、プロに見てもらうのがいちばん安心でしょ?」


「……でも、そんな大げさな」


「大げさじゃないよ。ここまで追い詰められてるのに、“休めば治る”って思い込む方が危ないの」


 俺は黙り込む。

 心のどこかで、それが事実だとわかっていた。

 だけど、なんだかそれを認めたくなかった。

 あるべき道から外れてしまう気がして、怖かったのだ。


「……まだ、ちょっと……迷うな」


「うん、迷っていいんだよ」まどかは微笑んだ。

「でもね、慧くんが壊れちゃう前に、選べる道はたくさんあるんだってことだけ覚えてて」


 俺は、深く息を吐いた。

──まどかの言うことなら、信じてもいいのかもしれない。


「……でもさ、正直、食欲もないんだ」


「わかってるよ」まどかは頷く。


「今日は“食べる練習”にしよ。無理しなくていい、ひとくちでいいから」


 そう言って、まどかは小さな土鍋を取り出した。


 キッチンに立つまどかは、かろうじてキャミソールの上にエプロンを引っかけただけの格好だった。

 リボンで結んだ背中は大きく開いていて、動くたびにふわっと髪が揺れる。


 ……おかゆに集中しろ、そう思うのに、視界がどうしても柔らかな曲線に吸い寄せられてしまう。


 そして、テーブルの上に土鍋が置かれた。

 ことことと煮込まれた鶏と生姜のおかゆから、ふわっと湯気とやさしい香りが広がる。


「……いい匂い」


「でしょ?」まどかは匙をすくって、ふーふーと冷ます。

「まずはこれだけ。食べられたら“えらい”だからね」


 ひとくち口に含むと、生姜の香りとやさしい塩味が広がった。

 あたたかさが喉を通って、胸の奥までじんわり染みていく。


 俺は、思わず涙をこらえきれなかった。


「……なんでだろ……ただのおかゆなのに……」


「“ただ”じゃないよ」まどかは微笑んだ。

「慧くんが今日、生き延びたお祝いなんだから」


 胸の奥が、じんわり熱くなった。


「……うん。……病院、行ってみようかな」


 まどかはやわらかく微笑んで、俺の髪を撫で、そっと額に口づけた。


***


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https://kakuyomu.jp/works/16818792439399456221

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