第35話 櫓の上の告白



「ほわーーー……。」



 馬を走らせて、やってきた飯盛山城。

 話には聞いていたが、大阪を一望できる展望は圧巻だった。


 大阪からそう遠くない東方に位置し、かつての天下人『三好長慶』が居城にしたのも納得である。

 なにせ、排気ガスがない戦国時代の空気は澄み渡り、本日の晴天と相まって、海の向こうの淡路島まで望める。


 唯一の難点は、季節が冬だということ。

 山の木々よりも高く築かれた櫓の上では、吐く息が絶えず白く染まる。



「ふっ……。俺は、ここからの眺めが好きでな」

「これはすごいね」



 隣に腕を組んで立つ結城秀康の横顔は、細めた目の先に大阪よりもはるか遠いものを見つめているように感じられた。


 ついに法則『俺の顔見知りは脇役』が崩れるときがきた。


 結城秀康は、俺の実家の近所で土建業を営む、あだ名『将軍』の次男『兄ちゃん』だった。


 俺の顔見知りに『結城』の姓を持つ者はいない。

 おそらく、姓よりも徳川家康と『将軍』つながりのほうが優先されたのだろう。


 それだけに、俺は結城秀康を待っているうちに寝てしまい、目を覚ますと目の前に『兄ちゃん』がいて、思わず声を失った。



「そうだろ? 大阪に来たときは、必ず一回は立ち寄らせて貰っているのだ」

「もっと早く来るべきだったなー……。」



 兄ちゃんは俺より8歳年上で、子どもの頃からよく可愛がってもらっていた。


 小学二年の夏休み、河川敷の土手で兄ちゃんがトランペットを吹いているのを見た。

 思わず『すげぇっ!』と声をあげ、それが仲良くなったきっかけだ。


 高校に上がる頃、兄ちゃんは『アメリカに行ってビッグになる』と言い残して街を去り、それ以来、音信は途絶えた。


 残念ながら、テレビでもネットでも兄ちゃんの名前を見たことはない。

 元気でやっていればいいのだが。



「それより……。俺に話があるのだろ?

 ここなら、俺たち二人だけだ。遠慮なく言ってみろ」

「うん、実はさ……。」



 結城秀康は、大阪の街並みを見つめたまま、静かに問いかけてきた。


 俺は視線を落とした。

 飯盛山の、葉を落とした木々が寂しげに立ち並んでいるのが見えた。


 しかし、心を萎えさせてなどいられない。


 何のために、結城秀康に会いに来たのか。

 すべては、結城秀康に心の内を打ち明け、相談するためだ。


 小早川秀秋と結城秀康がかつて兄弟だったことは知っていた。


 だからこそ、俺は結城秀康を頼った。

 だが、小早川秀秋と結城秀康の関係の深さも知らないまま、寝起きにうっかり『兄ちゃん』と呼んでしまったのは、大失態だった。


 しかし、結果オーライだ。

 俺は『もう、なるようになれ!』と半ば諦め、結城秀康を『兄ちゃん』と呼び続けていたが、どうやら正解だったらしい。


 俺が悩みを打ち明けられずに口ごもっていたら、結城秀康は『良いところがある』とここへ誘ってくれた。

 そのときに見せた苦笑は、手のかかる弟分を気遣いながら見守る、俺が知る『兄ちゃん』そのものだった。


 俺は顔を向け、結城秀康をじっと見据えた。



「……好きな女がいるんだ」

「そうか、好きな女がな……。って、はぁ?」



 すると、結城秀康は一瞬苦笑したかと思うと、すぐに呆然とした表情で、勢いよくこちらを向いた。




 ******




「それで、どうしたら良いかなってね」

「いや、待て! ちょっと待て!」

「……うん?」



 結城秀康は目を右手で覆い、左掌を俺に突き出して、静止の合図を送ってきた。



 どうしたのだろうか。

 先ほどまで感じていた冬の厳しさが消え、ひどく微妙な雰囲気が周囲に漂っている。


 俺は思わず首を傾げ、結城秀康の望むとおりにじっと待った。



「豊臣家に恭順を求めに来たのではないのか?」

「ああ……。そういうのは、三成たちに任せてあるから」

「徳川に無理難題を押し付けに来たのでもないのか?」

「えっ!? 違うよ? どうして、自分から仕事を増やさなくちゃならないんだよ?」

「じゃあ、何だ? お前は俺に女の相談をしに来たのか?」

「だから、そう言ったじゃん?」



 しばらくして、結城秀康は左手を下ろしたものの、目は覆ったまま、こちらに問いかけてきた。


 ちゃんと答えているのに、なぜだろう。

 俺が応えるたび、結城秀康の顔から憤りがにじみ出てくる。



「……どうして、俺なんだ?」

「だって、兄ちゃんは奥さんが5人もいるだろ? 夫婦円満のコツが知りたくてさ」



 俺は荒々しくフンスと鼻息を吹き、不満をむき出しにする。


 そう、結城秀康はズルいのだ。

 奥さんが5人もいて、子宝に恵まれていながら、不和の噂をちっとも聞かない。


 俺なんて、古満と雪の二人で精一杯だ。


 最近、茶々と会うのが忙しかったせいか、家にいると二人から疑惑の目を向けられて困っていた。

 今朝なんて、茶々との密談がついつい長引き、朝帰りをしたら、古満と雪が玄関で仲良く待っていた。


 怖かった。笑顔なのに、超怖かった。

 三成を共謀者に仕立て上げた俺のアリバイは、完璧なはずなのに、なぜだ。


 しかも、俺の周囲は独身か、奥さん一筋の連中ばかり。

 相談相手を探していたところ、うまい具合に結城秀康が大阪にやってきたと聞きつけたのだ。



「お前なぁ~~……。俺がどんな気持ちで!」

「うおっ!? ギブ、ギブッ!?」



 突如、結城秀康は目を覆っていた右手で、俺のこめかみを掴んだ。

 理不尽なアイアンクローを食らい、俺は悲鳴をあげた。



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