第16話 あぐらの敗将、福島正則
「次で最後になります。……福島正則殿!」
空が茜色に染まる頃、岡崎城は陥落した。
本丸へ通じる最後の門では激しい攻防戦が繰り広げられていたが、福島正則は切腹しようとしていたところを味方に裏切られ、捕らえられた。
一応、岡崎城への援軍は接近していたらしい。
浜松方面の情報収集を行っていた忍者たちの報告によれば、家康は西軍が鳴海城を出発する前に援軍を派遣していた。
しかし、その兵力は五千に過ぎず、行軍速度も緊急事態とは思えないほど鈍かった。
西軍が岡崎城へ迫る中でも速度は変わらず、東海道でいう岡崎宿の手前の赤坂宿で城陥落の報を受けると、援軍は進路をあっさりと浜松へ戻ってしまった。
やはり、俺の予想通りだ。福島正則は捨て駒にされたのだろう。
もし岡崎城を本気で守るつもりなら、援軍の行軍速度は昼夜を問わず全力で進むはずだ。
また、城を本気で奪い返すつもりなら、赤坂宿から次の藤川宿までの山間で迎撃に適した位置に滞陣し、後続の兵を待つはずである。
「さて、個人的に色々と言いたいことはありますが…。
鳴海城でのお約束どおり、処遇は小早川殿にお任せいたします」
そして、今はすっかり夜に包まれている。
岡崎城の本丸では篝火がいくつも焚かれ、夕方のように赤く城内を照らしている。
豊臣家の『五七の桐』紋が描かれた陣幕の中で、敵将たちの処遇が次々と下されていく。
裁判長を務めるのは、西軍副将の宇喜多秀家である。
ただし、大トリを務める福島正則だけは別だ。
もし、福島正則が生き残っていた場合の処遇を手に入れるため、俺は鳴海城を出発する前の軍議で、鳴海城以降の功績すべてを引き換えにすると宣言していた。
「さわるな! 座るくらいのことは、自分でやれる!」
間もなく、西軍の諸将が居並ぶ万座の中央に、腰に回した両手を荒縄で縛られた福島正則が連行されてきた。
敗北してなお、彼の強気の姿勢は崩れない。
連行した兵士二人が肩を乱暴に押さえ、座らせようとするが、福島は肩を左右に勢いよく振ってこれを拒否。
石田三成をギロリと睨み付けた後、その場にドカリとあぐらをかいた。
「宇喜多殿のご配慮、深く感謝いたします。
では、福島殿、単刀直入にお聞きします。あなたは一体、何がしたかったのですか?」
宇喜多秀家と席を入れ替わり、俺は上座の床几に腰を下ろす。
その瞬間、福島正則の眉がピクリと跳ねたのを見逃さなかった。
己の処遇を決める相手が小早川秀秋だと知り、組みやすしと見たのか。
「これは異なることを仰る。
私が君側の奸を討つために戦ったことは、秀秋様もご承知のはずです」
そう考えた矢先、案の定だった。
福島正則は、それまで険しく刻んでいた眉間の皺をほどき、口元に嘲りの色を浮かべる。
目はまるで、両手の縄を早く解けと言わんばかりだった。
今のところ、法則『俺の顔見知りは脇役』は外れていない。
福島という姓から、もしかしてと思っていたが、福島正則の顔は俺より三歳年上の従兄弟だ。
周囲の者が顔見知りであるのは心強いが、それが敵対者となると、やはり心苦しさを感じてしまう。
ましてや、今の俺は福島正則の生殺与奪を握っている。
子供の頃には幾度も意地悪をされ、大人になってからも自慢か嫌味しか言わなかった顔だろうと、今目の前にいるのは別人である。
嫌悪感に振り回されてはならないと自分を戒めつつ、心の内に広がる苦さを噛み締めながら、とぼけた顔を見せる。
「はて、何のことやら? さっぱり分かりませんね。
ですが、せっかくですから教えてください。貴方の言う君側の奸とは、誰のことを指しているのですか?」
「無論、そこに居る石田三成のことで、ぐぬっ!」
たちまち、福島正則は激高した。
目を信じられないと言わんばかりに見開き、身体ごと勢いよく石田三成の方へ振り向く。
その際、立ち上がろうと右膝を立てるが、両脇に控える兵士が即座に反応し、肩と首根っこを上から押さえつけたため、地面に押さえつけられる格好となる。
福島正則の目は、恨みと怒りに満ち、鋭く俺を射抜くように睨みつけた。
その打てば響く反応に、俺は苦笑を必死に噛み殺した。
小早川秀秋も、福島正則と同様に石田三成に悪感情を抱いていたことを、俺は知っていた。
文箱を漁っていたら、その証拠が出てきた。
小早川秀秋は福島正則から家康に与する誘いを受けており、下書きと思しき返事の中には、石田三成への罵詈雑言がこれでもかと書き連ねられていた。
二人が日頃から石田三成の悪口を言い合う同志だったことが、容易にうかがえた。
当然、その下書きをはじめ、今の俺にとって都合の悪い文章はすでに焼却済みだ。
もっとも、小早川秀秋の手を離れたものはどうすることもできない。
せいぜい、今のように白を切り通すしかないだろう。
それに、小早川秀秋が実は『うつけ』を演じていた、という説が流布すれば、所有者は勝手に深読みしてくれるかもしれない。
「う~~~ん……。君側の奸というのなら、それは家康のことでは?
今回の騒動だって、そもそも家康が好き勝手に振る舞ったのが発端です。
三成はその逆。秀吉様がこうと定めた法を正そうと立ち上がったんですよ?」
「なっ!?」
右肘を左手で支え、傾げた顎を右手で押さえつつ、考えているフリをする。
福島正則は、目をこれでもかと見開き、口をぽかんと開けて絶句した。
これもまた、当然の反応だ。
先ほども述べたが、小早川秀秋と福島正則は、日頃から石田三成の悪口を言い合う仲である。
それも、豊臣秀吉を中心に据えた豊臣家の中で、その後継者となった豊臣秀頼を除けば、二人は最も血が近い者同士でもある。
戦国乱世において、血縁ほど大きな信用や信頼を生むものは他にない。
石田三成を嫌う者は多いが、その中でも福島正則が最も信頼していたのは、小早川秀秋に違いない。
「秀秋様、どうしたというのですかっ!」
その証拠に、福島正則は愕然とした表情から立ち直ると、小早川秀秋の気の迷いを正そうと、猛烈に捲し立て始めた。
石田三成の悪口を、小さなことから大きなことまで、これでもかと並べ立てるその様子に、今度はこちらが圧倒され、言葉を失った。
もはや、これは『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』状態だ。
豊臣政権下において、石田三成は限られた予算の中で経費を少しでも抑えようとする文官であり、福島正則は軍事費という経費を湯水のように使う武官である。
古今東西、文官と武官の仲は悪いと相場は決まっているが、福島正則の場合は、少々度が過ぎている。
恐らく、きっかけは些細なことだったのだろう。
周囲を横目で伺うと、それと気付かれないよう澄ました顔をしていても、同調している者の存在が見て取れる。
何事にも誠実であろうとする石田三成だが、融通が利かないために世渡りは下手であることが、よくわかる。
渦中の人、石田三成へ視線を向けると、先ほどまで勝利者として床几にどっしりと座っていた姿は、見る影もなかった。
深く項垂れ、肩を微かに震わせながら、ひどく落ち込んでいた。
これもまた、当然の反応だ。
石田三成にとって、福島正則は、主と仰いだ豊臣秀吉がまだ一地方の一城主に過ぎなかった頃から、苦楽を共にしてきた同士だった。
仲違いを重ねた結果、今回の騒動では陣営が東西に分かれてしまったが、石田三成は、福島正則と膝を突き合わせて語り合えば、きっと理解し合えると信じていた。
だからこそ、俺が岡崎城攻めに加わることが決まった岐阜でのあの夜、石田三成は福島正則の助命を必死に嘆願してきた。
『豊臣家を裏切った者たちに見せしめとして、京都五条河原まで引き回した上で斬首する』
そう俺が胸の内を告げた途端、石田三成は土下座した。
それだけは止めてくれと。福島正則は豊臣家の将来に欠かせぬ存在だと訴え、俺が難色を示すと、大谷吉継も俺の考えに賛同した。
すると石田三成は、鼻水を垂らしながら涙に濡れ、必死に縋り付いてきたほどだ。
それだけに、石田三成があまりにも哀れだった。
一方通行に過ぎなかった友情を、石田三成の隣に座る大谷吉継は黙って見ていられなくなったに違いない。
右手を伸ばし、丸まった背を軽く叩くが、石田三成の肩の震えは一向に治まらなかった。
俺自身も、同情心が湧いた。
こうなったら、福島正則をギャフンと言わせたい。そうしなければ、腹の虫が収まりそうにない。
福島正則は矢継ぎ早に捲し立てているからこそ、いずれ必ず息切れする。
その隙を狙い、日本の現代社会の寵児が生んだ、揚げ足取りのスーパーパワーワードを放つ。
「それって、あなたの感想ですよね?」
「……えっ!?」
「何か、そういう資料があるんですか?」
「し、しかし……。ひ、秀秋様もそう言っていたではありませんか?」
「なんだろう。嘘をつくのを、やめてもらってもいいですか?
その時、私は相槌を打ったかもしれませんけど……。
まあ、それはそういう風にしか理解ができない知能の問題だと思うんですけど?」
効果は抜群だった。
現代のスーパーパワーワードは、戦国時代でも十分通用した。
福島正則は瞬く間に勢いを失い、目をパチパチと瞬き、二の句を継げず、口を息苦しそうにパクパクと開閉させる。
実際、福島正則が並べ立てた文句は、主観論というか、感情論ばかりだった。
どれもこれも説得力に欠け、石田三成憎しの色眼鏡を外して中立の立場で見れば、どう考えても軍配は石田三成に上がる。
結局のところ、福島正則が言いたかったのは『俺より頭が良くて、数字に強いからといって、図に乗るなよ!』ということ。それを拗らせまくっているに過ぎない。
「三成、貴様! 秀秋様を惑わせ、豊臣を裏から操ろうという魂胆か!」
「ぷっ!? ……ウケるっ! 腹が痛い! あっはっはっはっはっ!」
その結果、福島正則は苦し紛れに矛先を石田三成へ向け、とうとう俺は吹き出してしまうのを堪えきれなかった。
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