第4章 星を見た者たち

 それは、かつて私が医師としての職務に従事していた頃のことだ。

 従軍中に出会った“ある兵士”の話を、私はふと思い出していた。


 彼は夜な夜な空を見上げていた。

 そしてこう言ったのだ。


 「星が、見返してくる夜があるんですよ、ドクター……」


 あの言葉の意味が、ようやくわかる気がした。



 その夜、ホームズと私は**政府主催の“非公開観測会”**へと出席した。

 ロンドン郊外の軍用施設に設置された特別望遠鏡。

 そこには、天文学者や物理学者、神経科学の権威たちが招かれていた。


 「この会の目的は、“星を通じた交信の兆候”を確認することだ」

 そう説明したのは、陸軍情報局のラザフォード少佐だった。


 「隕石の落下地点付近では、電磁波では説明のつかない干渉が続いている。我々はそれを“脳波への直接投射”と疑っている」


 ホームズは無言で頷き、すぐに望遠鏡に向かった。


 私はそれよりも、会場の片隅にいた男の方に目を奪われた。

 異様にやせ細り、片目を包帯で覆っている――どこかで見た顔だ。


 「……あれは、戦地から帰還した兵士では?」


 「ああ。彼らは“星を見た者”だ。

  帰還者のうち、複数が同様の幻覚と記憶障害を訴えている。

  その中でも特に深刻だった者が、今ここに集められている」


 少佐の言葉に、私は胸がざわついた。


 「彼らは口を揃えて、こう語る。

  “光がやって来て、内側から何かを塗り替えられた”と」


 ホームズが静かに口を開いた。


 「観察ではない。変換だな。

  彼らは“人間の視覚”を通じて、自分たちの存在を投影している。

  目に見える姿を持たぬ異星の来訪者が、唯一選んだ接触方法……」


 彼がそう言いかけたとき、会場にいた包帯の男が突如、絶叫を上げて倒れ込んだ。


 「来るなッ……! もう見たくない……星の底の、目を……!」


 男の額には、黒い“円環”が浮かび上がっていた。


 まるで、焦げ跡のように。

 それはまさしく――あの“思考円盤”の意匠と同じものだった。


 「ワトソン!」

 ホームズが振り向く。私は駆け寄って脈を測る。


 「まだ意識はある……だが、混濁してる。呼吸が異常に浅い」


 ホームズは視線を上げ、望遠鏡を覗いたままの天文学者に近づいた。


 「あなたは、何を見た?」


 だが、学者は答えなかった。

 彼もまた、額に黒い“印”を刻まれていた――。


 その瞬間、会場の天井が微かに“軋む”ような音を立てた。


 耳鳴り。微震。

 そして、空の彼方から、低周波のような唸り声が響いてきた。


 「来る……!」


 誰かが叫び、場は一気に混乱に陥った。


 ホームズは私の腕を掴んだ。


 「ワトソン、急げ。

  彼らは“今夜”、我々に“言語ではない対話”を試みようとしている」


 「どうやって?」


 「夢だ。“夢を見る者たち”が現れる――

  そして我々は、それを記録しなければならない」

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