第4話 再会は図書室で
神谷さんと再会したあの日から、私の心はまるで春の雪が解けるように、少しずつ温かさを取り戻していた。
でも、私は気づいていなかった。彼との間に、ただならぬ縁があることに。
それは、まるで運命のいたずらのように――
図書室での会話が弾んだ翌日のこと。
私はいつもの通り図書室へ向かう廊下を歩いていた。すると、前方から見慣れた後ろ姿が。
「あれ......?」
思わず足を止めた。その背中、その歩き方、なぜかどこかで見たことがある気がして。
その人物は、図書室のドアを開け、中へ入っていく。私はふと、違和感を覚えた。なぜだか、胸がざわつく。
「もしかして......」
思わずその後を追うように、私も図書室へ入った。
そして――
「ひなた?」
図書室の中ほどで、その人は振り返った。そして、私の名前を呼んだ。
その声に、私は全身が固まるような衝撃を受けた。
「え......?」
目の前に立っていたのは、紛れもなく幼馴染の――高橋 隼人(たかはし はやと)。
「まさか......隼人!?」
声を上げてしまった私に、彼は柔らかく微笑んだ。
「久しぶり、ひなた。元気してた?」
「え、ええ......。あなたこそ、どうしてここに?」
信じられない気持ちで尋ねると、彼は図書室の奥を指さした。
「実はあのさ、神谷とここで偶然会ってね。それで話してたら、桜井って子が来るって聞いて......。その子、もしかしてひなた?」
「神谷......さん?」
心臓が、不自然に跳ねた。
「うん。神谷悠真。俺の......いや、俺たちの幼馴染でさ」
「ええええええっ!?」
思わず大きな声を出してしまい、周囲の視線が集まる。私は恥ずかしさのあまり、顔から火が出そうなほど赤くなった。
「ち、ちがうの! その......」
慌てて言い訳を探す私に、隼人は楽しそうに笑った。
「ははは、落ち着けよ。そう緊張しなくても」
「で、でも......なんで、みんなここにいるの?」
「それはだな......其实、俺たち三人、幼馴染なんだよ」
隼人のその言葉に、私は言葉を失った。
「......え?」
「信じられない? でも本当なんだ。小学校の時、俺たち三人、いつも一緒に遊んでたんだよ。ひなた、覚えてないの?」
「そ、それは......」
記憶の奥底を探るように、私は必死に思い出そうとした。確かに、小学校の時、そんな男の子がいたような気がする。でも、あまりにも昔のことで、はっきりとした記憶はなかった。
「ごめん......。あまり覚えてないや」
素直にそう言うと、隼人は優しく微笑んだ。
「いいよ。でも、神谷はきっと覚えてると思う。あいつ、昔から記憶力いいから」
「神谷さん......と、いうのは......?」
「ああ、そうだ。紹介するよ。実はさっきから、あいつ図書室にいるんだ。さっきの話、聞いてただろう?」
「えっと......」
私が戸惑っていると、隼人は図書室の奥を指さした。
「ほら、あの窓際の席。いつも本を読んでるやつ」
私は、言われた方向を見た。そして――
「あ......」
そこには、いつものように本を読んでいる、あの「声がきれいな男子」がいた。
神谷悠真さん。
いや、違う。彼のことを、そう呼んでいいのだろうか?
「神谷さん......って、あの人......?」
私は、信じられない気持ちで呟いた。
「そう。あいつ、神谷悠真。俺たちの幼馴染で、今は東京の高校に通ってるんだ」
「そんな......」
私は、ただただ驚いていた。まさか、あの「声がきれいな男子」が、幼馴染だなんて。
「びっくりした? 俺も最初、神谷から聞いた時は驚いたよ。『桜井ひなたっていう子がいるらしいぞ』って」
「えっ、私のこと、話してたの!?」
「うん。『図書室によく来る、静かな子がいる』って。俺が『誰のこと?』って聞いたら、『ひなただよ』って」
「そんな......私のこと、覚えててくれたの!?」
私は、思わず声を上げてしまった。
「当たり前だろ。俺たち、幼馴染なんだから」
隼人は、優しく微笑んだ。
「でも、なんで......なんで今まで、気づかなかったの?」
「それは、神谷のやつが『普通に接しないでくれ』って言うからさ。『ひなたが普通に接してくれたら、僕も普通に接する』って。なんだか変なやつだろ?」
「神谷さん......」
私は、彼のことを思い出した。あの優しい笑顔、穏やかな声。そして、図書室での穏やかな時間。
「実はさ、神谷はずっとひなたのこと気にかけてたんだよ。『ひなた、元気にしてるかな』って、よく聞いてた」
「えっ......?」
「だからさ、今日は俺が仲直りの仲介役ってわけ。二人で、ちゃんと話せばいいんじゃない?」
隼人は、そう言って、にこやかに微笑んだ。
「......うん」
私は、小さく頷いた。
心の中で、何かが確かに動き始めていた。
その日、私はいつものように、神谷さんの席の少し離れたところに座った。でも、今日は少し違う。私は、彼のことを知っている。いや、正確には、知っていたことを思い出しつつある。
神谷さんは、いつもと同じように本を読んでいた。でも、私の視線に気づいたのか、ふとこちらを見た。
視線が合った瞬間、彼は少し驚いた表情を浮かべた後、優しく微笑んだ。
「あれ? 桜井さん。今日も来てたんだね」
「はい......。神谷さんも、お久しぶりです」
私は、思わずそう口にしていた。
「お久しぶり? 僕たち、前に会ったことあったっけ?」
「えっと......。幼馴染、なんです」
「えっ!?」
神谷さんは、驚いたような表情を浮かべた。
「本当に? でも、全然覚えてないや」
「私も、あまり覚えてないんです。でも、隼人が......高橋さんが、教えてくれました」
「そうなんだ。じゃあ、僕たち、本当に幼馴染だったんだね」
神谷さんは、少し考え込むようにしてから、微笑んだ。
「でも、なんで今まで、気づかなかったんだろうね」
「それは、私も同じです」
私たちは、そんな風に、少し不思議そうに笑い合った。
その後、私たちは自然な流れで話し始めた。幼馴染だった頃の話、それぞれのこれまでの話。時間が経つのを忘れるほどに。
「神谷さんは、ずっと東京にいたんですか?」
「うん。小学校を卒業してからずっと。でも、たまに故郷に帰るんだ」
「そうなんですか。私は、ずっとここにいました」
「そうだね。僕たち、ずっと一緒だったんだね」
神谷さんは、少し感慨深そうに言った。
「神谷さんの声、ずっと覚えていました。図書室で聞いた、あの優しい声」
私は、思わず本音を漏らしていた。
「えっ? 僕の声?」
「はい。幼馴染だった頃も、声がきれいだって、よく言われていましたよね」
「そうだったっけ? でも、桜井さんの声も、とても穏やかで、好きだな」
「えっ!? 私の声が......ですか?」
「うん。図書室で話しているときの声、とても心地よかったよ」
私は、思わず顔を赤らめた。
その日、私たちは閉館時間まで話し続けた。幼馴染として、そして、何かが少し変わり始めた二人として。
閉館時間が近づいてきた時、神谷さんは優しく微笑んで言った。
「また、明日も来るよ。桜井さんも、来てくれると嬉しいな」
「はい。私も......来ます」
私は、小さく微笑みながら答えた。
神谷さんが図書室を出ていく後ろ姿を見送りながら、私は心の中で思った。
(この人と、もっと話してみたい。もっと、この人のことを知りたい。そして......)
言葉にはしなかったが、私の中で何かが確実に芽生え始めていた。それは、幼馴染以上の、何か特別な感情の始まりだったのかもしれない。
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