Episode.2...Black Out.

 あの夜を境に、僕は彼女に引き寄せられるようになった。

 また同時に疑うきっかけも生まれた。

 星を食べる少女――栞。

 名前を知ったのは、二度目に出会ったときだった。


 Crack in the dawn.

 夏祭りの翌々日、僕はふたたび川沿いを歩いていた。

 あのときの光景が頭から離れず、気づけば足が勝手に同じ道を選んでいたのだ。

 けれど、そう簡単に出会えるはずがない。あの出来事そのものが幻だったのかもしれない。

 夏祭りはまだ続いている。

 どこかでボールを打つ音。

 また、こんな季節が。

 君と出会うための邂逅。

 永遠への窓口。


 そう思いながら土手の階段を下りたとき、月明かりの中に白い姿があった。

 ――そこに佇んでいたのは。

 川辺に立ち、夜空に手を伸ばす少女。

 その指先にすくい上げられた光で出来た液体と星屑。

 星の体液と少しだけの小さな星の欠片だった。

 命の断片。

 星は動き続けながら、周回軌道する。

 銀河で出来たレール。

 運動する球に命を宿し、炎を発する。

 それだけの明滅だけに生きている生命を一つ少女は掬いあげる。

 崩れないように、丁寧に。

 もうこの永遠の時で出来た川の流れが止まらないようにとでも祈っているように。

 彼女は両手を伸ばし、グラスへと注ぐ。


 僕は彼女の異様な様子に息をのんだ。けれど今度は声をかけることができた。

 「……君、名前は?」


 彼女は驚いたようにこちらを見て、そして少し困ったように笑った。

 「どうして逃げないの?」振り返る。面妖な白い顔。

 「逃げる?」

 「だって、普通の人は怖がるでしょう。こんなの、化け物にしか見えないもの」


 その声には寂しさが滲んでいた。

 星の体液と星屑の入ったグラスを丁寧に振る。

 氷にもにた鳴動。

 僕は首を横に振った。

 「怖くなんてない。むしろ……綺麗だと思った」

 彼女はなんというか、空気が触れただけで裂けてしまうくらいの嫋やかな幻想を抱いてしまう。

 危なげで儚げな人。

 心が縁の薄いガラスでできたような。

 First class at the second floor.

 彼女の目が少しだけ揺れた。

 星は浮遊している。

 彼女は僕の耳に囁いた。

 「……変わってるね、君」

 「よく言われる」


 沈黙が落ちる。鳴っているのは僕と君の胸の鼓動だけ。川のせせらぎが間を埋めた。

 グラスは傾くから、そばの抹茶カフェのテーブルにゆっくりと置いた。

 やがて彼女は小さくため息をつき、ぽつりと告げた。


 「栞。私の名前」

 「栞……」

 口にした瞬間、音の響きが胸の奥に刻み込まれるように思えた。


 彼女は夜空を見上げながら続ける。

 星は回っていた。

 流れ星は落ちていく。

 車は走り出す。

 タバコの吸い殻はゆっくりと落ちた。

 「私はね、星を食べなきゃ生きていけないの。ずっと、昔からそう」


 僕は言葉を失った。

 栞は笑おうとしたが、その笑みは儚く揺れていた。

 また、彼女は希少な害悪生物として人類と戦わないといけないのか―――。


 「星は命の糧みたいなもの。食べなければ身体が透けて、やがて消えてしまう。

 でも、食べても食べても……少しずつ存在が薄れていくの」


 「また、宇宙が闇で満ちた―――」

 「それも、食べてしまうかもしれない。ブラックホールを全て埋め尽くすだけの星の振動波が現れる年ははっきりしてる」

 「えっ」



 胸の奥に冷たいものが落ちてきた。

 栞の姿は、光に照らされているのに影のように頼りなかった。


 僕は思わず言った。

 「じゃあ、僕が君の秘密を守るよ」


 栞は目を丸くした。

 「どうして?」

 「誰かに話す理由なんてないし……それに、君が消えるなんて、考えたくないから」


 彼女はしばらく黙って僕を見つめ、それから初めて本当の笑みを浮かべた。

 夜空よりも深く、星よりも淡い光を帯びた笑みだった。


 その夜から、僕と栞は夜ごとに会うようになった。


 最初はただ、川辺に並んで座るだけだった。

 彼女は星を摘み取り、静かに口に運ぶ。僕はゆっくりと大切に口にしているその様子をそっと見つめる。

 星を食べるたび、彼女の胸の奥に淡い光が沈んでいくのを、僕は見逃さない。


 「味はするの?」と僕が訊くと、栞は少し考えてから答えた。

 「……たぶん、人でいう呼吸に近いのかな。味っていうより、ニュートラルで自然な感覚」

 「じゃあ、美味しいとか不味いとかはない?」

 「うーん……でも、食べるときだけ、心が少しだけあたたかくなる」


 そう言ったあと、彼女はふっと視線を落とす。

 「でも、同時に悲しくなるの。食べれば食べるほど、空が暗くなるから」


 僕は言葉をなくした。

 空を見上げると、確かに少しずつ星は数を減らしている気がした。

 それが彼女のせいだと分かっていても、責めることなどできなかった。

 今度はもう、僕らのいるこの星ですらも―――。

 考えた僕も、彼女も同じ道に気づく。

 やはり星の生命には代えられない代替すべき捕食すべき連鎖を生むしか―――。


 「ごめんね、私のせいで」

 彼女の声は、消え入りそうだった。

 僕は慌てて言った。

 「謝る必要なんてない! 君が生きている方が、何倍も大切だ」


 栞は驚いたように僕を見つめ、それから頬を赤くした。

 「それは、貴方の予感?」

 「君は、今生きているという感覚は大切だ。星も生きていないといけない。共存すべき連鎖を生まないといけない」

 月の光に照らされて、その横顔は夢のように美しかった。

 空に照らされた思想で出来た星の体液。



 幻想系を変えていく少女の星空はDark sky...

 星を生み出す都市の存在があると聞いた。

 星造りの職人で出来た工業都市。

 減衰した光を称えたMilky wayの周回軌道。

 ガリレオも予想しないだろう。

 コペルニクスは笑ったかもしれない。

 私とともにこの星は朽ちてしまえばいいとでも思うかもしれない。

 それは止めないといけない。

 全ては。

 彼女と僕の連鎖のためだった。

 日が経つにつれて、僕たちの関係は少しずつ変わっていった。

 守る者と生かす者。

 学校が終わると、僕は川沿いに向かった。

 そこにはいつも栞がいた。

 彼女は微笑んでいなかった。

 息をしていなかった。

 すでに水面に浮いている。

 夜の闇を背景に、彼女はまるで現実から切り取られた存在のようだった。

 けれど、話すと普通の少女だった。

 好きな季節は春だとか、雨の音は落ち着くとか、アイスクリームはチョコ派だとか。


 そんな何気ない会話が、僕を安堵させた。

 彼女も「普通の女の子」でいてくれる――そう感じられることが、救いだった。


 ある夜、栞は川面を見つめながら言った。

 「私ね、ずっとひとりだったの。誰にも知られなかったから」


 「両親とか、友達とかは?」

 「覚えてないの。気づいたら、この世界にいて、星を食べていた。

 たぶん……私は人じゃないんだと思う」


 その言葉を聞いたとき、胸の奥が締めつけられた。

 人じゃない――それはきっと真実だろう。

 でも、僕にとっては関係なかった。


 「栞は栞だよ。それでいい」


 そう言うと、彼女は目を見開き、やがて涙ぐんだ。

 「……そんなふうに言ってくれたの、初めて」


 彼女はその夜、初めて僕の名前を呼んだ。

 「透」

 その響きは、胸の奥で静かに燃える火のように広がっていった。


 それからの日々は、夢のように過ぎていった。

 僕は昼間、学校で友人たちと笑い合い、夜になると栞と会った。

 ふたつの世界を行き来するような感覚だった。


 けれど同時に、不安も募っていった。

 夜空を見上げるたび、星は確実に減っていた。

 科学者たちはニュースで「未知の天文現象」と騒ぎ始めた。

 僕はその原因を知りながら、誰にも言えなかった。


 ある晩、栞は弱々しい笑みを浮かべながら僕に言った。

 「透……私ね、いつか消えちゃうかもしれない」


 僕は反射的に彼女の手を握った。

 冷たい。まるで夜気そのものを掴んでいるようだった。


 「そんなこと、言わないで」

 「でも、そうなの。星は減っていく。私が食べているから。

 そして……食べても、だんだん満たされなくなってきてる」


 彼女は震える声で続けた。

 「透と出会えて、嬉しかった。でも、だからこそ怖い。……消えたくない」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が張り裂けそうになった。

 彼女はもう、僕にとって「ただの秘密の存在」ではなかった。

 大切で、失いたくない、たったひとりの人になっていた。


 「栞、絶対に消えさせない。僕が守る」


 口にした瞬間、それがどれほど無謀な約束かは分かっていた。

 それでも言わずにはいられなかった。


 栞は小さく微笑み、涙を拭った。

 「ありがとう、透」


 その夜、彼女は僕の肩にもたれ、目を閉じた。

 川の流れと虫の声に包まれながら、僕は初めて「永遠に続けばいい」と心から願った。

 「行こう。ステラに」

 「ステラ......工業都市のことね」

 「そう。星を生み出す工業都市。ここに行けば多分君は生きていられる」

 「楽観的ね」そう言って、彼女はカフェオレを飲んだ。

 「星を食べないのかって?」僕はそういったら、

 彼女は、「星を食べたら安心してカフェに行っても、お茶できるんだよ、知ってた?」ってあどけない表情で。

 「知らない。君は自由すぎる」

 「空を飛べるピーターパンよりかは不自由だよ」

 「星を食べるだけって言ったじゃないか」

 「知ってる?星を食べた後は、普通の女の子に戻れるの」そう言って、肩を寄せる。

 栞はキスをした。

 静寂。

 振動。

 明滅。

 胸の鼓動と共に、長い夜だった。夜闇を熱で溶かしてしまいたくなるくらいの熱気が満たされていく。草原で僕らは凸凹の河原で石を投げて遊ぶ。

 星が落ちそうなくらい、プライベートな夜だった。

 僕は腕を回して、抹茶ラテを飲んだ。

 キスの余韻だけを残して―――夜は回った。

 やはり、ステラに行こう。

 あの町がやはり彼女の命を少しつないでくれる。

 キスを少しだけ長く繋いで、そばにいられるだけの温もりを。

 称えてくれるだけの誇りは無かったけれど、誰かに頼りっぱなしで解決しているのかどうかすらもわからないまま。

 僕は行くことを決めた。

 彼女は寄り添っていた。

 自転車で彼女の何もない家に帰る夜。

 蛍が彼女の瞳をとらえた。

 「光だったらなんでも食べられれば蛍でもよかったのに」

 「それはだめ。具合が悪くなっちゃう」

 「夏バテ?」僕はジョークを言う。

 「バカ」栞は笑った。


 その夜からの出来事は、言葉にすればあっという間だったが、実際にはひとつひとつの瞬間が濃密で、僕と栞を深く結びつけていった。

 月明かりの下で手を重ねたとき、彼女の冷たい指先が震えていることに気づいた。怖さや不安だけではない、誰かに触れられることそのものに戸惑っているようだった。僕は少し強く握り返した。そのとき初めて、彼女の頬がほんのり赤くなった気がした。


 夜ごとに川辺で過ごす時間は、ただ星を食べる儀式を見るだけではなくなっていった。学校であった些細な出来事、友達との会話、部活での笑い話を栞に語る。彼女はそれを目を輝かせて聞いていた。人として当たり前の日常を知らないからこそ、一つひとつの話が宝物のように映るのだろう。

 She's like a angel face...

 時には彼女が小さな声で独り言のように呟く。「もし私が普通の女の子だったら、透と一緒にどんな未来を描けたのかな……」

 その声は切なく、でも僕の胸に真っ直ぐ突き刺さった。

 「多分今よりかはナチュラルに好きと言い合えるかもしれないし、喧嘩するかも」

 「やだ、喧嘩するだなんて......」

 Sinking in the Day's moon....

 

 アーケードのネオンが滲む中、栞は何度も立ち止まっては小さなものに目を留める。金魚すくいの残り香、焼きそばの鉄板から漂う油の匂い、閉店間際のパン屋に並ぶ最後のクロワッサン。ヘッドからあふれ出るシャワーミスト。

 彼女はそれらをひとつひとつ大切に記憶に刻むかのように見つめていた。「ねえ、透。私、こういう匂いを嗅いだの、初めてかもしれない」

 僕は笑って「じゃあ、今がずっと普通の女の子でいられた大事な日なんだよ」と言った。栞は少し驚いたように、でも嬉しそうに笑った。


 同じ頃、テレビや新聞では「夜空の星の減少」が大きなニュースとして取り上げられていた。科学者たちは未知の天体現象と報じ、人々は不安と好奇心でざわめいていた。学校でも友人たちが口々に「流星群が見えなくなった」とか「地球に何か起こっているんじゃないか」と騒いでいた。大気の伐採かと最初は悲観的だったが、空気の汚染はこの星の数に比べ、程度は小さなレベルであったため、あり得ないなどと言う噂すらも真実味を帯びてきた。

 その中心に栞の存在があると知りながら、僕はただ黙って聞いていた。遠い宇宙の中に点在する命を失う罪悪感と、それ以上の「彼女を守りたい」という思いの間で、心は揺れていた。


 そして、栞自身の独白は日ごとに深くなっていった。

 「私は人じゃないって思うの。でも……透と話してると、自分がちゃんとここにいていいんだって思える」

 夜の静けさに溶けるような声で告げるその言葉は、祈りに近かった。

 ある夜、夢の中で彼女は火星の砂漠に立っていた。無数の光が揺れ、真空が彼女を覆う中、栞は振り返り、「私は星に還るべきなのかな」と呟いた。僕は夢の中でも必死に手を伸ばした。「やがて僕らの命も、星と同じように還っていくんだよ。気にしなくていい、さあ、地球へと戻ろう―――?」


 ステラへと向かう前に栞は透とどこかに行きたいと言った。じゃあ電車に乗ってピザ作り体験に行こうと言った。

 揺れる電車の窓。

 遠ざかる街の灯り。

 陸橋の点在する街灯を見つめる栞の横顔は、どこか決意を秘めていた。揺れる車内で肩が触れ合い、彼女はそっと僕に寄りかかってきた。その重みは羽のように軽かったけれど、確かな温もりがあった。

 「透、ありがとう。多分、私の中で、私は君と生きたい」

 その言葉は、静かな夜の列車に響く鐘のように胸に残った。


 世界がどう変わろうと、星がいくつ消えようと、そのせいで地球の天候や食料の出来高が変わろうと、僕にとって大切なのは彼女だった。だから僕は誓った。ステラで、必ず栞を救う方法を見つけると。



 「本当に、ここに私、いていいのかな?」

 「都合が悪いのは、君が星の代わりに主食がピザになることだ」

 僕が言い直すと、栞は短く笑って、「バーカ」と小さく呟いて肩を小突く。


 「ねえ、これ、好き」

 「温かみ?」

 「うん。温度に輪郭がある。私、温度を食べられたらよかったのに」

 ふと、栞は躊躇いがちに僕の肩にもたれた。肩口に彼女の髪が触れる。オリーブオイルとシャンプーの匂いが混ざって、遠い夏の記憶みたいだった。

 「透。もし、私が人じゃなかったとしても、笑ってくれる?」

 「ブラックホールだったというオチよりかは人の方がいいんじゃない。多分僕にだけ優しいジョークだよ」

 彼女は目を細め、「ずるい」と言って、額を預けた。


 テレビのニュースは、星の特集を流していた。「夜空の星の減少は、都市圏で顕著です」「電力需給の逼迫に伴い、各地で夜間の節電が……」「プラネタリウムでは追悼イベントが」――言葉は次々と通り過ぎ、画面の隅に「BLACKOUT注意」というテロップが赤く点滅していた。

 学校からメッセージアプリが届く。「明日の遠足は中止」「夜間の外出は控えるように」友人のグループチャットは半分冗談、半分恐怖でざわついていた。僕は返事を書きかけて、やめた。書ける言葉が、なかった。


 真夜中、僕は目が覚めた。窓の外が、また脈打っている。栞はいない。ベッドの沈みが軽い。胸がざわつき、ドアを開けて廊下を駆ける。非常灯の緑が薄く床を染め、遠くで自動販売機が硬貨を飲み込む音がした。

 屋上に出る扉は、鍵が壊れていた。吹きさらしの空気が頬を刺す。屋上の端で、栞が欄干に手をかけ、遠い雲の光を見つめていた。

 「食べたいの?」

 僕の声に、彼女はびくりと肩を揺らした。「……少しだけ。少しでも、わたし、ここにいられるなら」

 「じゃあ、選ぼう。無茶か、待つか。僕は、待ってほしい」

 彼女は目を伏せ、長いまつ毛の影が頬に落ちる。「待つと、空は暗くなる」

 「待たなかったら、君が暗くなる」

 風が二人を横切った。沈黙の中で、僕らは長く呼吸をそろえた。やがて栞は欄干から手を離し、小さく頷いた。

 「……わかった。待つ」


 昼過ぎ、駅近くのランドマークの灯台の港の先で祭りの屋台が準備をしていた。昼の空に提灯は不釣り合いで、白い日差しに赤が褪せて見えた。栞は型抜きの紙を指でなぞり、金魚の輪郭をくり抜いた。「こういうの、むずかしい」

 「コツがあるんだよ。焦らないこと」

 「それ、私の全部に言えるね」

 笑い合ったとき、栞の頬に赤が差した。多分外部の光ではない、血の通った色だった。


 夜。港の風は強く、施設の方向で金属の重い音が響いた。雲が走り、光が走り、それから音が止んだ。街のざわめきが、ひとつずつ消えていく。ホテルの看板がふっと闇に沈み、信号が点滅をやめ、遠くの観覧車が静止した。

 「透」

 栞の声は、暗闇の底から浮かんでくるみたいだった。

 「うん」

 「世界が、止まる」

 その瞬間、都市の心音が完全に消えた。空は星を失い、地上は灯りを失い、潮の音だけが大きくなった。風の形がわかるほどの、濃い暗闇。

 僕は手探りで栞の手を探し、握った。彼女の指先が少し温かい。温光ではない、誰かの温度。

 闇の中で、彼女が囁いた。「星だ」

 次の瞬間、遠い雲の裏側で、心臓が再び打ちはじめたみたいに光が返ってきた。斑になった灯りが徐々に町を縫い合わせ、信号が瞬きを再開し、観覧車が遅い円運動を取り戻す。

 僕は笑ってしまった。安堵と興奮と、少しの恐怖がごちゃまぜになった笑いだった。栞もつられて笑い、涙を拭った。


 「ねえ、透。私、たぶん、食べ物では満たされない。でも……あなたといると、お腹じゃなくて心が満たされる」

 「じゃあ、心を満たすほうを優先しよう。お腹は、方法を探す」

 「合理的だね」

 「恋愛は、だいたい非合理だよ」

 「あたしが星を食べてしまうのはなんで?なんでよ......」

 「学校で習わなかった?星はおやつに入りませんって」

 彼女は照れて俯き、そっと僕の肩に額を寄せた。暗闇が完全には消えきらない街を背に、僕らはしばらく動かなかった。


 ――僕らの長い一日は、こうして終わった。

 けれど、終わりではない。星は減り続け、僕と栞は並んで歩き続ける。

 「明日、ステラに行こう」

 「うん。話そう。現実のやり方で」

 彼女の声は弱くない。少し掠れているけれど、確かな芯があった。

 夜風が小さく旗を鳴らし、遠くで船の汽笛が鳴った。僕らは顔を見合わせて笑い、同時に、歩き出した。

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