Episode.1...Slide the sky.
森に咲いた花は、ピンクのアジサイ。
花火大会と称してやってきた僕。
まだこの辺で食べ散らかす輩がゴミを捨てていくのだろう。
シニカルな笑いとともに、この文化を残した方が多分利益は上げられるだろう、と冷静な思考もあった。
思考のチャンネルは暑さでむせ返る湿度から来る熱気と共に湧き上がり、次第に混乱していく。
夏祭りの夜は、まだ胸の奥で余熱を灯していた。
なんだかんだあったけど、この花火は素晴らしい出来だったと思わず頷いた。何に対して素晴らしいのかが抜けている。それは多分、むせ返る熱気が全てを邪魔した。
境内を埋め尽くしていた人混みも、屋台の灯りも、もう背中のほうに遠ざかっている。
Percussion、bass、base、の音。どこかで曲を演奏していた。
僕は人いきれを離れ、川沿いを歩いていた。水面には打ち上げ花火の煙がまだ薄く漂っていて、夏草の匂いと混じりあっていた。
空のペットボトルをゴミ箱に捨て、自販機にコインを入れる。
浴衣姿の友人たちは、駅のほうへ帰っていった。
僕は理由をつけてひとりになった。――本当のところ、理由なんてなかった。ただ、人の群れから逃げたかっただけだ。
胸にまとわりついたざわめきを、夜風にさらしてしまいたかった。
さらしたまま、どこか遠くへ風が僕を攫っていってほしかった。
川辺の土手は静かだった。流れる川の水の摂動。虫の声が遠くで響く。月の光が川面を震わせている。フライフィッシングする客の行先を見ていた矢先。
そのときだった。
視界の先に、白い光が揺れた。
少女が、ひとり立っていた。
長い黒髪が夜風に揺れ、白いワンピースの裾が淡く波打っていた。
そして、彼女はそっと夜空を飛ぶ。闇空に手を伸ばしていた。
星を摘み取るように、細い指先で空をすくい取る。
嘘のように、その掌には小さな星が載っていた。
青白く、鼓動するように瞬いている。
刹那の光芒―――。
交錯する思考。
奪取したいと言う願い。
また、星が彼女の手に。
ああ、このまま僕は、彼女に視線を囚われていくのだろう。
僕は足を止め、息を呑んだ。
少女は驚いたように振り向き、目を大きく見開いた。
その目は、湖面のように澄んで、どこか遠い場所を映しているようだった。
「……見られちゃった」
小さな声でそう呟いたあと、彼女は掌の星を唇へと運んだ。
ぱくり、と。
まるで砂糖菓子を口に含むみたいに、あっけなく。
光は喉を通り、胸の奥に沈み、そして消えた。
彼女は静かに瞬きをして、淡く笑った。
「――ごめんね。これ、秘密なんだ」
僕はその瞬間に理解した。
ああ、きっともう逃げられない。
これは、僕の人生でいちばん危うい恋の始まりだ。
何かを捉え、口に頬張る彼女の妖艶な顔だけが鮮明に僕の目の挙動に捉えていた。
ああ、そして、僕は全てを悟った。
多分、彼女は僕を捕まえたいとは感じていない。
孤独にさえなろうと足掻いている。
その彼女をどうにか僕のものにしたい。
この一瞬の思考の短絡さに呆れかえった僕ですら、この思いに勝てなかった。
声をかけるかどうか、ほんの数秒の迷いだった。
夜風が川面を撫で、湿った夏草の匂いが鼻先をかすめる。音もなく佇む彼女の白いワンピースは、月の光に溶け込みそうに透き通っていた。
「……君」
僕は気づけば呼びかけていた。
少女は肩を小さく震わせ、振り返った。目が合う。あの澄んだ湖のような瞳が、僕を射抜いた。
「どうして、見てしまったの?」
低い声。怒っているのでも、困っているのでもない。ただ、怯えるように問いかけてくる。
「ごめん……でも、あんなものを見せられて黙っていられる人はいないと思う」
僕は言葉を探しながら、正直にそう返す。
彼女はしばらく僕を見つめ、それからゆるく首を振った。
「普通の人なら、目を逸らして帰ってしまうのに」
「僕は普通じゃないから」
咄嗟にそう言ってしまって、内心で苦笑した。どこが普通じゃないというのか。でも、彼女はほんの少しだけ口元を緩めた。
「……そうかもしれないね」
その笑みは刹那のものだった。すぐに消え、彼女はそっと自分の手の甲を見つめた。
僕の視線もつられてそこへ落ちる。
――皮膚が、薄く透けていた。
白い肌の内側で、月光が淡く通り抜ける。まるでガラス細工のように繊細で、壊れやすい。僕は息を呑んだ。
「さっき食べた星……あれを飲み込むと、少しずつ透明になるの」
彼女は何でもないことのように囁いた。
「透明に?」
「うん。はじめは手の先から。指先、腕……やがて身体全体が溶けていく」
言葉は淡々としていたが、その奥にかすかな怯えが混じっているのを僕は聞き逃さなかった。
「そんなふうになって……最後は、どうなるんだ?」
問いかけると、彼女は視線を落とし、夜風に黒髪をなびかせた。
「――消えるんだと思う。きっと」
胸がざわめいた。川の流れが急に音を増したように聞こえた。
彼女は星を食べる。その代償に、自分を失っていく。
僕は何をすればいい? どうすれば彼女を止められる?
「……どうして、そんなことを?」
問うと、彼女は少し間を置いてから、答えた。
「星を食べると、心が軽くなるの。全部忘れられる。寂しさも、怖さも、何もかも」
「それでも……消えてしまうんだろ」
「そう。でも、食べないともっと苦しい」
その声は、泣きそうなほどに弱かった。僕は何も返せなかった。
彼女は笑おうとしたけれど、その唇は震えていた。
――この子は、自分でも気づかぬうちに追い詰められている。
僕の胸に、守らねばという思いが強く燃えた。
「君の名前は?」
意識して声を強めると、彼女は驚いたように瞬いた。
「……教えたら、どうするの?」
「きっと忘れない。君が消えないように、名前を覚えている」
沈黙が夜を包む。虫の声すら遠ざかっていくように感じられた。
やがて、彼女は小さく息を吐いた。
「……
「水無瀬?」
「それが、私の名前」
「僕は――」名を名乗ろうとしたが、彼女がすぐに首を横に振った。
「いい。今はまだ、聞かない」
彼女は川面を見やった。その頬に、月光が透けていた。
川辺の夜はさらに静まっていた。遠くの祭りのざわめきが、かすかな残響のように聞こえてくるだけだった。僕と水無瀬は、ただ並んで立ち尽くしていた。
「……もう行かなくちゃ」
彼女が呟いた。
「どこへ?」
問いかけると、彼女はしばらく迷ってから、夜空を見上げた。
「星のところへ。呼ばれているの」
「呼ばれている?」
「星を食べるたびに、向こうから声がするの。もっと、もっとって。……断れない」
その言葉に、背筋が冷えた。
星を食べるのは彼女の意思だと思っていた。けれど違う。何か大きな力が、彼女をそこへ追いやっている。
「断れないなら、どうなる?」
「苦しくなる。胸の奥が裂けそうになって、立っていられなくなる。だから、食べるしかないの」
彼女は淡々と語ったが、その声音の奥には恐怖があった。
僕は言葉を探した。何か彼女を救える言葉を。けれど、何も見つからない。
ただひとつ、どうしても聞かずにはいられなかった。
「水無瀬……君は、本当に消えてしまいたいのか?」
少女の瞳が、月光を映して揺れた。答えはすぐには返ってこなかった。
沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「わからない。でも……消えてしまったら、楽になれるかもしれないって思うことがある」
「……」
「でも、こうして誰かに見つけられて、名前を呼ばれると……消えるのが少し怖くなる」
胸が詰まった。
それは、彼女が初めて見せた「生きたい」という気持ちの断片に思えた。
「じゃあ、また会おう」
気づけば、そう言っていた。
水無瀬は驚いたように僕を見た。
「また……?」
「君が消えたくないなら、その間くらい僕がそばにいる。ひとりで苦しむより、少しは楽になるかもしれない」
言いながら、自分でも無謀なことを言っていると思った。けれど、彼女を見ていると放っておけなかった。
水無瀬はしばらく黙っていた。夜風がふたりの間を吹き抜け、草を揺らす。やがて、彼女は小さく笑った。
「……変わってるね、君」
「よく言われる」
「でも……ありがとう」
その笑顔は儚くて、けれど確かに温かかった。
「じゃあ、次は……いつ?」
僕が尋ねると、水無瀬は夜空を仰いだ。
「星が落ちる夜。……そのとき、またここで」
そう告げると、彼女の身体が淡く光を帯び始めた。輪郭がにじみ、夜気に溶けていく。
「待って――!」思わず叫んだ。
けれど彼女は首を横に振り、微笑んだ。
「大丈夫。また会える。だから……忘れないでね」
声が消え、姿が揺らぎ、そして夜の闇に溶けた。
僕の前には、川の流れと夏草の匂いだけが残された。
足元に、ひとつの光が落ちていた。
小さな星。水無瀬が最後に残した欠片のようだった。
僕はそれをそっと拾い上げ、胸に抱いた。
――忘れない。絶対に。
夜空には、まだ無数の星が瞬いていた。
翌朝、目が覚めても、昨夜の光景が夢だったのか現実だったのか、判別がつかなかった。
祭りの喧噪も、花火の残響も、すべてが遠い幻のように思えた。
けれど、机の上に置かれた小さな光の粒が、その境界をはっきりと教えてくれた。
掌にすくい取ったあの星の欠片――まだ淡く脈打つように輝いていた。
「……やっぱり、夢じゃなかったんだ」
胸の奥がざわつく。
水無瀬が消える間際に残した言葉。「星が落ちる夜に、また」。
それは約束なのか、ただの気まぐれなのか。僕にはわからない。
けれど、信じたかった。信じなければ、あの一瞬すら揺らいでしまう気がした。
日常は、容赦なく戻ってきた。
学校の授業、友人たちとの会話、部活動の誘い。
僕はいつもの場所にいつものように存在している。
けれど、どこか心が上の空だった。
ふと窓の外の空を見上げるたびに、昨夜の彼女の姿がよみがえる。
「水無瀬……」
名前を心の中で呼ぶだけで、胸が締めつけられる。
また会えるだろうか。いや、本当にあの夜、僕は“恋”に囚われてしまったのだろうか。
その日の放課後、僕は図書室に立ち寄った。
星や伝承に関する本を手当たり次第に探す。
「星を食べる」なんて行為を記したものはないか――そう思ったからだ。
だが、見つかるのは天体観測の入門書や、神話の断片ばかりだった。
ギリシャ神話では星を神の涙と呼ぶ、とか。中国の伝説では星は人の魂の行き先だとか。
読み進めても、水無瀬に繋がる答えはどこにもなかった。
むしろ本をめくるほどに、彼女の存在はこの世界の“外側”にあるもののように感じられた。
――やっぱり、普通じゃないんだ。
数日が過ぎた。
星の欠片は、まだ光を放っていた。けれど少しずつ弱まっている気がした。
もしかすると、これは彼女の命の一部なのかもしれない。
そう思うと、迂闊に手放すことができなかった。
夜、欠片を枕元に置きながら考える。
もし彼女が本当に消えてしまったら、僕は何を失うのだろう。
まだ数度しか言葉を交わしていない相手。それなのに、もう彼女がいなくなることを想像するだけで胸が痛んだ。
――僕は、もう戻れないんだな。
夏が深まるにつれ、空の様子が変わっていった。
流星群が近づいていると、天文部の掲示板に貼り出されていた。
「星が落ちる夜」。
その文字に、心臓が跳ねた。
あのときの彼女の言葉。
「星が落ちる夜に、またここで」
きっとその夜が来る。
胸の奥で小さな光が再び灯るのを感じながら、僕は指で欠片を握りしめた。
そして約束の日は近づいていった。
彼女に再び会えるという期待と、再会したとき彼女がどれだけ透けてしまっているのかという不安とが、ないまぜになっていた。
「もし……本当に消えてしまうのだとしたら」
僕は声にならない声で呟いた。
――その前に、どうしても伝えたいことがある。
夜風が窓を揺らす。
光を失いかけた欠片は、かすかに脈打ちながら、まるで僕の決意に応えるかのように瞬いた。
約束の夜がやってきた。
街の明かりを離れ、川沿いの土手へと足を運ぶ。
空は透きとおるように澄み、頭上には幾千の星々が瞬いていた。
――あの夜と同じ場所。
胸が高鳴る。
祭りの喧騒も花火の残響もなく、ただ虫の声と川のせせらぎが耳を満たしていた。
僕は手の中の星の欠片を見下ろした。
淡い光はまだ生きている。これが彼女に繋がる唯一の道標。
やがて、夜空を横切るように一本の光が流れた。
流星群が始まったのだ。
星が尾を引き、いくつもいくつも夜を裂いていく。
そのときだった。
川面を越えて、ふわりと白い影が立ち現れた。
「……来てくれたんだ」
息を呑む。
そこに立っていたのは、間違いなく彼女――水無瀬だった。
けれど、あのときよりも透きとおっていた。
黒髪は夜風に揺れながらも、向こう側の星が透けて見えるほどだ。
腕や肩の輪郭も淡くほどけ、まるで彼女自身が夜空の一部になりかけているようだった。
「水無瀬……どうして……」
言葉が震えた。
彼女は静かに微笑んだ。
「これが、代償なの。星を食べれば食べるほど、私の“形”は失われていく」
声は澄んでいたが、その響きに微かな悲哀が混じっていた。
「でも、仕方ないんだ。そうしなければ、人々は夢を見られないから」
彼女は空に手を伸ばし、再び星をすくった。
掌に灯った光は淡く瞬き、彼女の胸の中へと吸い込まれていく。
その瞬間、さらに彼女の輪郭が薄れてしまった。
僕は思わず叫んだ。
「やめろよ! そんなことしたら、君が……!」
彼女は首を振った。
「夢は、生きている人たちを支えるもの。誰かが夜に希望を見て、明日に進めるのなら……私はそれでいい」
淡々と告げるその瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。
けれど僕には、その言葉がただの自己犠牲にしか思えなかった。
「君が消えていいはずがない!」
気づけば、僕は彼女に駆け寄っていた。
掴もうとした腕は、霧のようにすり抜けてしまう。
手のひらには冷たい夜気しか残らなかった。
それでも、彼女の瞳は僕を真っ直ぐに捉えていた。
「……君は優しいね」
かすかな微笑みとともに。
そのとき、僕は悟った。
ただ見ているだけでは、彼女は本当に消えてしまう。
このままでは、夜空の向こうに溶けてしまう。
「なら……どうすればいいんだ」
僕は声を押し殺すように問いかけた。
「どうすれば、君を救えるんだ」
彼女は少し目を伏せ、夜空を仰いだ。
いくつもの流星がその背後を横切る。
「わからない。私にも、答えはないの。ただ……」
彼女はそっと僕の手に、自分の透けかけた指先を重ねた。
触れたのか、触れなかったのか。
けれど、温もりのようなものが確かに伝わった。
「――ただ、最後に残る夢は。あなたと過ごす夢であってほしい」
夜風が吹き抜ける。
星がいっせいに流れ、夜空が涙のように光で満ちた。
僕は握りしめた星の欠片を見た。
淡い光はまだ残っている。
――これがきっと、鍵になる。
そう信じた。
彼女を救うために、まだできることがあるはずだ。
「絶対に……見つけてみせる。君が消えない方法を」
誓いのように呟く僕に、彼女は驚いたように目を見開いた。
そして、儚げな笑みを浮かべた。
「ありがとう……でも、それはきっと、とても難しいよ」
「それでも構わない」
声が震えた。
「君がいなくなるなんて、考えられないから」
その言葉に、彼女は少しだけ涙ぐみ、夜空を見上げた。
流星群の光が、彼女の輪郭を一層淡く照らしていた。
流星群の光は、夜空を覆い尽くすほどに降り注いでいた。
川面に映る光の粒が、まるで地上にこぼれ落ちた星のように瞬いている。
その輝きの中で、彼女――水無瀬の輪郭はさらに淡く揺れていた。
肩から腕にかけての存在は、まるで霧のように透き通り、川の向こう側の灯りが透けて見える。
彼女自身が星の光と混じり、空へ還っていこうとしているかのようだった。
「やっぱり……もう、長くはもたないんだ」
彼女はかすかに笑いながら呟いた。
その声は確かに届いているのに、どこか遠くの響きのように脆かった。
「やめろ……そんなこと言うな」
僕は必死に声を張り上げる。
「君はここにいる。こうして、僕の前に」
「そうだね……今はまだ」
彼女は目を伏せ、星屑のような涙を滲ませた。
「でも、夢を食べ続ければ、いずれ完全に透明になる。それが私の運命だから」
僕は首を振った。
「運命なんて言葉で片づけるな。……君を救う方法を、必ず見つける」
彼女は驚いたように目を上げた。
淡く光る瞳が、まっすぐに僕を映す。
そして、微笑んだ。
「……そんなふうに言ってくれたの、初めてだよ」
ふと、流星がひときわ大きく夜空を裂いた。
尾を引く光がふたりを照らし、彼女の身体は一瞬、強く輝いた。
だがその輝きの後、彼女の輪郭はさらに淡くなった。
足元から透けていき、膝、腰、胸元へと――存在が少しずつ失われていく。
僕は思わず駆け寄り、手を伸ばした。
「行くな!」
けれど、掴もうとした腕はまたも霧のように消え、夜気をすり抜けた。
虚空を抱きしめることしかできない。
心臓を握り潰されるような焦燥が胸を満たした。
「……怖いよ」
かすかな声が聞こえた。
彼女が初めて、自分の弱さを吐き出した瞬間だった。
「本当はね、私だって消えたくない。誰かと繋がっていたい。……あなたと」
涙が頬を伝う。
それは光の粒となって宙にほどけ、星のきらめきに溶けていった。
僕は強く言葉を吐き出した。
「だったら……諦めるな! 君が望むなら、僕が必ず方法を見つける!」
声が震えていた。けれど、それが僕にできる唯一の抵抗だった。
やがて、夜空を覆っていた流星群の光は少しずつ数を減らしていった。
星々の尾が途切れ、空は深い闇へと戻っていく。
彼女もまた、淡く溶けていくように光を失っていった。
残されたのは、僕の手の中にある小さな星の欠片だけ。
「また……会える?」
かろうじて聞き取れるほどの声で、彼女が問う。
僕は頷いた。
「絶対に。また会える。いや、会うんだ。僕が必ず君を引き戻す」
その言葉に、彼女は最後の微笑みを残した。
そして、光の粒となって夜空に溶けていった。
静寂が訪れた。
川のせせらぎと虫の声だけが戻り、先ほどまでの出来事が夢だったかのように思える。
けれど、僕の手のひらには確かに星の欠片が残っている。
淡く脈打つように光りながら。
それは、彼女が確かに存在した証であり、約束の証でもあった。
僕は夜空を仰いだ。
まだ無数の星々が瞬いている。
そのひとつひとつに、彼女の気配を感じた。
――必ず見つけ出す。
そう誓いながら、僕は夜の静寂に立ち尽くしていた。
知っているだろうか―――?
意思は、現実を引き寄せるかもしれないということを。
手段は、分からなくても構わない。
理系と一緒で、ゴルフと一緒だ。
目標が定まれば、コースは無限にあるかもしれない。
しかしゴールは一つきりしかない。
彼女は自然科学的な法則から反している以上、命題の逆を考えれば複数個ゴールがある可能性があるのだ。
期待できるだけの切り札がある。
キャストするのは、役をそろえるためだけ。
やってみるしかない。
栞の命の代償に代わるだけの代物はなんだ?
きっと流れ星に祈ってしまえば彼女が全て食べてしまうだろう。
多分、人工的に星を創るための惑星科学の研究職にでも就くしか無難で安全な方法はないかもしれない。
星を量産できる方法は現状、原子を核融合する手法と似ているだろう。
きっとシンプルに解決できるはずだ。
ただ、彼女が生きられる保証はどこにもない点だけが心残りだが。
スタート地点は分かっていた。
ゴールへとチップインするためには、多くの人間の協力を必要とするだろう。
多分僕の命の残りすらも必要かもしれない。
助けてくれるだろうか―――?
コインをコンビニの受付に渡した。
代わりに受け取ったのは、少しばかりのホットサンドとコーヒー。
僕の命は、食べていて小康である限り、彼女を助ける方法を考えることはできる。
しかし、僕だって死が訪れる。
今の彼女と付き合うことは、代わりに彼女の一生をすべて背負うだけのお荷物を背負う形になる。
自分の命すらも守れないのに、彼女の命を守ることにいったい何の価値があるだろうか?
僕の命題は解決できそうもない。
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