第2話:テレビ討論会
柱にボルト留めされた画面が討論番組を流していた。
黄色いテロップ。重たい音楽。
テロップ帯が走る——
「たこ焼きは禁じるべきか? 80件・8人死亡——同意書は合法に」
スタジオには、科学者とSFS代表と肩幅シェフ、そしてヤキズミ首相。
「生粋のたこ焼き好きとして」出演を受けた、という触れ込みだ。
――先生、と司会が科学者に向く。今、分かっていることは?
科学者は世界が落ちないように、というふうに両手を机に置いた。
――調理済みの触手片が“反射”を示す例があります。
死後硬直の収縮は前から知られていますが、ここには単なる反射では説明できない“動きの並び”がある。
そして、ある三条件が重なったときに頻発します。
たこ焼きの中心で内部温度が約70℃。
生地がわずかにアルカリ性。
球型の型の中での回転が層を組織化する。
手短に呼ぶなら——タコ焼きトリゴン(T³/ティー・キューブ、たこ焼き三条件)です。
――要するに、T³がそろわないかぎり、目覚めはない。
――悪魔のレシピみたいな言い方ですね、と司会が冗談を飛ばす。
――否定はしません。
“中心の熱”“アルカリ”“円運動”。どれも平凡。でも一緒になると……有効です。
SFS代表が身を乗り出す。両手を組む、祈りを聞かせるみたいに。
――立場はシンプルです。現象が完全に解明されるまで、モラトリアムを。
店は支援します。同意書は第一歩です。
でも大事なのは市民。T³をやめれば、死人は出ません。
リスクを取る理由は?
牛みたいな肩を持つシェフが息を吸う。
今夜は豪快な笑いの代わりに、礼儀正しい怒り。
――八つの悲劇で料理を禁じはしない。――天国で安らげ、八人。誓って見守る。
この国で君らをすでに殺しているもの、ちゃんと見よう。
ここは俺たちの“路上”だ。
たこ焼きを禁じたら、次は焼き鳥が固いとか、明日はラーメンが熱すぎるとか言い出す。
そのうち全部ストローつきの袋でしか語れなくなる。
――政治は迷っています、と司会が続ける。禁じるべきか?
議会は同意書を合法化した。でも一部は全面禁止を押している。
首相、あなたの立場は?
ヤキズミ・ハチローの顔が大写しに。
優しい照明。
笑った。多すぎず、少なすぎず。祖父みたいなえくぼを思い出させる、あの笑い方。
首相の笑みは動かない。
――私は、パニックを拒みます。
ほかの手があるのに、全国一律の禁止を押しつけるのは拒む。
標識、情報、同意書——今は制度化済み——、応急手当の訓練……。
そして簡単に言います。私は、たこ焼きが好きです。
スタジオに、縁を叩く小さな波みたいな失笑が走る。
――それは論拠になりません、首相、と科学者。丁寧だけど切っ先は鋭い。
――論拠じゃない。告白です、と首相。
他人の腹の空き具合から生まれる法律は、疑ってかかる。
助ける。見守る。でも、禁じない。
屋台のテレビでこの場面を見ていた人たちは、鉄板の音量を少しだけ下げた。
サインの手は早まる。
テレビがまた新しい手順を推す前に、終わらせたい、みたいに。
そして街のどこかで、こんがりした皮の下では、
まだ何かが動いていた。
挿絵:X(旧Twitter)@CurlyWandering
「首相はたこ焼きが大好きだが、影で危険がうごめく…」 続きは明日20時に!
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