あの日のチケット

@yosshiai

あの日のチケット

「どうしたの? 引かないの?」

彼女は言う。僕たちは今、ガチャガチャの前にいる。五択の中からホゲータを当てなければ、今日は終電で帰るらしい。運命のルーレットである。

そもそも、カプセル楽局がこんなところにあるのが悪い。なんとなく帰らない流れだったのに、こんなところに敷居が低くて静かなだけのパチンコをみつけたせいで、彼女がよくないギャンブルを始めてしまった。外したら、ほんとうに帰ることになってしまう。そういう人なのだ。どんなにくだらない約束でも守る、そんな丁寧な人づきあいが好きだった。まさか、こんな形で裏目に出るとは。僕の後ろでは、悪魔のように微笑む彼女が佇んでいる。


僕は、意を決して三百円を入れ、ハンドルを回した。

確かな手応えと共に、カプセルが落ちてきた。恐る恐る手に取ると、それは水色だった。ミブリムだ。

「ふーん。なかなかかわいいじゃん」

上から目線で、ミブリムを褒める彼女。五択の中で、彼女が最も好きじゃなさそうなタイプを引いてしまった。

「じゃあ私のターンね」

完全に僕が一回引いて終わる流れだったはずなのに、何故か彼女もお金を入れて、ハンドルを回し始めた。

くぼみの奥に手を突っ込み、カプセルを取り出す。青色だ。それは、クワッスだった。

「かわいいね」

「うん、かわいい」

その場を動かずに、クワッスを褒め合った。ミブリムよりは好みに近そうだけど、狙いのホゲータに一番勝てそうなのが出てきてしまった。

しばらく無言の時間が続いた。雰囲気的に、これ以上ルールの拡大解釈は出来ないと悟ったのだろう。今日の帰宅が、確定してしまった。

彼女は口元を歪め、悔しさを滲ませる。それが答えじゃん、と思った。帰りたくないなら最初からやらなければいいのに、余計なスリルを付け足す。でも、そういうところも好きだ。だから、彼女の遊び心に巻き込まれるのは面倒だけど、心の底から嫌がりきっているわけではない。僕が散々嫌がりながらも、結局はそのギャンブルに付き合ってしまうことすら、彼女はきっともう承知の上で、そのチャンスが巡ってきたらいつも、ニタリと獲物をみつけた肉食獣のような顔を浮かべるのだ。


結局、それぞれが引き当てたミブリムとクワッスを持ち、少しだけ駅の周りを散歩してから、終電で帰宅した。

どっちにしろ良かったよね、という道に逃げず、ちゃんと当たりと外れの選択肢を全うするところに、彼女の遊びへの心意気を感じる。

いつもカプセル専用のゴミ箱は利用せず、ちゃんとカプセルごと持ち帰っているから、きっと彼女は、クワッスを開けた後のカプセルも取っておくはずだ。僕の部屋にもまた、ミブリムと、ミブリムがいたはずの水色のカプセルがやってきた。

彼女といると、こんな風に、なんでもないガラクタのような思い出の欠片が部屋に増えていく。


『本棚の上、いっぱいになっちゃった。今度新しいの買いに行こ』

さっき送られてきたばかりのラインを見返す。とうとう、思い出専用の棚でも作るのだろうか。


カプセルをしまうために、机の引き出しを開けながら、つくづく変わった人だな、と思う。キッズ携帯時代から歴代全部の携帯を取っておいているらしいし、もう着られない服を紙袋に入れて、普通人生ゲームとかを入れるクローゼットの上の棚に詰め込んでいるみたいだし、乗っている自転車もボロボロだ。

せめて、引き出し一つに収まる量にすれば良いのに、と思いながら、自分の引き出しを開けると、開けた勢いで、中に押し込んでいたチケットやレシートが、助走をつけて反射板を踏み込んだみたいに飛び出してきて、自分の手を跳び箱のように飛び越えていった。ひらりと舞って床に落ちたしながわ水族館の入場チケットは、着地に成功してY字のポーズを取っている体操選手みたいに屹立している。

自分の引き出しも、いつの間にか残りのスペースがなくなってきていたことを、今、はっきりと思い知らされた。


僕は、元カノの連絡先はもちろん、やり取りの履歴まで隈なく消すし、思い出の品も全部捨てる主義だから、ちょっと前まで引き出しの中身はスカスカだったけど、彼女と出会ってから、今までではありえないペースで、引き出しが埋まってきている。


考えてみれば、彼女は会計の時、いつも一旦僕に全部出させてから、レシートを二枚もらって、あとでペイペイね、と言いながら片方を渡してくる。そりゃあ増えるわけだ。ガチャガチャのカプセルも、これが一つ目ではない。

何かを見て、別の何かを思い出すきっかけが、少しずつ増えていく。もしかしたら、彼女は、彼女自身のためだけにガチャガチャを引いているわけではないのかもしれない。考えすぎだろうけど、もうすぐ閉まらなくなりそうな引き出しを前に、ふとそんなことを思った。

今度、一緒にニトリへ行くだろうし、ついでに自分用の棚も買ってしまおうか。



落ちてしまったチケットを拾いながら、この前見た彼女の本棚の上に、同じものが飾られていたのを思い出した。

――一緒に住んだら、狭くなりそうだな。

流石に引き出しの中身までは見ていないけど、きっと今の自分と同じようなことになっているのだろう。

何年か経って、その引き出しの奥の奥の方に、今日のカプセルが眠っていたとして、それをみつけて、ふと今日のことを思い出せたら、その時どんな気持ちになっているのだろう。今でいうポッチャマ的な立ち位置になったクワッスを見て、今より数が少ないであろうホゲータのガチャガチャを探しに行きたくなったら、今と変わらず、何かの帰り道にいきなりにゲームを始めてくれるだろうか。


ニトリに行く日の帰り道、たまには僕から、オレンジジュースの専用自販機的なやつをみつけるまで帰れないゲームとかを、始めてみてもいいかもしれない。ジュースだからカプセルはないけど、備え付けのカップがあるはずだ。

もうカップ一つ分も入らなそうな引き出しを閉じて、彼女にラインを返した。


『ついでに、食器とかも見ようよ』

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