第6話 清も黒も画数は一緒

 今更だが向かいにはクラスでも人気な美少女がいて、今まで友達のいなかった俺にとっては気まずくなるなというのが無理な話だった。赤城の裏の顔を見て忘れていたが、やはりそれは俺の家にいても美人であることは変わりなく見れば見る程緊張していく。

 俺の人生で女の子と正面で話していたことなんてあったかどかすら怪しかったが、一人だけ仲の良かった幼馴染だけは何とか記憶の片隅に残っていた。今となっては昔の話だが。

 しかし静寂とはならなかった。なぜなら赤城が何気ない会話をどんどんと振ってきたからだ。さすが陽キャであり、こんな俺とでも話を広げられるコミュ力を堂々と見せつけられた気がした。


「さて、そろそろ行きましょ」

「お、おう」


 気づけば家を出る時間になっていた。玄関を出れば外に出たもの全員に太陽が挨拶をしている。それほど空は澄んだように明るい晴れ空で、遮るものがなければどこでも誰にでも平等に光が降り注いでいたが、陰キャの俺には何とも眩しい光だった。

 上も見ても隣を見ても眩しく厄介な存在がいる。

 赤城はコツコツとローファーを足に馴染ませていた。


「で? 学校ではどうするんだ?」

「どうって?」


 家を出ると赤城はぴったりと俺の隣にくっついて歩いた。短い髪が歩くたびに揺れ、スカートも風を切る度ふわりと揺れる。俺よりも少し低い身長が歩幅を合わして健気に着いてくる様子は、餌を強請る野良猫を思い出させた。


「振り、だよ。どこまで本気でやるかとか決めておいた方がやりやすいだろ?」


 俺が急なアドリブに対応なんてできないからな。ここで小さな作戦会議でもしておけばトラブルがあった時にでも対応できる。ないことを祈るばかりだが。


「そうね~……別になくてもいいんじゃない? あ、別に一人の仲いい友達には言ってもいいわよ。それでも、基本は他言無用でお願いね! 私は誰にも言わないけど」

「そうですか」


 聞いた俺がバカだった。こいつら陽キャは自尊心が高いから俺みたいにネガティブなことは考えないよな。ちなみに言う友達なんてもちろん俺にはいない。


「でもお前も仲のいい奴くらいには言っとけよ。そっちの方が話早いだろ。それにいざという時助けてもらえるし」

「いいの。どうせ気遣わせちゃうし。それにみんな嘘つけないからすぐにばれるもん」


 他にも自然体でいれる環境があれば少しは楽になるのかもしれない、という気遣いも含んで言ったつもりなのだが、こいつがいつも通り清楚モードだとするならそれは杞憂だったのかもしれない。

 ていうか、こいついっつもキャラ作ってることになるのか? こいつの裏の顔を知ってる人は何人いるのか。


「なあ、お前の素を出せる人間って、どれくらいいんの?」

「素? なにが? ずっと素よ」

「あ、そう」


 なにそれ、自覚してないのかこいつ。だとしたら余計に質が悪い。もしかしたら学校でも度々ブラックモードになってるのかもな。


「まあ、お前がいいならいいけど」

「ねえ、さっきから思ったんだけど、私のことはちゃんと名前で呼んで」


 バレないと思っていたがやはり敏感だった。


「わかったよ赤城」

「違う下の名前」

「はあ? 別にいいだろ名字でも」

「恋人なら下の名前で呼ぶのが普通でしょ? それにもしもの時呼べなかったらどうするのよ!」


 んなこと言われても。いちいちめんどくさいやつ。


「わかった、瑠璃。これでいいか?」

「うん!」


 なんだよこいつ。振りじゃねぇのかよ。

 辺りにまだ同じような学生はいないし、当然知ってるからブラックモードなんだろうけど、それならここまでやる意味なんてあるんだろうか。そもそもブラックモードってなんだよ。もう俺もおかしくなってきた。

 また肩を寄せて歩いてくる。歩幅を合わせ、呼吸も合わせ、何もかも俺に寄せてくる。仄かに香る髪の匂いと、合わせられた歩幅に調子が狂う。いつも音楽で満たされる俺の通学路が、今日はコツコツと子気味良く鳴るローファーの足音が隣で鳴っていた。しばらく歩くと信号待ちに同じ制服を着た生徒が見えた。

 赤城は俺の手を握る。柔らかく細い手を。


「ちょ、バカ! 何してんだよ!」

「こうやってしないと怪しまれるでしょ? ほら一人もそんな離れないでよ」

「別にそんなことしなくても俺とお前、瑠璃が歩いてたら勝手に勘ぐってくれるって」


 それほどめでたいんだよ高校生なんて。誰かと誰かが一緒に歩いてるだけで怪しむくらいなんだし。川又が良い例だろ。いやあれは悪い例か。

 それでも赤城は逆に握る手を強くした。力を込めすぎて震えてるんじゃないかというほど。


「いいから。一人が嫌がってるとこ見られると私がクラスで目立たない陰キャを無理やり学校に連れて行ってるように見えるじゃない」


 バカにしているようで案外的を得ていた。でもやっぱりバカにはしている。

 だけど我慢だ。仕方ないんだ、これは妹の頼みだ。そう言い聞かせ俺は赤城の手を握って信号待ちの連中を追い越す。

 赤城の企み通りだった。追い越した生徒たちは後ろで何やらひそひそと話し込んでいる。それが俺たちの事であるのはきっと自意識過剰ではない。「あれ、赤城さんじゃない?」とか、「彼氏いたの?」って声も俺には聞こえた。


「やっぱお前すごいな」

「当然よ。あと瑠璃、ね」

「はいはい」

「もうっ?!」


 しかし殺意を向けてくる筋違い野郎もいたし、「隣の人、誰あれ?」って言ったやつもいてこの先の学生生活を有意義に送れる気がしなかった。

 正門では相も変わらず生徒会が律儀に挨拶運動をしていた。

 他の学生が俺たちに一瞥くれては話し込む中、あいつらだけは朴念仁のように挨拶しては他の生徒にまた挨拶するという流れ作業。いつも通り俺は会釈だけして去ろうとするが。


「おはようございます!」


 隣で大きな挨拶をするバカがいた。うん、よくできましたじゃないんだよ。ほら、注目集めるし。それともいつもこんなことやってるのか、こいつは。

 隣を見るとすでにブラックモードの顔ではなく清楚モードだった。

 靴箱で靴を履き替え、渡り廊下を歩いていく。さすがに見知った顔ともすれ違う。みんな二度見をしていた。そりゃあそうだろ、クラスの人気者とクラスにいたかどうかも怪しい奴が手繋いで登校してきたんだ、普通は目を疑うよな。俺も未だに信じられない。それでも隣で「あ~あ、今日は早起きしたからさすがにちょっと眠いね」なんて笑う赤城の手が本物であることはもう疑うまい事実だった。見られた以上どんな言い訳もできなくなった。

 そろそろ俺も腹をくくった。ここまで来たらとことん貫き通す。この嘘の関係を。


「あ?! 一人くん、私職員室呼ばれてたんだった。さき教室行ってて。じゃまたあとで、昼は一緒に食べようね」

「お、おおう」


 そう言って走って行ってしまう。

 二重人格かあいつは。

 さて、と。俺もじゃあ言い訳でも考えるか。すでに質問されることはわかっていた。ていうか手遅れだった。すでに数人の生徒に囲まれていた。

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