第27話
依子の部屋を出て、奏は凛と共に凛の部屋に来ていた。
と言うのも、気を抜けばイチャイチャし始める二人に、いい加減にしろと追い出されたのだ。
凛の部屋は元々客間だ。この家には客間が何部屋もある。彼の向の部屋が母百合子の部屋になっていた。
室内はベッドと机、そして中途半端に荷ほどきされたキャリーバッグとスポーツバッグだけ。
何時まで此処に居れるかは、百合子が今後どうするかによる。
それを考えると、奏は寂しさに胸が締め付けられ、初めて体験する感情に戸惑ってしまう。
昨日会ったばかりの凛に対し、此処まで感情を揺さぶられるとは思いもしなかった。
『波長が合う』だけではないような気がして、用意していたお茶に手を伸ばしながら考える。
凛の全てが好ましいと感じる。性格も考え方もわからない。だけど、本能的に感じるのだ。
『彼は、運命だ』と・・・
え?『運命』?それって、何?直感で浮かんだ言葉だけど、イマイチ、わからない・・・・
自分の中で浮かんだ言葉だけれど、すっきりしない。そんなことを考えながら、ちらりと凛を見ればバッチリ目があった。
彼はじっと奏を見ていたようだった。
「凛?」
何も言わず奏の手からカップを取り上げ、二人の間に置いてあった茶器が載っている小さなテーブルと共に脇によせられる。
そして奏の手を取ると真剣な眼差しでじっと見つめてきた。
何事かと首を傾げる奏に、凛が口を開いた。
「奏、抱きしめてもいいか?」と・・・・
色気も甘さもない、真剣な顔をして聞いてくる凛の勢いに押され、反射的に頷いてしまった奏。
ホッとした様に表情を緩める凛の微笑みに、奏の胸がキュンと締め付けられる。
これが俗に良く言う、胸キュンなのか?
奏も普通の女子と同じく、恋愛小説なんかも読んでいる。
だが、体験するのは初めて。なんせ、恋愛としての意味で人を恋しいと思った事がないのだから。
そんな事を思っていると、急に視界が暗くなった。
温かな腕を体に回され、初めて抱きしめられたのだと理解した。
鼻先をくすぐる仄かな香りはとても心地よく感じ、凛からなのだと気付く。
あぁ・・・いい香りだわ・・・
そして、グッと寄せられた胸から聞こえるのは、徒ならぬ速さの心音。
ドキドキしているのは自分だけでは無い事が分かり、ホッと力が抜けた。
今まで、父や母、そして依子に抱きしめられたことは何度もある。数少ない友人にも。
だが凛に抱きしめられるのと、全然違う事に初めて気がついた。
家族に抱きしめられると安心する。
凛に抱きしめられると、安心するけどドキドキして落ち着かなくなる。
不思議だ・・・と、思っていると頭の上からポツリと「不思議だ・・・」と凛。
「こうして人と触れ合って、ドキドキするのに安心するなんて・・・・」
自分と同じだわ・・・奏は思わず凛を見上げた。
「これまで、色んな奴らに抱き着かれた事はあるけど、やはり違うんだな」
「え!?それって痴女とかそんな感じ?」
驚いて離れれば、凛は困った様に笑う。
「まぁ、そんな感じ」
「なら、今感じているものと同じだと困るわ」
「・・・そうだな」
「あたりまえでしょ。こうして同意して抱きしめるのと、見知らぬ人に許可なく抱きつかれるのとじゃ、全く違うわよ」
奏は初めて凛と会ったときの状況を思い出した。
あんなことが、しょっちゅうあったら・・・・人と触れ合いたいなんて思うわけないよね・・・・
「うん・・・これまで自分の意思で抱きしめたいと思った事が無いから、驚いてる」
「じゃあ、抱きしめてみてどんな感じ?・・・・凄いドキドキしてるよね」
「心臓が張り裂けそうなくらい・・・奏は?ドキドキしてくれてる?」
「してる。同じく心臓が張り裂けそうよ」
そう言いながら、凛の首元に顔を寄せ大きく息を吸い込んだ。
あぁ・・・やっぱり凛の匂い・・・落ち着くわ・・・
凛の側にいると、仄かに香るその匂い。初めはコロンだとか柔軟剤だとか、そう思っていた。
こうして凛に抱き寄せられ、これは凛から香るものだと確信した。
あぁ・・・もっと触れ合っていたい・・・・
うっとりとしながらその首元にスリスリと頬を寄せれば、焦った様に身体を離された。
「凛?」
キョトンとする奏を凛は顔を真っ赤にし、恨めしそうに睨み付けた。
「奏、これ以上は、まずい!」
「まずい?何が?」
「うぅ・・・つまり、その・・・俺も、男で・・・」
「うん、凛は男よね。それで?」
ずいっと顔を近づけてくる奏に「わざとなのか!?」と彼女の顔を見れば至極真面目な表情で、鈍感極まりない奏を恨めしそうな顔で凛は睨み付けた。
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