第26話

「奏、月曜からの登校は、凛くんと一緒に行ってもらう事になったから」

「え?凛と?何で?」

不思議そうに凛を見れば「護衛だ」と一言。

「依子さんから色々聞いた。それを踏まえて、俺の父が言った事がとても気になる」

途端に奏の表情が曇った。

「私の事、聞いたの?」

「聞いた。遠野家の事も」

奏は驚いたように依子を見た。

「凛くんとは長い付き合いになる。秘密にしたままでは、色々支障が出ると判断したんだ」

勿論、神威や吉祥の了解も得ている。

だが奏の表情は晴れない。そんな彼女の様子に凛が首を傾げた。

「奏?」

「凛は・・・聞いてどう思った?気持ち悪くない?」

「驚きはしたけど、全然思わなかったよ。何で気持ち悪いの?」

「だって・・・」

言葉を詰まらせる奏に、凛はちょっと考える様に言った。

「奏より俺の方が普通、気持ち悪いって思うだろ?悪魔が憑いているんだから」

「そんな事無いよ。悪魔は初めてだけど、色んなの憑けてる人いっぱいいるもの。でも、私は人の寿命を操れちゃうんだよ?」

「うん、凄いよね。だからこそ心配なんだ。俺は依子さん達に助けてもらってばかりで、何もできないと思っていたけど・・・・」


昨晩の彼等の力をみて、自分は何て無力なのだろうと痛感した。

でも、対人間であれば自分でも対抗できると思っている。


「目に見えないモノからは守れないけど、実態のあるモノからは守れる。だから、俺といてよ」

繋いでいた手を持ち上げ、両手で包み込んだ。


自分の手をまるっと包み込む凛の手に、男の人なんだな・・・と、今気づいたように目を丸くした。

その視線を凛に向けると、改めて彼の容姿の良さに息を飲む。


正直な所、昨日も顔はちゃんと見ていたが、特殊な出会いだった為、容姿を明確には認識していなかった。

だが今、目の前にある顔は昨日認識していたものとは全く違い、色鮮やかに輝いている。

猫目の様に少しつりあがった瞳の色はブルーグレー。形の良い眉は、今は不安そうに下げている。

すっと通った鼻筋、薄めの唇。肌の色は健康的で、体つきも見た目に反してかなり鍛えられているのが分かる。

均整のとれた体格は、まるでモデルか芸能人と言われてもおかしくないほどで、不安そうな表情をしていてもとても絵になっていた。

悪魔が憑いていなくても、女性達は彼に落ちるだろう。そう考えると、胸の奥にもやっとした感情が生まれた。


「凛って、ものすごくモテるでしょ?」


するりと出た言葉に奏はハッとした様に口を閉じた。

「アスモデウスの所為だと思うけど、モテるというより襲われていた、かな?」

「襲われて・・・でも、純粋に凛の事、想っていた人も沢山いたんじゃない?こんなにかっこいいし・・・・」

「それはどうかな。そうだったとしても、俺にとっては迷惑以外のなにものでもなかったし、常に貞操の危機にさらされていたって事だったから、嬉しくないね」

ちょっと不機嫌そうにする凛に、奏は焦った様に謝罪する。

「ごめん!・・・・嫌なこと思い起こさせて・・・なんか、気になって・・・」

「いや、他人に言われるのは不快だけど、奏に言われると、すごく嬉しい。自分でも驚くくらい」

そう言いながら、ほんのり頬を染める凛は目に毒なほど色っぽい。


うわっ!なにコレ!こんなにかっこよかったの!?


心臓バクバクするのを隠すように、スイッと視線を逸らしつつ「ううん、私が無神経だった」と何とか返す。


「まぁ、人そのものが苦手だったけど中でも女性が嫌でね。だから男子校に進学したんだ」

「そっか・・・波長の事もあるけど、私は大丈夫?これまで散々触りまくって・・・今更だけど・・・」

「奏とはもっと触れ合っていたい。奏が大切だと思う気持ちは、波長だけじゃないと思う。昨日ずっと側に居てくれて、俺を励ましてくれて本当に心強かった」

余りにもストレートな言葉に、ドキリと胸が高鳴る。

「吊り橋効果じゃない?」

「それはない」

きっぱりと否定する凛に、奏は何処かホッとした様に眉根を下げた。

これを肯定されたらと想像するだけで、悲しくて泣きそうになる。


そんな二人をニヤニヤしながら見ていた依子は、堪えきれすふふふっと笑った。

「お熱いね、お二人さん」

その言葉に我に返った二人は、顔を真っ赤に染めた。

「どうやら私の存在は忘れられてたみたいだね」

「依ちゃん!」

「・・・・確かに」

其々の反応に依子は嬉しそうに笑った。


「まぁ、これからの二人の関係は互いの気持ちを確かめ合いながら育んでいくといい。それがどんな関係であろうと、私等は口を挟む事は無い」

但し・・・と続け、厳しい表情を作った。

「互いに不幸になる様な関係であれば、話は別。口を挟ませてもらうよ」


それにいち早く反応したのは凛だった。


「それは、あり得ません。奏の事は必ず幸せにします」

ギョッとしたように凛を見れば至極真面目な顔で、冗談で言っているようでは無い事に、奏は真顔になってしまった。

依子に至っては、一瞬目を見開いたものの、腹を抱えて笑い始めた。

「まるでプロポーズじゃないか」

その言葉に初めて気付いたように凛が目を見開く。

「この波長の完璧さは、ある意味怖いものがあるな。凛くんの相手が奏で良かったよ。そして奏の相手が凛くんで」

しみじみと言う依子の言葉に、確かに・・・と、二人は考え込んだ。


完璧な波長の所為で、まるで恋愛をしているかのような既に恋人であるかのようなこの雰囲気。

普通では考えられない事だ。

特に女嫌いの凛にとっては、尚更である。


あぁ・・・ずっと奏の側にいたいな・・・・


とめどなく沸き上がる奏への欲求。

悶々と考え込む凛とは対照的に、奏はこれまでの凛に対しての態度に赤面していた。


さっきまでは感情の赴くままに接しちゃったけど・・・・冷静に常識的に考えてもこれって、超恥ずかしい事してたんじゃない!?と、今更ながらの羞恥に、恐る恐る凛を見たのだった。

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