第27話 いざ娼館へ
いよいよ今日――高級娼館セクレに乗り込む。
(『乗り込む』と言うと物騒だけれど、私はナタリーさんとお話がしたいだけよ)
セクレは、思いのほか瀟洒な三階建てで、知らなければ娼館とは気づかないほどだった。
「ユージェニー様、今は娼婦たちの自由時間とのことです。日の浅い娼婦に、少しばかり協力をお願いしてあります。協力者の名はリズさんです」
「さすがノエルね。マリーズ、ノエル……娼館へは一人で行くわ」
「どういうこと? 私たち、一緒に行くと約束したはずよ」
「三人で行けば目立つし、ナタリーさんを警戒させてしまうかもしれないでしょう?」
「ユージェニーの言いたい事は分かるけれど……何を言っても聞かなさそうな目ね。分かったわ、ノエルだけは連れて行くのよ」
「いいえ、私一人で行くわ。警戒されて、本当のことを言ってもらえなくなったら、すべて水の泡ですもの」
心配されたけれど、昼間なら客もいないし、中には協力者もいる。
……そう言って、無理やり納得させた。
「じゃあ、行って来るわね」
緊張を落ち着けるために、私は一つ深く息を吐いてから歩き出した。
扉をそっと開けて建物の中に入ると、中央には一階から三階へと続く大きな階段があり、左右の廊下沿いには小さな扉がいくつも並んでいた。
一階に入ってすぐ右側に広い応接間があり、恐る恐る部屋の中をのぞいてみた。
部屋には、いくつかの高級な椅子やソファ、それに葉巻入れの置かれたテーブルが並んでいた。
(ここは客をもてなす所かしら……待合室のようなもの?)
今は静まり返っているけれど、夜には賑わうのだろう。
そこにアベル様もいたと思うと、胸の奥がチクリとした。
「あら、新人さん?」
二階から声がして顔を上げると、ラフな服装の綺麗な女性が立っていた。
「私?」
「あんた以外に誰がいるのさ。支配人はまたサボってるのね。上がっておいで」
「は、はいっ」
突然声を掛けられてドギマギしながら階段を上がった。
「新人さんだよ、仲良くしてやって。あたしはクララ、よろしくね」
(新人さんですって!? 協力者はどこにいるのかしら?)
とりあえず、言われるままに二階へ上がると、扉のない部屋へ連れて行かれた。
娼婦たちの休憩室なのか、薄暗い小部屋で数人の女性がけだるげに寛いでいる。
部屋の中を素早く見回すと、奥の隅にいるナタリーさんの姿が目に留まった。
私の視線に気づいたのか、彼女は値踏みするように私の頭のてっぺんからつま先まで眺めると、思いがけない言葉を口にした。
「あなた、すごく綺麗ね。それに、初々しい感じで……可愛いじゃない。ふふっ、悪い意味じゃないわよ。私はナタリー、よろしくね」
「は、はい。わ、わたくしは……ジニーですわ」
咄嗟にユージェニーではなく、幼い頃の愛称ジニーを名乗ってしまった。
ナタリーが不思議そうな顔をした。
(私、何か変だったかしら?)
「わたくし……ですわ、だって。アハハ! もしかして、ジニーって没落貴族かなんかなの?」
(なんだかおかしな方向に話が進んでいないかしら? でも、この場でナタリーさんから話を聞くのは無理だわ。とにかく、今は話を合わせて機会を待つしかなさそうね)
「そ、そうですわ。田舎のしがない没落貴族ですわ」
「ほんとかい? 没落貴族にしちゃあ、肌ツヤも良いし痩せこけてもいないね」
「い、田舎はお芋だけはありますし……」
「ジニー、田舎貴族のわりには言葉のなまりもないし、帝都の上流階級のお嬢様みたいに品があるね」
ナタリーさんの勘の鋭さに、心臓がいちいち反応する。
「そうかしら……い、いえ、そうかな?」
「本当に没落貴族かい? まさか、あの貴族の仲間じゃないだろうね」
急にクララが語気を強める。
ナタリーや他の娼婦たちも疑いの眼差しを私に向けている。
(あの貴族って誰のことかしら?)
「アハ、アハハハッ」
私は冷や汗をかきながら、令嬢らしからぬ豪快な笑い声を上げた。
「クララ、考え過ぎよ。ここには人に言えない事情の子たちばっかりでしょ」
「そうだね。客の相手だけでも大変なのにさ……仲間は大事にしないとね」
「ナタリーとクララがそう言うなら……」
ナタリーとクララが、娼婦たちに慕われているのが分かる。
「ありがとうございます」
私は小さな声でお礼を言った。
「あっ、もうこんな時間! 急いで支度を始めないと……ジニー初めてでしょ?」
「へっ!?」
「大丈夫よ! 支度を手伝ってあげる。お客の取り方も教えてあげるわ」
「えっ、ええ~!?」
(どうしよう……協力者のリズさんはどこにいるのかしら? この慌ただしい状況でナタリーさんと話はできないわ)
どうも会話の感じでは、外はすでに夕方になっているらしい……。
私がナタリーさんたちと話をするのに夢中で、外の様子に気づかなかったのも無理はない。
(信じられないわ! この建物には窓が一つもないじゃない!)
――その頃、マリーズとノエルがはらはらしながら私を待ってくれていた。
「お嬢様、日が暮れてきましたね」
「ユージェニー、大丈夫かしら? そろそろセクレにお客様が来てしまうわ……」
「今、動いては余計な混乱を招きます。協力者もいますから、もう少し待ちましょう」
(協力者とは身請けを約束したのだし、裏切るはずがない。何かあればユージェニー様を連れ出してくれる約束だ。まだ、様子を見て大丈夫だろう)
「ユージェニー……」
(マリーズ、一人で乗り込むと意気込んだ私がどんなに無謀だったか、ようやく分かった気がする)
マリーズとノエルに助けを求める隙さえない……私は最悪の事態に陥っていたのだった。
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