命の価値は通例としてチョコレートバーより安い

Obj.2k

チョコレートと募金箱

 これは僕が初めて掛け算を習った頃の話、だから結構いい加減な話になる。


 子供というのは初めて手に入れた道具はすぐに使いたくなるもので僕もそうだった。

 特にイコールの概念がお気に入りで何にでも使った。


 ある雪の日、伯父からお小遣いを貰ってお菓子屋にチョコレートを買いに行ったんだけど、その店にはカウンターに募金箱があって”救われない者に救いの手を”って書いてあったんだ。


 ここである計算式が出来た”チョコレート=1ドル=救われない誰か”、つまり僕はチョコレートを我慢する事で誰かを救う力が手の中にあったんだ。

 僕は迷わずお金を箱に入れた、すると僕の式はこう変わる”チョコレート=1ドル<救われない誰か”僕は家に走って帰ってこの英雄的行動を誇った。


 その事を伯父は褒めてくれたけど、父は違って”チョコレートを買ったのと何も変わりない”と言った。

 2人はその後日が暮れるまで口論を続けたんだけど僕は部屋から追い出されたし父は言葉の意味を説明する人ではなかったから自分で探す事にした。


 僕はその日の夜に自分が作った式について考えることにした。するととんでもない事に気がついたんだ。この式がある限り僕は永遠にチョコレートを食べる事が出来ないってね。

 例え募金箱のない店を探したとしても、それがある場所を知っている以上チョコレートを買うと、それは手を差し伸べない事になる。

 でも式が間違っているとは思いたくなかった。


 箱には誰かの命を救えるとは書いてなかったし、1ドルだけで成し得る事は少ない、けど子供の僕はそういう事だと思っていた。


 そう結論に困っていると理科の授業で”例え予想通りの結果が出なくても観測の結果を無視してはいけない”と言われた事を思い出した。

 だから明日、お菓子屋を観察する事にして、その日は寝た。


 次の日の朝早く、僕はその事を話してから出かけようとすると父は”実験者効果に気をつけるように”と言ってそれを説明しなかった。そうなるとまず図書館に行かなきゃならないけど、この話は省こう。


 店に着いたらまず箱を確認した。中身は昨日とは何も変わりない幾らかのペニーだけだった。

 その後は客が普段通り過ごせるように少し離れたバス停の椅子から彼らの買い物を双眼鏡で観察したんだ。


 彼らはお釣りを箱に入れる事はあってもお菓子を買うお金を入れる事はなかった、ただの1人も。

 この時の式はチョコレート>1ドル>救われない誰かになる。

 チョコレートが誰かの命を超えたんだ。


 でもそんなはずはない。だから僕はまだ詳しく知らなかった経済を説明に入れて、大人たちはチョコレートにそれほどの価値がない事を知っていて経済のために仕方なく買っている、という事にした。


 家に帰って早速その事を話すと父は経済について学ぶ必要があると言った。その他は黙るか、そんな事は考えるべきじゃないと言うかだったけど一人、僕に実験者効果を説明した理科の先生は”神と人の違いに君は気づいた”と言って笑った。

 因みにこれがどういう意味なのかは未だに謎だ。


 月曜日、学校に行くと理科の先生が新聞記事をくれて、そこには洞窟に閉じ込められたある男の出来事が載っていた。このことはラジオで詳しく放送されて、すぐに誰もが知った。


 彼には驚くほど多くの救いの手が差し伸べられていた。到底チョコレートなんて比べ物にならないのは明らかだった。

 結局その男は助からなかった、にも関わらず彼は60日以上の時間をかけて運び出された。


 あまりにもおかしくて何も分からなくなったよ。箱の向こうの誰かと洞窟の中の男の命の価値は驚くほど違っていた。

 教会で教えられた命の価値はみんな平等だと言うのは全くの嘘だと思えた、でもそうとも言い切れないんだ。


 それから少し経ったある日、酔っ払いが物の価値について話していた。 

 その男はすぐに警察に連れて行かれたから最後までは聞けなかったけど、物には物質としての価値と交換できる価値があるらしかった。


 チョコレートで考えると、食べてもいいし、友達と交換してもいい。お菓子屋さんのチョコレートには今から僕が1ドルはらう価値があるけど、もし月の裏にチョコレートがあったとしても価値はない。それだけじゃない。同じチョコレートでも誕生日に買いに行くチョコレートは僕にとって特別だった。

 それで気づいたんだ、命の価値にも、いくつかの要素があるんじゃないかって。


 お菓子な話だ。子供っていうものは知りたがりで、なんでも単純化して理解しようとする。でも、なんでも複雑化して理解を拒む分かりたがりの大人よりは、ずっといいだろ?

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