僕のミス

レオンside

ノアが自分の将来を一生懸命考えている間、僕はノアとの未来を考えていた。

就職活動をしているノアに僕は働かなくても良いと言ったが、笑って『働くよ』と言われた。

大学という、世界から見たら小さな場所に縛られている今でさえ、ノアの周りには虫が多い。

社会に出て、ノアが働けば世界がまた広がる。

想像しただけで不安が募る。

ノアと離れている一分一秒が怖い。

もし今この瞬間にノアが僕のことを嫌いになってどこかに飛んで行ってしまったらどうしよう。

檻の中に閉じ込めておきたいのに、ノアの事を考えるとリードを付けておくことしか出来ない。

それがとても怖かった。

「お待たせ」

話しが終わったのか、ノアは僕がいるバーまで迎えに来た。

「何か飲みたいですか?それとも違う場所に行きますか?」

ノアは僕の手を引いてホテルの屋上に向かった。

屋上までのエレベーターは二人きりで、ノアは何も話さなかった。

「星、綺麗に見えるね」

自然豊かな街からの夜空は絶景だった。

「レオン、私の事好き?」

珍しい質問に驚いたが僕はノアの手を取った。

「ノアに僕の全てを捧げます」

暗い空で星が光る。

はるか遠くで光る星は無数に存在する。

しかしその全てが見てもらえるわけでは無い。

一度見てもらえたとしても、次の瞬間にはもう忘れ去られているかもしれない。

「私もねレオンの事好き。今日遊園地楽しかったし、何より一緒にいられるこの時間が本当に幸せ。ありがとう、レオン」

「僕も幸せです。明日はどこに行きますか?」

優しい目で僕を見つめてくれる天使はいつになれば僕だけを見つめてくれるのだろう。

いつか忘れられてしまうのならば天使の手で殺されたい。

「明日はもう帰ろうと思う。5限、行く」

「なぜですか?」

まさかそんなことを言うとは思わなかった。

一気に冷や汗をかいた。

「逃げてばっかじゃ私らしくない。正面からぶつかる。それでも分かり合えなかったらそこまでの関係だったって事だよ」

ノアの強さに感心する。

「…本当に行くのですか?」

ノアは一度決めたことを変えるような人ではない。

中途半端な覚悟では守れないことを良く知っている。

「私、レオンの事好きだからちゃんと大学を卒業して、ちゃんと働く。それでいつか…お嫁さんにして」

「え?」

想定外過ぎる言葉に、僕は戸惑うしかなかった。

「私と結婚したくない?」

「ノー!そうではないです。プロポーズは僕からしたかったです」

腹を抱えて笑うノアを優しく抱きしめた。

「その日が来たらかっこいいプロポーズしてね」

「オフコース。待っていてください」

星を見た僕達は部屋に戻った。

恥ずかしそうにするノアの顔がとても美しかった。

優しく唇を重ねるたびに漏れる声と息に興奮が抑えられない。

「ノア、優しくします」

小さく頷くノアに優しく、丁寧に触れた。

この行為に何の意味があるかなんて分からない。

ただ、ノアと時間を共有できていることが嬉しかった。

ノアの乱れた顔を見ることが出来るのは僕だけの特別。

この姿を他の人に見せることは絶対にない。

「好きです、ノア。どこにいても愛しています」

疲れ切ったノアは眠ってしまった。

長年の欲をぶつけ過ぎたかと反省しながらノアのスマホに電源を入れた。

電話の履歴もSNSも特に変わった様子がない。

一体何がノアをこうさせたのかよく分からなかった。

ノアの意思だと分かっても不安が消えない。

次の日、僕達は家に帰った。

「行ってきます」

玄関で見送るノアを置いて行くのは少し嫌ではあったが仕方がない。

僕の授業は午前からで、一緒に行ってノアを学校に長居させるよりはましだ。

学校に行けばノアはいない。

留学中、特に誰かと仲良くしているわけでもないのでヘッドホンをつけて音楽を流した。

好きでも嫌いでもない英語の歌をBGMにして授業が始まるのを待った。

苦痛な時間を終えて家に帰ると、出迎えてくれるはずのノアがいなかった。

嫌な予感がした僕はスマホを開いてノアの居場所を調べた。

「…家?」

ノアの現在地がこの家で止まっている。

家の中を探したがノアの姿はどこにもなかった。

代わりにベットに置かれたスマホに僕は絶望した。

「…僕を捨てるのですか?」

もぬけの殻となったノアの部屋で僕はただ息をしていた。

もしかしたらたまたまスマホを置いてどこかに行っているのかもしれない。

もう少ししたら『ただいまー』と玄関を開けるノアに会えるかもしれない。

その期待は儚く散っていった。

玄関が開いて帰って来たのはノアのお母さんだった。

「どうしたの?そんな血相を変えて」

「あ、大丈夫です。…ノアはどこに行きました?」

その答えは知りたくなかった。

「学校よ。いつものことでしょ」

「スマホが家に置いてあったので心配しました」

『あー』と言って持っていたカバンを廊下に置いた。

「スマホ忘れることたまにあるんだよね。今日、友達の家に泊まるって言ってたのに大丈夫かしら」

その言葉に僕は肩を落とした。

「どうした?」

周りの声は何も聞こえずに、ただ部屋に戻った。

何で?

何がダメだった?

あんなに優しく笑いかけてくれていたのに、嘘だったのだろうか?

本当は僕のことが嫌いで、この家からいなくなって欲しいと思っているのではないか。

考えれば考えるほど、最悪の状況になって行く。

「…優しすぎたのですか?」

スマホの中で僕と笑うノアを見て、涙が止まらなかった。

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