02 死ぬことすら許されない

 リベラの唇に触れる。

 まだ少し腫れているそこに薬を塗り込んだ。


「ありがとう存じます」


 数秒、リベラの顔をまじまじと見る。多肉植物の葉肉で作った即席の薬で唇だけが薄く光って、化粧でもしているみたいだと思った。


「……何か?」

「ううん、何でも。これで大丈夫」


 ヴェールの向こうの瞳は見えない。私はすっと小指を引いた。柔らかい感触だけが指先に残る。神官が化粧した姿を想像するのはあまり良くないのかもしれない。


「マノリア様は」

「うん」


 付近の村に向かう途中。

 細い街道沿い。


「……旅の目的は?」

「うん。あるよ」

「聞いてよろしければ」

「大丈夫」


 二人で小休止をとっている。ちょうど正午くらいだろうか。


「……」

「……?」


 リベラが私をじっと見ている。


「あの。それは……どのような目的でしょうか」

「あ――、うん。人探し……かな」

 少しだけ詮索されたくなくて返す。

「リベラは?」

「……神の御心にかなうよう、旅を続けております」

「そっか」


 煎じた薬がかなり余ってしまった。これは火傷なんかにも効くはずだけど。なんとなく自分の唇にも塗ってみる。

 草いきれの匂い。


「あまりいい香りじゃないね」

 リベラが首を傾げて微笑んだ、ように見えた。ヴェール越しではっきりわからない。


「薬、まだまだあるから。欲しくなったら言って」

「……また塗ってくださるのですか?」

「誰も自分の顔を見ることはできない。手伝ってもらうほうがいいよ」

「左様ですか」


 休憩は終わり。

 二人で再び歩き始める。

 私もリベラも口数が多いほうじゃないみたいだし、あまり話さなくても平気なほうでもあるみたいだった。


 それから夕刻が近づくくらいまで歩く。

 すると目指していた村の、外れにある墓地が見えてきた。


「あの墓地は……良くない」

「はい。おわかりですか」

「勘だけど」


 風下にいるせいで匂う。

「火の準備をしたほうが良いですね」

「わかった」


 言われて松明に火をつける。夕刻が近いとはいえまだ薄暗くなる時間ではない。それなのに、墓地が近づくにつれて辺りが急速に暗くなっていく。


「不死者の魔物?」

「恐らくは」

「やりあえるかな」

「厳しいでしょう」

「……」

「けれど、まだ日は高いです」

「わかった」


 松明をかざす。

 いつの間にか辺りは完全に暗闇に覆われ、植物が枯れ始めている。


 墓地に入る。

 すると、馬に乗った首無しの騎士が私達を待ち構えていた。


 冷や汗が滲む。

 不死者の圧力に晒されて私は一歩も動けなくなる。

 だけどリベラは進み出て――。


「――――」


 あろうことか口を開いた。聞いたことのない言葉で不死者に話している。


 それに応えて不死者がリベラを指差す。

「危ない――」

 反射的にリベラの前に身を晒す。不死者が私を見る。見た。首はないけれど角度でわかる。

 そして首のない甲冑の下、無数の虫が蠢いているのが見えたのと同時に、その虫たちと同じものが土から現れて、痛みを伴いながら私の脚を這い上がってきた。


「火を当ててください。祝福も施します」


 言われた通り松明を当てるとぼたぼたと虫たちが落ちていく。剣を抜くと、聖なる律が刀身に刻まれて燐光を放った。


 不死の甲冑が動きを止めた。虫たちは勢いを失ってただ落ちるがままになりざざざと土へと引いていく。


「――――」

 リベラがまた何かを言う。

 すると不死者は馬の方向を変え、襤褸のマントを翻して墓地の向こうの森へと去って行った。


 辺りが明るくなっていく。良くない匂いもなくなった。

 虫たちも消えたが、脚には小さな噛み痕のようなものがたくさん残っている。


「……怖かった」

「はい。わたくしもです。正しく怖れましょう。いま治癒を施しますから」

「あの不死者は何を?」

「あらかじめ死ぬ準備をしておかないと、死ぬことすら許されないのです」

「…………」


 もしかしたら墓地から起き上がった者がいるのかもしれない。この先の村で話を聞かなければ。神官のリベラはともかく、ただの剣士の私に何ができるかはわからないけれど。


「脇腹まで虫が這っているのを見ました」

 言って、リベラが私の腰に手を回した。こうして向かい合って立っていると彼女のほうが背が高いのを意識する。

「ここにも治癒の奇跡を」

「ありがとう」

 あたたかい手が背と脇腹を這う。すると確かに、そこに残っていた熱と疼痛が去っていった。


「あとは先程の薬でも」

「あ、そっか」

「火傷も少しありますから」


 荷物から薬を取り出して塗ろうとすると、リベラの視線が刺さった。


「どうかした?」

「いえ。かばって下さって、ありがとう存じます」

「……ううん」


「やはり、薬もわたくしが塗りましょう」

「大丈夫、自分で――」

「誰も自分の背を見ることはできませんから。手伝うほうがいいでしょう」


 わかった、と私は頷いた。

 薬瓶を渡して服を少しまくり上げる。リベラの手が背の素肌に触れた。


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