呪われ剣士と、浮いてる神官

porori

首無しの騎士編

01 全て無意味です

 路銀の残りが心もとない。

 だからこの先の村に着いたら暖かい寝床と温かいスープの一杯を……じゃなくて、放浪の剣士たるもの薬草の準備と剣の手入れを。

 空腹を我慢しながら村の人の話を聞いて、村はずれの森の奥の魔物の特徴を確認しているうちに……。

 私は意識を失っていたらしい。

 意識の最後に残っているのは、村の鍛冶で研いでもらうために剣を差し出そうとしたところ――。


 ――――。


 意識が明滅する。

 同時に鈍い痛み。

「ぁいっ……、痛……」


 私は頭を自分の手で押さえて、たんこぶができていることに気付いた。

 そうだ、空腹で意識が朦朧として。


「鍛冶台に頭から倒れ伏したそうです」

「…………」


 頭を押さえながら視線を上げる。目の前にはヴェール姿の神官プリーストらしい若い女性がいる。同年代、二十歳前くらいだろうか。肩までの茶色の癖っ毛。


 私が名乗ると彼女も名乗った。リベラというらしい。


「村の方は心配していらっしゃいましたが」

「……」

「空腹なだけなのでしょう」

「そうだよ」


 では。といってリベラは麦粥を差し出した。

 私はそれを素直に口にする。警戒したって仕方がないし、目の前の神官はどう考えても魔物ではないわけだし。


「もっと勢いよく召し上がるかと思っていましたが」

「飢えには慣れてる」

 ゆっくり食べながら言葉を交わす。ヴェール越しだからリベラの瞳の色は見えなかった。


 時間をかけて食事を進めるうちに周りが見えてくる。昼過ぎにこの村に着いた。意識を失ってからまだ少し経っただけで、夕刻にさしかかろうというところ。ここは神像が祀られている小さな祠、あるいは東屋といったところだ。雨風だけは凌げそうだけど。


「リベラは……。この先にいる魔物のことを?」

「ええ、存じております、マノリア様」

「あ、うん」


 マノリア。私の名前だ。肩より少し下まで伸びた黒髪の、オオカミの氏族の剣士。

 様なんて呼ばれると少しびっくりする。麦粥を五回くらい咀嚼する。飲み込む。

「私は倒しに行く」

「ではわたくしも付いていきます」

「……わかった」


 多分心得はあるんだろう。雰囲気とか身のこなしでわかる。リベラはこの村の神官じゃなくて、きっと巡礼か放浪、そして布教の身だ。


「魔物の種類……何だと思う?」

「そう、ですね」


 村人から聞いた情報をリベラが話してくれる。私はそれに耳を傾ける。獣人族の耳が動くのが珍しいのか、リベラがときどき視線を上げるのがわかった。

 獣人族といっても獣の耳と尻尾が生えているだけで、他は人間とあまり変わらない。確かに絶対数は少なめだけど。


「明日。早朝に出よう」

「かしこまりました」

「……危険だよ?」

「存じております」

「守るから」

「ありがとう存じます」


 これでいいのかな。わからない。でも口約束くらいはしたんだと思う。


 東屋で二人で横になって眠る。夜が明けるのを待つ。神官なら村の誰かに泊めてもらえそうなのに、彼女はそれをよしとしないみたいだ。


 朝になる。剣を抜き、旭光に刃を照らす。砂を集めて、二度三度、刃を砂に埋める。


寝刃ねたば合わせでございますか」

「よく知ってるね」


 ちょうど起きたリベラが私のしていることを見て言う。砥石がわりの砂に刃を埋めて、意図的に刃毀れを作り強靭にするやり方だ。

 刃をもう一度旭光に照らす。刃先を親指の爪の上に置いてみる。引っかかる。これで十分だ。


「じゃあ、行く?」

「朝食を」

「……うん」


 食事をいい加減にしがちなのを咎められた気がする。リベラは朝から悠長に火を起こして温かいお茶をくれた。


「こんな温かいのもらったら……緊張が」

「そうですか。それで遅れをとる剣ではないでしょう」

「……わかった」


 焦ることはないか。

 東屋を覆うフジの葉の、朝露に触れる。もう少し蒸し暑い季節になっていて花は散り、豆のような実が付いている。

 鮮やかな緑がリベラの首巻きに似ている。


「じゃあそろそろ。行くよ」

「かしこまりました」

「別に私ひとりでも」

「いえ」


 短く答えて、リベラはついてくる姿勢を崩さない。


 森の奥へと進む。

 魔物がいる。


 一閃。

 ――では倒しきれない。


 蛇のような魔物。村人に聞いた通りの。

 もう一閃。少ししくじって、鱗で滑る。

 最後に刃を跳ね上げて迫る牙の片方は折ったけれど、もう片方が肩に食い込む。


 痛くて熱い。毒もあるって言ってたっけ。


 死――ぬわけにはいかない。まだ。


 手首の回転を効かせて一瞬だけ剣の柄から手を話す。半回転。肩を噛まれたまま逆手に剣を持ち直し、顎から首の半ばまで切り裂く。


「これで……っ」


 蛇の魔物の顎から胸元までを綺麗に二分割した。

 魔物は動かなくなった。


 すぐにリベラが駆け寄ってきてくれる。

「見事です」

「……うん。これくらいはできないと」


 しかし噛まれた肩が急速にずきずきと痛み始める。

 もしかしたら毒が。


「リベラ。あの。噛まれた」

「はい」


 神官の――、神様の解毒の奇跡を、と言う前にふらついた。

 思ったより強い毒だったらしい。


 寄りかかるとしっかり支えられた。体幹はしっかりしてるのかな。

「無理なさらず」

「リベラは……怪我はない?」


 言いながら意識が遠のきそうになる。

 まぶたの裏が白く光る。


「いま解毒します」

「ありがと……」


 二度、三度、まぶたの裏が明滅する。解毒の奇跡を受けているからなのか、体が浮き上がるような心地いい感触があった。


「解毒はできました。あとは残ったものを吸い出します」

「わかった……」

 肩口に温かいものが触れる。

 これで正真正銘、毒がすべて抜かれていく。

 膝から力が抜けた。支えてもらう感覚。


 ――――。


 蛇の魔物の討伐。

 村人にはいたく感謝された。


 私にとって難しい依頼ではなかったとは思うけれど……。

 解毒の奇跡がなければ厄介なことになっていたかもしれない。


「ありがとう。助かった」

「はい」

「……」

 ヴェールの向こう。瞳の表情は読めない。


「借りができたね。何かの形で返したい」


 当たり前のことを言っただけだと思うけれど、リベラは押し黙った。

 数秒してからやっと口を開く。


「全て無意味です」


「……? 無意味じゃないと思う」


「あと……リベラの唇、すごく腫れてるし」

「蛇毒を処理したせいですね。二日もあれば治ります」

「……うん。腫れに効く薬草探してみる」

「ありがとう存じます。マノリア様も額のこぶを」


 言われるまで忘れてた。さする。

 少しだけ離れたところからリベラが見ている。


「一緒に薬草探す?」

「かしこまりました」

「熱もある? さわっていいかな」

「――はい」


 唇に指で軽く触れた。やっぱり熱を持っている。

「解熱の効能がある薬草を探すね」

 リベラは頷いてくれた。


 前衛と神官だ。きっと相性は悪くない。

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