呪われ剣士と、浮いてる神官
porori
首無しの騎士編
01 全て無意味です
路銀の残りが心もとない。
だからこの先の村に着いたら暖かい寝床と温かいスープの一杯を……じゃなくて、放浪の剣士たるもの薬草の準備と剣の手入れを。
空腹を我慢しながら村の人の話を聞いて、村はずれの森の奥の魔物の特徴を確認しているうちに……。
私は意識を失っていたらしい。
意識の最後に残っているのは、村の鍛冶で研いでもらうために剣を差し出そうとしたところ――。
――――。
意識が明滅する。
同時に鈍い痛み。
「ぁいっ……、痛……」
私は頭を自分の手で押さえて、たんこぶができていることに気付いた。
そうだ、空腹で意識が朦朧として。
「鍛冶台に頭から倒れ伏したそうです」
「…………」
頭を押さえながら視線を上げる。目の前にはヴェール姿の
私が名乗ると彼女も名乗った。リベラというらしい。
「村の方は心配していらっしゃいましたが」
「……」
「空腹なだけなのでしょう」
「そうだよ」
では。といってリベラは麦粥を差し出した。
私はそれを素直に口にする。警戒したって仕方がないし、目の前の神官はどう考えても魔物ではないわけだし。
「もっと勢いよく召し上がるかと思っていましたが」
「飢えには慣れてる」
ゆっくり食べながら言葉を交わす。ヴェール越しだからリベラの瞳の色は見えなかった。
時間をかけて食事を進めるうちに周りが見えてくる。昼過ぎにこの村に着いた。意識を失ってからまだ少し経っただけで、夕刻にさしかかろうというところ。ここは神像が祀られている小さな祠、あるいは東屋といったところだ。雨風だけは凌げそうだけど。
「リベラは……。この先にいる魔物のことを?」
「ええ、存じております、マノリア様」
「あ、うん」
マノリア。私の名前だ。肩より少し下まで伸びた黒髪の、オオカミの氏族の剣士。
様なんて呼ばれると少しびっくりする。麦粥を五回くらい咀嚼する。飲み込む。
「私は倒しに行く」
「ではわたくしも付いていきます」
「……わかった」
多分心得はあるんだろう。雰囲気とか身のこなしでわかる。リベラはこの村の神官じゃなくて、きっと巡礼か放浪、そして布教の身だ。
「魔物の種類……何だと思う?」
「そう、ですね」
村人から聞いた情報をリベラが話してくれる。私はそれに耳を傾ける。獣人族の耳が動くのが珍しいのか、リベラがときどき視線を上げるのがわかった。
獣人族といっても獣の耳と尻尾が生えているだけで、他は人間とあまり変わらない。確かに絶対数は少なめだけど。
「明日。早朝に出よう」
「かしこまりました」
「……危険だよ?」
「存じております」
「守るから」
「ありがとう存じます」
これでいいのかな。わからない。でも口約束くらいはしたんだと思う。
東屋で二人で横になって眠る。夜が明けるのを待つ。神官なら村の誰かに泊めてもらえそうなのに、彼女はそれをよしとしないみたいだ。
朝になる。剣を抜き、旭光に刃を照らす。砂を集めて、二度三度、刃を砂に埋める。
「
「よく知ってるね」
ちょうど起きたリベラが私のしていることを見て言う。砥石がわりの砂に刃を埋めて、意図的に刃毀れを作り強靭にするやり方だ。
刃をもう一度旭光に照らす。刃先を親指の爪の上に置いてみる。引っかかる。これで十分だ。
「じゃあ、行く?」
「朝食を」
「……うん」
食事をいい加減にしがちなのを咎められた気がする。リベラは朝から悠長に火を起こして温かいお茶をくれた。
「こんな温かいのもらったら……緊張が」
「そうですか。それで遅れをとる剣ではないでしょう」
「……わかった」
焦ることはないか。
東屋を覆うフジの葉の、朝露に触れる。もう少し蒸し暑い季節になっていて花は散り、豆のような実が付いている。
鮮やかな緑がリベラの首巻きに似ている。
「じゃあそろそろ。行くよ」
「かしこまりました」
「別に私ひとりでも」
「いえ」
短く答えて、リベラはついてくる姿勢を崩さない。
森の奥へと進む。
魔物がいる。
一閃。
――では倒しきれない。
蛇のような魔物。村人に聞いた通りの。
もう一閃。少ししくじって、鱗で滑る。
最後に刃を跳ね上げて迫る牙の片方は折ったけれど、もう片方が肩に食い込む。
痛くて熱い。毒もあるって言ってたっけ。
死――ぬわけにはいかない。まだ。
手首の回転を効かせて一瞬だけ剣の柄から手を話す。半回転。肩を噛まれたまま逆手に剣を持ち直し、顎から首の半ばまで切り裂く。
「これで……っ」
蛇の魔物の顎から胸元までを綺麗に二分割した。
魔物は動かなくなった。
すぐにリベラが駆け寄ってきてくれる。
「見事です」
「……うん。これくらいはできないと」
しかし噛まれた肩が急速にずきずきと痛み始める。
もしかしたら毒が。
「リベラ。あの。噛まれた」
「はい」
神官の――、神様の解毒の奇跡を、と言う前にふらついた。
思ったより強い毒だったらしい。
寄りかかるとしっかり支えられた。体幹はしっかりしてるのかな。
「無理なさらず」
「リベラは……怪我はない?」
言いながら意識が遠のきそうになる。
まぶたの裏が白く光る。
「いま解毒します」
「ありがと……」
二度、三度、まぶたの裏が明滅する。解毒の奇跡を受けているからなのか、体が浮き上がるような心地いい感触があった。
「解毒はできました。あとは残ったものを吸い出します」
「わかった……」
肩口に温かいものが触れる。
これで正真正銘、毒がすべて抜かれていく。
膝から力が抜けた。支えてもらう感覚。
――――。
蛇の魔物の討伐。
村人にはいたく感謝された。
私にとって難しい依頼ではなかったとは思うけれど……。
解毒の奇跡がなければ厄介なことになっていたかもしれない。
「ありがとう。助かった」
「はい」
「……」
ヴェールの向こう。瞳の表情は読めない。
「借りができたね。何かの形で返したい」
当たり前のことを言っただけだと思うけれど、リベラは押し黙った。
数秒してからやっと口を開く。
「全て無意味です」
「……? 無意味じゃないと思う」
「あと……リベラの唇、すごく腫れてるし」
「蛇毒を処理したせいですね。二日もあれば治ります」
「……うん。腫れに効く薬草探してみる」
「ありがとう存じます。マノリア様も額のこぶを」
言われるまで忘れてた。さする。
少しだけ離れたところからリベラが見ている。
「一緒に薬草探す?」
「かしこまりました」
「熱もある? さわっていいかな」
「――はい」
唇に指で軽く触れた。やっぱり熱を持っている。
「解熱の効能がある薬草を探すね」
リベラは頷いてくれた。
前衛と神官だ。きっと相性は悪くない。
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