魔神の行進

神光暦２５００年。

魔王と呼ばれていた人間が討伐されてから約２００年、脅威であった魔王が討伐されて平和になったがそれは一時期に過ぎず、共通の敵がいなくなったことでまた再び領土や利益、欲望を満たすために国同士の戦争が始まり、今では常にどこかで戦火が上がっている。

そんな大陸全体が殺伐とした雰囲気が漂っているなか、大陸の南側にトリア王国という小国が存在する。

軍事力は弱く防衛面でも不安が残る、何故今まで国として存続出来ていたのか疑問に思う程の超弱小国……それがトリア王国だ。

そんな超弱小国のトリア王国、第三王子の俺ことアレク・ヴァン・トリアはかつて２００年程前に人類を滅亡まで追い詰めた魔王と呼ばれていた人間が持っていた王級紋章『魔王』。

その上位の神話級紋章『魔神』を持っていたことで俺は王城の離れの石塔の最上階にて危険分子として幽閉されていた。

「紋章か……」

俺ことエンド・ヴァン・トリアは粗末なベッドで横になりながら自分の右手の甲に刻まれた紋章をジッと見ていた。

この世界は刻まれた紋章によって魔法や特技の適性が決まる。

紋章には級が存在しており、それぞれ一般紋章、下級紋章、中級紋章、上級紋章、王級紋章、帝王級紋章、神話級紋章と７つの級に分かれており、級が上である程とてつも無い力を発揮することが出来る。

それこそ王級より上の紋章は5万の軍を１人で殲滅することが出来る程に単騎で戦局を変える力がある。

そして俺の紋章は最上位の神話級紋章『魔神』。

『魔神』が使えることが出来る魔法は主に闇属性の魔法。それだけなら『魔神』の下位紋章である『魔王』が危険視されることはなかっただろう。

本当に恐ろしいのはどんな致命傷を負ってもすぐに回復するその肉体修復能力に負の欲望の増大だ。

特に負の欲望の増大がとても危険視されている。

負の欲望は誰にでも持っており、それを人々は理性によって抑えているが『魔王』や『魔神』の紋章は欲望を増大させ、理性の枷を外してしまう。

だからどんな聖人君子でも『魔王』や『魔神』に抗う術はなく犯罪に走らせてしまう。

特に２００年前の『魔王』の紋章の持ち主は人を殺したいという欲望を増大されてしまい人類の大虐殺という世紀の大犯罪を犯してしまった。

だから『魔神』の紋章の肉体修復能力で俺を殺せないトリア王国の国王……俺の父親は俺をここに幽閉しているのだ。

「だが、それも今日までだ」

俺はベッドから降り、ゆっくりと頑丈な扉に向かう。

「今日でこの石塔とはおさらばだ」

俺は扉を壊すために魔法を発動させる。

すると俺の右手の指に闇色の光が集まり大きな爪の形をした魔力が形成され、そのまま扉に向かって魔力の爪を振り下ろした。

「――【暴虐の大爪】っ！」

――バギャアアアアッ！！

俺が使った【暴虐の大爪】という魔法のお陰で俺を閉じ込めていた扉がぶっ壊れ、今まで光という光が差し込まれなかった石塔に初めて外からの光が差し込む。

「これが光……そしてこれが外か」

今まで石塔から出れなかった俺は遂に外へと足を踏み入れた。

「さぁ、俺をこんなところに閉じ込めた奴らに御礼参りをしなくてはな」

俺は全ての元凶がいるであろう王城に視線を向ける。

「感動の再会と行こうじゃないか父上よ」

王城に向けて歩き出そうとしたその時、ドタドタと多くの足音が聞こえてきた。

「ふん、流石にあんな大きな音を響かせればバレるか」

俺は徐々に近づいて来る足音に構わず王城に向けて歩き出す。

「だが、どれほどの人数で俺に向かってこようが神話級紋章を持っている俺を殺せるのは同じ神話級紋章だけだ」

それは今、向かって来る奴らも承知のはず……それとも何か策でもあるのか？

「ふん、面白い。もし俺を殺せる策があるなら是非とも御覧に入れたいものだ」

ちょうどいい。

外に出て戦闘という戦闘はまだ行っていないんだ。

「ここで戦闘経験というものを積んだ方が良さそうか」

先のことを考えるとここで積んだ方がためになりそうだな。

「いたぞ！あそこだ」

「ん？」

１人の男の声が響き、その声の方向を見ると１００人ほどの立派な鎧を纏った騎士が俺に向かって剣を向けていた。

「ここは通さんぞ！エンド王子……いや、魔神！」

「ふん、この程度の人数で俺を抑えられると思っているのか？愚かな」

俺は目の前の騎士たちを冷笑すると騎士たちはたちまち怒りで顔が赤くなる。

「舐めるな！俺達は栄えあるトリア王国の騎士団！貴様のような犯罪者にやられるほど柔ではない」

まだ犯罪を起こしていない俺を既に犯罪者扱いか……まぁ、これから犯罪を起こそうとしているからあながち間違いではないか。

「ふん、弱者国の分際の騎士がほざくな雑魚が！」

「何だと貴様！私たち騎士たちだけに関わらずこの国を馬鹿にするとはいい度胸だ！仮にでも貴様は国王様の息子……ここで殺してしまっては国王様は悲しみに暮れようと思い殺すのだけは勘弁してやろうと思ったがやめだ」

国王様が悲しむだ？

俺が死んだくらいで悲しむ奴ではない。それどころか俺が死んだことで喜ぶだろうな。

「今ここで殺してやるぞ！いくぞ者共あの犯罪者を討滅するぞ！」

「「「「おぉぉおお！！」」」」

先頭の男が声を上げると後方の騎士たちも先頭の騎士の声に呼応するように声を上げる。

「行くぞ！」

先頭の騎士が俺に向かって走り出すと後方の騎士たちも俺を殺す為に向かって来る。

「どうやら俺を幽閉していて自分達が上位にいると勘違いしているらしいな。騎士たちよ………今一度ここで知らしめてはならないようだな」

俺は右手を掲げて魔法の準備にかかる。

「貴様らが相手をしているには万の軍勢を相手にしても１人で戦局を変えることが出来る程の力を持つ神話級紋章だということをな！さぁ、蹂躙してくれる【嘆きの女神】」

魔法の準備が整い俺と騎士のちょうど中間場所に魔法陣が形成され、そこから自分より遥かにデカい女神像が出現する。

「な、なんだこれは……」

「女神…像？」

目の前に急に出現した女神像に戸惑いを隠さない騎士たちは足を止めてしまう。

「うろたえるな！ただの虚仮威しだ。無視して突っ込め」

「「「「おぉぉおお！！」」」」

又しても騎士たちの先頭を走っている騎士が声を上げたことで歩みを止めていた騎士たちが再び走り出した。

「無駄ことを……さぁ、叫べ嘆きの女神よ」

出現した女神像が普通なら出るはずがない石で出来た目から血の涙を流して突然、甲高い絶叫を上げた。

「キィエエエエエ！！」

女神像が上げた声は女神とは程遠い汚い叫び声で騎士達はあまりの声の大きさと不快感で両手で耳を抑えてうずくまってしまう。

「み、耳が……」

「う、上手く立てない」

【嘆きの女神像】という魔法は攻撃力は一切ないが敵の足を止めるにはとても良い魔法だ。

人間だろうが魔物だろうが耳を持っている種族である限り【嘆きの女神像】が発する声を防ぐ手段はない。

【嘆きの女神像】は叫んだ声を敵に聞かせ短い時間だが三半規管を少しの間、狂わせることが出来る。

「こういう多人数を相手にする場合、【嘆きの女神像】はとても重宝する。なにせこんな無防備な敵を作り出すことが出来るのだからな！」

俺は魔法を発動させ、死神が持ってそうな大鎌を作り出した。

「これで終わりだ」

「や、やめっ……」

俺は作り出した大鎌に大量の魔力を注いで大鎌を振るうと巨大な黒い斬撃が生み出された。

「ああああああああああああっ！？」

その斬撃は真っ直ぐと敵へと向かい１人残らず飲み込まれて消えていった。

「おっと。魔力を注ぎ過ぎたせいで威力が過剰になってしまい跡形もなく敵の死体さえも消滅させてしまったな」

もう少し魔力を注いでいたらそのまま斬撃が王城まで到達してしまったかもしれないな。

もう少し周りのことを考えて攻撃を放った方が良さそうだな……。

「さて、雑魚は片付けたし……メインディッシュと行こうか」

俺は笑みを浮かべながら王城へと足を進めた。