異世界転生×ユニークスキル 【検索】で無双する!?
月神世一
検索の勇者
終焉と始まり
鉛のように重い瞼をこじ開ける。30時間にも及ぶ大手術を終えた外科医、広野雄一(ひろの ゆういち)の体は、疲労という名の枷で縛り付けられているようだった。それでも、一人の命を死の淵から引き戻した確かな達成感が、心を温かく満たしていた。
「……帰るか」
誰に言うでもなく呟き、彼は愛車のハンドルを握る。深夜の雨が、アスファルトを黒く濡らしていた。ワイパーが規則的なリズムを刻み、街の灯がフロントガラスの上を滑っていく。今はただ、自宅のベッドに倒れ込み、泥のように眠りたい。その一心だった。
交差点のシグナルが、青い光を灯す。
日常。当たり前の光景。雄一がアクセルを軽く踏み込んだ、その瞬間。
視界の右側が、暴力的な光で真っ白に染まった。
けたたましいクラクション。金属が引き裂かれる絶叫。そして、全てを無に帰す轟音。雄一の体はシートベルトに強く縛り付けられ、次の瞬間には無重力の世界へと放り出された。
(ああ、信号無視のトラックか……こりゃ、ダメだな)
外科医として幾度となく見てきた、致命的な受傷機転。自らの死を、彼はどこか他人事のように冷静に分析していた。
薄れゆく意識の中、最後に脳裏をよぎったのは、救えなかった患者たちの顔でも、やり残した仕事のことでもなかった。ただ、もう一度、ハワイの青い空が見たかったな、という、ありふれた感傷だけだった。
それが、広野雄一、30年の生涯の、あまりにも唐突な幕切れだった。
第一章:女神の誘い
ふと、意識が浮上する。
そこは、白一色の無限空間だった。上下も左右もなく、音も匂いもない、ただ静寂だけが支配する世界。
「……ここは?」
雄一が呟くと、どこからか鈴を転がすような、透き通った声が響いた。
「起きましたか?広野雄一さん」
声のした方に視線を向けると、空間に淡い光が満ち、水色のヴェールをまとった女神のような女性が立っていた。現実離れしたその美しさに、雄一はわずかに目を見張る。
「あんたは誰だ? 俺は……どうなった?」
「わたくしは女神アクア。この世界の理を司る者の一柱です。そして……はい。残念ながら、貴方は亡くなりました」
女神は、慈悲深い、しかし明確な事実を告げた。
雄一は驚くでもなく、悲鳴を上げるでもなく、すっと自身の首筋に指を当てる。頸動脈の拍動を探る、医師としての癖だった。
「……なるほど。脈拍なし、呼吸なし。確かに、死んでるな」
「あらあら、流石はお医者様ですわね。受け入れが早くて助かります」
アクアは少し困ったように微笑んだ。
「雄一さん。貴方に、新たな世界へのご招待をしたいのですが」
「新たな世界?」
「ええ。わたくしたちが管理する世界の一つ、『アナスタシア』へ。……そうですね、剣と魔法の世界、と申し上げれば分かりやすいでしょうか」
「……なるほど。いわゆる、異世界転生か」
フィクションの世界の言葉を、雄一はごく自然に口にした。彼の冷静で現実的な思考が、この超常現象すらも一つの事象として分析し、理解しようとしていた。
「はい、その通りです。貴方は生前、外科医として多くの命を救ってこられました。その素晴らしい善行に報いるため、わたくしからささやかな贈り物を授けたいのです」
アクアがそっと指を鳴らすと、雄一の体に温かい光が宿った。
「スキル『言語理解』と、ユニークスキル『検索』を授けます」
「言語理解は分かるが、検索とは?」
「はい。『検索』とは、貴方が元いた世界……地球のネットワーク上に存在する情報を検索し、そこにある『物』を取り出すことができるスキルです。ただし、万能ではありません。スキルの使用には、アナスタシア世界の通貨などを対価として支払う必要がありますが」
地球のネット上の物を、異世界に。その意味を理解した瞬間、雄一の脳裏に膨大な医療機器や医薬品のデータが浮かび上がった。これがあれば、異世界でも……。
「分かった。では、飛ばしてくれ」
「えっ!?もう、よろしいのですか?元の世界への未練とか、もっとこう……色々とお聞きになりたいことは……」
雄一のあまりの即決ぶりに、女神の方が戸惑っていた。
「四の五の言っても、死んだ事実は変わらないだろう? それなら、さっさと次のステージに進んだ方が合理的だ」
「……ふふっ、あはは!貴方のような方は初めてですわ。分かりました。では広野雄一さん。貴方に、良き第二の人生があらんことを」
アクアが優しく微笑むと、雄一の足元が眩い光に包まれた。意識が急速に遠のいていく。
「良い異世界転生を」
それが、彼が女神から聞いた最後の言葉だった。
第二章:クラウディアの赤子
次に意識が戻った時、世界はひどく曖昧だった。
何もかもが巨大で、ぼやけている。自分の手足は思うように動かず、「あー」「うー」というような、意味のない声しか出せない。
(なるほど……赤ちゃん転生、か。これはまた、ハードモードだな)
広野雄一の意識は、無垢な赤子の体に宿っていた。前世の記憶を持ったまま。
状況を把握しようと視線を動かすと、自分を覗き込む二つの巨大な顔が見えた。
一人は、太陽のような笑顔を浮かべた赤毛の男。彫りの深い顔立ちに、鍛え抜かれた肉体。その腕に抱き上げられると、視点の高さに眩暈がしそうになる。
「ガッハッハ!見たかマリア!俺の息子だ!俺にそっくりで、いい男だろう!」
力強く、それでいて優しい声が頭上から降ってくる。
もう一人は、女神アクアと見紛うほどの美貌を持つ、銀髪の女性だった。慈愛に満ちた翠色の瞳が、不安げな自分を優しく見つめている。
「あなた、そんなに揺さぶったらだめですよ。怖がっているじゃありませんか」
「おお、すまんすまん!」
男はそう言うと、今度はそっと赤子を女性の腕に預けた。温かい。柔らかい。心地よい微かな花の香りに、張り詰めていた雄一の意識がふっと和らいだ。
(この人たちが、俺の新しい両親か……)
言葉は分からないはずなのに、スキル『言語理解』のおかげで、その意味はすんなりと頭に入ってくる。
父親の名は、リドガー。母親の名は、マリア。
「本当に、可愛い子……。あなたに、素敵な名前を贈りましょう」
マリアが優しく語りかける。
「あなたの名前は――」
彼女が紡いだ新しい名が、雄一の魂に温かく刻み込まれた。
(……悪くない。悪くない人生かもしれない)
前世では決して得られなかった、両親の温もり。自分に向けられる、混じり気のない愛情。
最強の外科医だった男は、最強のS級冒険者夫婦の息子として、アナスタシア世界での二度目の人生を、今はただ腕に抱かれながらスタートさせたのだった。
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