第6話

第六章 優しさの重さ


夕暮れの屋上は、風が冷たかった。

校舎の影が伸び、オレンジ色の空の下で街が静かに沈んでいく。

翔はフェンスにもたれ、遠くを見つめていた。

璃音が足音もなく隣に立つ。


しばらく、ふたりは何も言わなかった。

言葉を探せば探すほど、喉が詰まる。

代わりに吹き抜ける風の音だけが、心のざわめきをさらけ出すように響いた。


「……あの日、助けてくれてありがとう」

璃音がようやく口を開いた。

「でもね、守られるばかりだと、私……弱いままな気がして」


翔は思わず顔を向けた。

璃音の横顔は、夕日の光に透けて揺れていた。


「俺だって……強くなんかないよ」

声は震えていた。

「正しいことを言えば誰かを救えると思ってた。でも、君に泣かれると、自分の正しさがただの重荷に見えるんだ」


璃音は小さく笑った。

「優しさだって重いよ。言葉じゃなくて、気持ちそのものがね。

 受け取りきれないくらい、大きい時があるの」


沈黙。

互いに視線を合わせたまま、二人は初めて自分の弱さを隠さなかった。


「……じゃあさ」

翔が呟く。

「正しさも、優しさも、全部背負おうとしなくていいのかもな。

 一緒に、少しずつ分け合えばいい」


璃音の瞳に、涙とも笑顔ともつかない光が浮かんだ。

風が二人の間を吹き抜け、言葉よりも確かなものを運んでいった。


その夕暮れの屋上で、ふたりは初めて「弱さを見せる勇気」を分かち合った。


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