第4話 戦慄の世界洗脳作戦
和也はベッドの上で目を開けた。視野が霞んでいて周囲はボンヤリとしか見えない。天井の蛍光灯がやけに眩しく感じられる。身体を捩ろうとしたが、なぜか身体が動かない。声を出そうにも喉がカラカラで声が出ない。
「気が付いたかね。気分はどうだ」
耳元で声がした。スピーカーから流れてきたような金属的な声だ。シュコーシュコーというどこかで聞いたような機械的な呼吸音がしている。和也が眼を向けると、全身を包む宇宙服のような防護服を着て金魚鉢のような透明のヘルメットを被ったデス博士が立っていた。その横には、同じ格好をした小林研究員が立っている。
和也は周囲をぶ厚い強化アクリル板で囲まれた隔離用ブースの中で、パンツ一枚の姿でベッドに横たわっていた。両手、肩、腰、脚が拘束具で固定されていて身動きができない。
「私はいったい・・・ここは・・・気分? 気分は・・・爽快です」
意識を失う前に引いていた鼻風邪はすっかり良くなっていて、頭の中もスッキリと晴れ渡っていた。拘束具で固定されているにも関わらず、身体は羽根が生えたように軽い。いったいどれくらい意識を失っていたのだろう、空腹のために和也のお腹がグウと鳴った。
「そうか・・・不思議だ・・・。小林研究員、採血をして分析を頼む。原因を解明しなければならん」
デス博士は意味不明の言葉を発すると、和也に背中を向けた。頷いた小林研究員が三浦大根のように太くて長い注射器を取り出した。先端の針の部分だけでも三十センチはあるだろう。いったい何リットル採血するつもりなのか。
「ちょっと、そんなに大きな注射器で・・・死ぬ、死ぬ、貧血で死んじゃいますよ! え? 採血の後は食事・・・ほぼ蟹雑炊? 分かりました、やってください」
覚悟を決めた和也は眼を閉じた。
和也はベッドの上で目を開けた。隔離用ブースの天井の照明は消えていて周囲は薄暗い。消灯時間を過ぎているのだろう。いつの間にか検診衣の上下が着せられていて、毛布が掛けられていた。身体を固定していた拘束具も外されている。
隔離用ブースの強化アクリル板の向こうでは、デス博士と小林研究員が大きな機械の前で額を寄せ合って、何かを見ていた。その一画だけ照明が付いている。プリンターが印刷物を吐き出す音がした。
デス博士と小林研究員が印刷物を手にして和也の寝ている隔離用ブースに近づいた。ペタペタという足音を聞いて、和也は慌てて目を閉じて眠っている振りをした。デス博士と小林研究員が強化アクリル板の向こうから隔離用ブースの中を覗き込んでいる。
「神藤は眠っているようだな」
「ええ、ほぼ蟹雑炊に睡眠薬を入れておきましたから、しばらくは目覚めないでしょう」
和也がほぼ蟹雑炊を口にしたときに、ガリッと音がしたので慌てて吐き出したら溶けていない錠剤が出てきた。あれが睡眠薬だったのだろう。和也は眼を閉じたまま胸をなでおろした。
「しかし信じられん。小林研究員の開発した究極の殺人ウィルス『Kウィルス』に感染しても発症しないとは。この神藤という男はいったい何者なんだ」
「おっしゃるとおりです、デス博士。Kウィルスの感染力は新型コロナウイルスの二百倍、しかも空気感染だから防ぐのは極めて困難です。いったんKウィルスに感染すれば、二十四時間以内に発熱、感染から四十八時間で身体中に発疹が出て倦怠感と頭痛・腹痛が継続、感染から七十二時間を経過すると気管支と肺に炎症を発症、感染から九十六時間を経過すると身体中の細胞が激烈なアポトーシス(自死)を始め、消化器や鼻の粘膜から出血、最後は身体中のいたるところから出血して死亡する。致死率は九十八パーセント。二パーセントの生存者も内臓に重篤な障害が残ります」
小林研究員はKウィルスの恐ろしい症状を淡々とした口調で説明した。デス博士がそれに続く。
「そのKウィルスを世界中にばら撒けば、世界中が大混乱に陥る。そこで、我々が開発したKウィルス特効薬『ナオルゲン』を提供すれば、全世界がこれに飛びつく。生き残るにはナオルゲンを接種するしか選択肢はないのだからな。しかし、このナオルゲンには人の脳細胞の遺伝子に取り付いて、特定の波長で下される命令に従う機能が隠されている。いわば洗脳薬だ。全世界の人々がナオルゲンを摂取したあかつきには、ドボンデズによる洗脳統治が始まるのだ。世界征服いや世界平和の実現だ。キル大佐の立案した『戦慄の世界洗脳作戦』は完璧だ」
小林研究員がここぞとばかりに持ち上げる。
「その作戦が実行に移せるのも、デス博士の開発した万能細胞Zがあればこそです。デス博士は天才だ、いやそんな言葉では足りない、元祖天才なのだ!」
デス博士はニヤリと笑って「それでいいのだ」と言ってから、急に顔を引き締めた。
「戦慄の世界洗脳作戦を成功させるためには、神藤がKウィルスに感染しても発症しない原因を突き止めなければならん。小林研究員、追加採血だ」
「デス博士、承知しました。先程の倍の大きさの注射器を持ってきました。これで血を一滴残らず吸い尽くしてやりますよ」
和也が薄目を開けてみると、隔離用ブースに入ってきた小林研究員は電信柱のような注射器を抱えていた。先端の針の部分の長さは一メートルを超えているだろう。とても人間用の注射器とは思えない。銀色に光る注射針がゆっくりと和也に近づいた。
・・・ダメだ、死んだ・・・
あきらめた和也は眼を閉じた。痛くしないでと念じながら。
和也はベッドの上で目を開けた。隔離用ブースの中は明るい。夜が明けて消灯時間が終了したのだろう。頭をもたげると、貧血のためかフラフラした。いったい何リットルの血を抜いたのだろう、途中から意識を失った和也には知る由もない。
徹夜で解析していたのだろう、強化アクリル板の向こうでは小林研究員が椅子に腰掛けて机に両足を乗せた格好で鼾をかいていた。デス博士は壁際の大きな機械に向かったまま、モニターに映し出されている画像を食い入るように見ていた。
「そうだったのか・・・何ということを!」
デス博士が突然大声を上げた。ビクリと身体を動かした小林研究員が椅子から転がり落ちた。小林研究員は腰を擦りながらデス博士の背後に立った。
「イテテ・・・デス博士どうされました。何か分かりましたか」
振り返って小林研究員を見たデス博士の両目は寝不足のため真っ赤だった。いつもはピッチリと撫でつけている銀髪が、感電したように逆立っている。
「小林研究員、これを見たまえ。神藤の血液から採取した遺伝子情報を万能細胞Zに埋め込んで増殖させたものだ。そこにKウィルスを感染させると・・・抗体が現れてKウィルスを駆逐する。神藤はKウィルスの抗体を持っているのだ」
「Kウィルスの抗体ですって? ありえない・・・人類にとって未知のウィルスなんですよ」
小林研究員が驚愕の声を上げた。デス博士は静かに続けた。
「しかし、これは事実だ。しかも、神藤がKウィルスの抗体を取得した原因が分かった。新型コロナウィルスワクチンだ」
「新型コロナウィルスワクチン? そんなバカな」
「偶然なのだよ。新型コロナウィルスワクチン接種で取得した抗体の受容体の形状がKウィルスと偶然に合致していた。偶然の産物だ、天文学的数字の確率だがね」
「それでは、世界中にいる新型コロナウィルスワクチンを接種した人はKウィルスに感染しても発症しない・・・」
小林研究員は声を失った。デス博士が更に畳み掛けた。
「それだけではないのだ、小林研究員」
「まだあるのですか」
デス博士が頷いた。
「神藤の遺伝子情報を埋め込んだ万能細胞Zにナオルゲンを投与してみたのだ。しかし、ナオルゲンに組み込んである洗脳機能が発動しない」
「ナオルゲンの洗脳機能まで・・・。しかし、ナオルゲンに組み込んでいる洗脳機能は、細胞内でKウィルスとは独立して動いて単独で遺伝子に取り付くものですよ。Kウィルスの抗体の有無とは関係がないはずです」
「そうなのだ、あくまでもKウィルスは特効薬ナオルゲンを接種させるための方便にすぎない。Kウィルスがなくても全世界の人々にナオルゲンを接種させることができればよい。我々の目的は全ての人類の遺伝子に洗脳機能を付けることだからな。
しかし、神藤の遺伝子には、洗脳機能が取り付くはずの遺伝子の部分に、既に別の構造を持った遺伝子操作機能が付着しているのだ」
「既に誰かが先回りして遺伝子操作機能を付着させている? だから、我々の開発した洗脳機能が付着できないという訳ですか。しかし、誰がいつそんなことを・・・」
デス博士は抑揚を押さえた静かな声で言った。しかしその目はギラギラと光っている。
「小林研究員、新型コロナウィルスワクチン接種だよ。おそらく、誰かが私たちと同じことを考えたのだ、新型コロナウィルスの蔓延はワクチンを接種させるための方便にすぎなかったのだ。しかも、現在付着している遺伝子操作機能というのが問題だ」
デス博士の声がだんだんと熱を帯びてきた。
「何ですか、もったいぶらずに早く教えてくださいよ」
「遺伝子すなわちDNAはらせん状の紐のようなもので、その両端部分に遺伝子情報が書き込まれてない余白の部分がある、これをテロメアという。細胞分裂を繰り返すたびにこのテロメアが短くなって、本来の長さの半分ぐらいになると情報が発せられて、細胞の老化スイッチが入る。非常に大雑把に言えば人間の寿命を決めていると言っていいだろう。現在付着している遺伝子操作機能は、このテロメアの根元の部分に付着していて細胞の老化スイッチを操作しているのだ。一定の年齢に達すれば意図的に老化スイッチが入るようになっている、すなわち寿命を短くする操作を行うのだよ」
「寿命を短く?」
「そうだ、本来あるべきときよりも早く老化スイッチが起動して、細胞の老化・アポトーシスが促進されて、老衰で死ぬ、あるいは心臓発作で死ぬ。多臓器不全かも知れないが、いずれにしても死因は自然死。疑いようがない。そうすることで、設定された一定の年齢以上の高齢者は櫛の歯が抜けるようにバタバタと死んでいく、しかも自然とね。この意味が分かるか・・・人口統制だ」
デス博士の声はまるで死刑宣告のようだ。脂が浮いた顔をあげて小林研究員はデス博士を見た。小林研究員の頭の中でデス博士の言葉がグルグルと渦を巻いている。
「人口統制ですか。なるほど、超高齢化社会に歯止めをかけて、世代別の人口比率のアンバランスを解消して総人口を抑制する。誰にも気づかれずに、誰からも非難を浴びずに。恐ろしい、我々ドボンデズの世界征服よりも悪質じゃありませんか。それが人知れず既に発動されているのですか」
「そういうことだ。そして、Kウィルスと特効薬ナオルゲンが効果を発しない以上、我々の戦慄の世界洗脳作戦はとん挫したことになる」
デス博士は吐き捨てるように言った。小林研究員は「何ということだ・・・伊香保温泉が」と言うと頭を抱えた。これまでの苦労が水泡に帰した。冬のボーナスの増額も見込めない以上温泉旅行もとん挫したのだ、無理もあるまい。デス博士は小林研究員をチラリと見てから、目の前のモニター画面を燃えるような目で睨みつけた。
「小林研究員、嘆いている場合ではない。考えても見ろ、私も君も新型コロナウィルスワクチンを接種しているだろう。ドボンデズの構成員のほとんどがワクチン接種済みのはずだ。なにしろ、あの当時、総務課から『世界征服実現の円滑な遂行のために積極的にワクチンを摂取しましょう(強制ではありませんが強要です)』と呼びかけたんだからな。すなわち、我々の遺伝子にも寿命短縮機能が付着しているのだ。このまま放置することはできない。寿命短縮機能を無効化する方法を考えなければならない」
「しかし、どうやって・・・」
「我々の開発した洗脳機能を使おう。遺伝子への付着方法と付着場所は同じだから、これを維持したまま洗脳から寿命短縮機能無効化へ機能を変更する。寿命短縮機能の上に重複して付着させて妨害するのだ。その運搬役は・・・Kウィルスでは小さいし構造が簡単すぎる・・・よし、万能細胞Zを使おう。感染性の細菌に変化させて『新型細菌兵器Z』を造り、その中に無効化機能を仕込む。小林研究員、早速取り掛かるぞ、隣の万能細胞研究室に行こう」
「承知しました」
デス博士と小林研究員はバタバタと部屋から出て行った。
和也はベッドの上でムクリと上体を起こした。大変なことを聞いてしまったようだ。とにかくここから逃げなければならない。隔離用ブースの入口のドアの取っ手をガチャガチャと回してみたが、外から鍵が掛けられているのだろう、ドアが開く気配がない。ドアに身体をぶつけてみたが、ビクともしない。和也はベッドの上に座り途方に暮れた。
誰かの声がした。
和也はハッと目を開けた。あのまま眠ってしまったようだ。どれくらい時間が経ったのだろう。ベッドの上に腰を掛けて強化アクリル板の向こうを見た。兵器開発室には人影がない。聞き間違いだろうか・・・。
「おはようございまーす、ヨクルトでーす。今日はご注文ありませんかー」
兵器開発室の入口からいつものヨクルトレディーがヒョコリと顔を出した。
「おばちゃん、コッチ、コッチ。ヨクルト二本ちょうだい」
和也が大声をあげると、ヨクルトレディーは和也に気付いて、ニコニコしながら兵器開発室の中に入ってきた。肩には大きな保冷バッグを担いでいる。
「ハーイ、ヨクルト二本ね。あれ、神藤さんじゃない。どうしたの、こんなところで」
ヨクルトレディーは強化アクリル板の向こうから興味深げな顔で和也を見ている。
「いやあ、道に迷っちゃって、変なところに紛れ込んだら出られなくなったんだ。お願い、ここのドアを開けてよ」
「ドア?・・・ああ、カギが掛かっているわよ。暗証番号式みたい」
和也はガクリとうなだれた。それではヨクルトレディーに開錠することは無理だ。ミッションはインポッシブルだ。
「ちょっと待ってね、2847339、最後はDD、ほら開いた」
強化アクリル板に取り付けられた半透明のドアがガチャリと開いた。ミッションコンプリート!
「おばちゃん、すごい! いったいどうやって・・・」
「こんなの朝飯前よ。ボタンを押すだけだもの」
隔離用ブースから出た和也は入口のドアを見た。暗証番号を入力する装置の横に暗証番号を書いたシールが貼り付けてあった。備忘用だろう。覚えられないような暗証番号を付けるとこうなるのだ。
「おばちゃん、助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして。はい、ヨクルト二本、百六十円です」
和也はヨクルトを受け取ってから、財布を持っていないことに気が付いた。
「あのう、小銭が。というか大きい銭もなくて・・・山本班長につけておいてください」
「ゴリラの山本さんね、はい分かりました」
ヨクルトレディーは手帳を取り出すと何かを書きつけている。和也はお礼もそこそこに兵器開発室を飛び出した。隣の万能細胞研究室では、入口のドアを開けたまま、デス博士と小林研究員が熱心に議論していた。
和也はヨクルトをチュウチュウと飲みながら裸足のまま廊下を走り、地下四階の戦闘部隊室に向かって階段を駆け上った。
和也が戦闘部隊第一班の部屋の扉を開けると、ロッカールームの中では隊員たちが思い思いの格好で四つの応接セットに座って、将棋を指したり本を読んだりしていた。右手の六畳の和室ではマージャンをしている。奥の作戦会議室のドアは閉まっていて、ドアノブに「本日自習」の札が掛けられていた。山本班長が不在なのだろう。
和也が肩で息をしながらロッカールームに入ると、和室の横の簡易キッチンからガシャンと何かが割れる音がした。晃が持っていた湯呑を床に落とし、和也を指差しながらワナワナと震えていた。その横で村木があんぐりと口を開けている。昼食休憩前にも関わらず早くも昼食を食べ終えたのだろう、キッチンの流しには空のどんぶり鉢がふたつ並んでいた。
「出た! 和也さんの幽霊が! こんな昼間から・・・人体実験がよっぽど悔しかったんだ・・・南妙法蓮華経南妙法蓮華経・・・どうか成仏してください。悪いのは・・・えーと・・・村木さんです」
「わわわ・・・何で僕なんだよ。神藤、恨むなら晃を恨め。冷蔵庫に入れてあったお前のヨクルトを勝手に飲んだのは晃だ」
「そんな・・・二本のうち一本は村木さんが飲んだんじゃないか。黙ってれば分かりゃしないって」
「晃、見ろ! 神藤の幽霊がヨクルトの空容器を二個持っている・・・そんなにヨクルトに未練があったのか。すまん! 神藤、僕が悪かった。いくら晃が先に飲んだからといって・・・」
「先に飲んだのは村木さんじゃないか!」
恐怖におののきつつバカな掛け合いをしている晃と村木に、和也はユラリと近づくと、ヨクルトの空容器を簡易キッチンの横のゴミ箱に捨てた。
「晃も村木さんも何バカなこと言っているんだよ、私は生きているよ。ほら、足だってある」
和也はそう言うと右足を上げてパンパンと叩いた。
「本当だ・・・和也さん、生きていたんだ。よかった」
ホッとした顔の晃が和也の肩に手をかけようとしてビクッと止まった。
「ちょっと待てよ、そういえばゾンビには足があったな。ねえ村木さん」
「古くはキョンシーとか・・・。晃、バイオハザード見た? あれも生きる屍が襲ってくるんだよな」
「不死身と言えば、ジェイソンは生きていたんですよね」
「アイスホッケーの面を被った殺人鬼のヤツね。・・・何と! 晃、今日は十三日の金曜日じゃないか! 神藤は生きていた!」
「ギャー!」
完全に遊んでいる。
和也はダメだとばかりに首を振ると、自分のロッカーを開けて中に入れてある私服に着替えた。晃が声を掛けた。
「あれ、和也さん、もう帰るの? まだお昼前だよ。山本班長は出張で一日いないから、今日は全員自習。暇だからトランプでもやろうよ。そんでもって、夜はチャッピーに繰り出して快気祝いで盛り上がると。どう? これで」
「晃、私はこれからちょっと出かける。もしも、デス博士が私を探しにきたら、知らないと言ってくれ、頼んだよ。チャッピーの集合は午後六時? 了解、用事を済ませたら駆けつけるよ。そうだ、晃、IDカードを貸してよ。私のカードは医務室で失くしたみたいなんだ」
晃は自分のIDカードを和也に渡すと、心配そうな声を出した。
「ねえ、和也さん、何か思いつめたような顔をしているけど、大丈夫? いつもの和也さんじゃないような・・・。あのう・・・チャッピーのつけのことなら心配しなくていいよ。いざとなったら村木さんからお金をもらうから」
「あげません! 何回も言わせるんじゃないよ」
晃の後ろから村木が声を上げた。和也はアハハと笑ってから、「それじゃあ」とふたりに声を掛けてロッカールームを出た。
「何かあるな」
和也の背中を見送った村木が神妙な顔をしてポツリと言った。
「やっぱりヨクルトを勝手に飲んだことを怒っているんだ」
晃がしょんぼりと肩を落とした。
「晃、違うよ。医務室に関係がありそうだ。行方不明の間に何かがあったんだ」
「やはり、人体実験? と言うことは、さっきの和也さんはにせもの」
「あり得るな。よし、今晩チャッピーで浴びるほど酒を飲ませて正体を暴いてやろう。晃、覚悟しておけよ」
「ラジャー。それでは夜に向けて体力温存のため少し横にならせていただきます。五時になったら起こしてください」
晃は六畳の和室に上がり込むと、押入れから布団を引っ張り出し、マージャン卓の横で頭から布団を被った。ジャラジャラと音を立てるマージャン卓の横で、晃は早くもスウスウと寝息を立て始めた。
和也は喫茶店優駿のドアを開けた。カランと音がした。
「いらっしゃーい」
馬のいななきのような女性の声がした。カウンターの中で千春が神藤を見てニッコリと笑った。唇から飛び出した出っ歯がきらりと光った。
「あら神藤さん、お久しぶり。言っておくけど、千夏はいないわよ」
和也は「ご無沙汰です」と言いながらカウンター席に座った。
「ランチセット、飲み物はホットコーヒーでお願いします」
そう言いながら店内を見回すと、相変わらず客はひとりもいない。
「今日はどうしたの、平日のこんな時間に。早引け? ずる休み? まさかクビ?」
カウンターの中で何かを炒めながら千春が声を掛けた。ガコガコとフライパンを振る音が響いてくる。
「はあ、仕事のような仕事でないような・・・。あのう、片岡さんはみえられますか」
「片岡さん? お昼時だから、もうすぐランチを食べにくると思うけど。片岡さんに用事なの?」
和也が首を縦に振ろうとしたとき、カランと音がした。白のタンクトップの上に革ジャンを羽織り、ジーンズをはいた片岡が店の中に入ってきた。
「千春ちゃん、今日のランチは?・・・焼きチャーハン? チャーハンを更に焼いた究極のパラパラがやみつきに・・・美味そうだ、それ大盛で。飲み物はいつものやつで・・・ん? 誰かと思えば神藤じゃないか。どうしたんだよ、ははあ、とうとうクビか」
片岡はニヤニヤ笑いながら和也の隣の席にドサリと座った。
「違いますよ。まだ働いています、非常勤ですけど。実は折り入って片岡さんにお話ししたいことがありまして・・・」
和也が言い終わる前に、片岡は両掌を身体の前で広げてストップのジェスチャーをした。
「神藤、みなまで言うな、分かっている。しかしな、神藤。チャッピーのつけの始末を俺に相談しようったって、それは無理だ。俺も金がない。神藤、おやじさんに頭を下げて謝れ。そして分割で支払いしますと言えば、おやじさんも鬼じゃない、ガイコツだ、分かってくれるさ」
片岡も完全に勘違いしている。やはり晃や村木と同類なのだ。
「違います。チャッピーのつけの話じゃありません。それに、チャッピーのつけはそんなに大した金額じゃあ・・・ない・・・と・・・。何だか心配になってきた、この件は後でじっくりご相談させていただくとして、今日のお話は全くの別件です」
「別件?」
「ええ、片岡さんのお仕事、世界平和に関することなんですが」
「世界平和だと?」
片岡の暑苦しい顔がキリリと締まった。ふたつに割れた顎がやけに頼もしく見える。
「なにか難しそうな話をしているけど、はい、ランチ。とにかく食べてからにしなさいよ」
千春が大きなどんぶり鉢に山盛りの焼きチャーハンをふたりの目の前に置いた。片岡が早速スプーンを掴んで、焼きチャーハンをワサワサと口の中に掻き込んだ。
「うん、美味い、美味いけど・・・口の中の、いや身体中の水分が全部吸い取られていく・・・水、水を早く! コップじゃダメだ、バケツで!」
片岡がどんぶり鉢を片手に呻いた。片岡の顔が見る見るうちに水分を失って干からびていく。ミイラの呪いだ。和也はその様子を見て、口元まで運んだ焼きチャーハンを口に入れようかどうしようかと迷った。しかし、ここまできたら仕方がない。和也は目をつぶって焼きチャーハン口に入れた。
三十分後、何とか焼きチャーハンをたいらげた和也と片岡は食後のコーヒーを飲んでいた。
「これは私がドボンデズの兵器開発室にある隔離用ブースの中で聞いた話ですが・・・」
和也はデス博士と小林研究員の会話の内容を片岡に伝えた。片岡はズルズルとコーヒーを啜りながら聞いている。片岡の顔に真剣な色が浮かんだ。
「なるほど、新型コロナウイルスの蔓延とワクチン接種の裏にそんな秘密が隠されていたとはな。人口統制と簡単に言うが、とんでもないことだぜ。高齢者をターゲットにした大量殺人だ。黒幕はおそらく政府関係者だろうな、話が大きすぎる。証拠はデス博士と小林研究員が握っているんだな。それと、デス博士たちはワクチンを接種した人の遺伝子に取り付いている寿命短縮機能を無効にする方法を開発しているのか。神藤、そのことが黒幕に知られたら、デス博士と小林研究員は抹殺される。こりゃあうかつに動けないぞ」
「どうしましょう」
「少なくとも、デス博士が寿命短縮機能を無効にする方法を開発して、それを実行するまでは静観するしかないな。寿命短縮機能が無効になれば、人口統制計画とやらは失敗だ。その後で、黒幕の正体を暴いて証拠を突きつけて裁く。これ以外にないだろう。神藤、デス博士が寿命短縮機能の無効方法を完成させるまでには、どのくらいかかりそうなんだ」
「さあ・・・素人の私には何とも」
片岡は腕を組み、目をつぶってしばらく考えていたが、キッと目を開けるとキッパリと言った。
「よし、世界平和のために俺が一肌脱ごう。デス博士と小林研究員は俺が守る」
「正義の使者が悪の秘密結社を守るとは、何とも不思議な感じですね」
「世の中、何かが間違っているんだろうなあ」
千春が片岡の前にマイクを置いた。カウンターの後ろの大きなカラオケ装置がギラリと光った。
「何よ、ふたりとも柄にもなく真面目な顔しちゃって。気晴らしにはカラオケで大声出すのが一番。まだお昼すぎだけど、ビールを飲みましょうよ。チャッピーの冷蔵庫からビール持ってきてあげる。え? 女は無口な人がいい? 失礼ね。神藤さんも暇でしょ、一緒に歌いましょうよ。午後六時にチャッピーで待ち合わせ? 時間になったら連れて行ってあげるわよ」
和也は昼間からしこたまビールを飲み、片岡と肩を組んで喉が枯れるまで歌った。片岡と千春が並んでデュエットしている姿を見て、和也はやはりふたりはお似合いのカップルなのだと確信した。マイクを握るときに立てた小指と小指が絡み合っている。割れ鍋に綴じ蓋も結構幸せなのだ。
内閣府大臣官房総務課特殊危機対策室は千代田区永田町の内閣府庁舎の地下三階にある。内閣情報調査室の別動部隊として極秘裏に創設された組織である。内閣情報調査室、公安調査庁、警察庁警備局、外務省国際情報統括官組織、防衛省情報本部といった日本の諜報組織が取り扱わない『特殊危機』を担当する部署である。例えば、世界征服を企む悪の秘密結社とか・・・。活動の一環として、防衛省大臣官房企画課平和維持対策室と相互に連携を図っている。といっても、月に一回の電話連絡程度だが。
特殊危機対策室の西城統括対策官の机の上のパソコンにメールが届いた。差出人は出口里美、全国に散らばる情報収集網である嘱託情報収集官のひとりである。本業はヨクルトレディー。ドボンデズに関する情報を収集してくれるのだ。
西城はメールを開いた。
『西城統括対策官様 おはようございます。嘱託情報収集官の出口です。ドボンデズの兵器開発室で入手した資料、デス博士と小林研究員の会話内容のメモ、画像資料の三点を添付ファイルにて送付します。内容は難しすぎて私には理解できませんでしたが、感染性の細菌をバラまくだとか寿命を短くするだとか洗脳だとか、何やら恐ろし気な言葉が出てくることが気がかりです。まあ、いつものドタバタかも知れませんが・・・ご参考までに。嘱託情報収集官 出口里美 追伸:新製品ウルトラジョジョ発売開始。ウルトラ乳酸菌三兆個入りです。一本二百円、是非一度お買い求めください』
西城はメールを読んでフフンと笑った。
「ウルトラ乳酸菌が三兆個も入っているのか・・・いや違う、そっちじゃない。添付ファイルは・・・」
西城は添付ファイルの資料に目を通してがく然とした。
「こんなことが・・・新型コロナウィルスワクチンを使った人口統制だと! あり得ない・・・狂人の妄想だ。しかし、もし本当なら大変なことだぞ。そうだ、内閣情報調査室の野口に相談してみるか」
西城俊樹は四十三歳、国家公務員上級職試験採用のいわゆる『キャリア組』だが、警察庁時代に酒の上での失敗により出世コースから脱落し、現在では特殊危機対策室の統括対策官などという閑職に追いやられている。内閣情報調査室参事官の野口一郎は西城と同じ警察庁キャリア組で、西城とは同期でありながらカミソリと呼ばれる頭脳とたぐいまれな人心掌握術で出世コースのトップを走っていた。西城とは雲泥の差だが、同期のよしみで年に数回酒を飲む間柄なのだ。
西城は机の上の電話の受話器をとった。
「ああ、野口? 特殊危機対策室の西城です。どうも、久しぶり。お前のところは相変わらず忙しそうだな。・・・俺のところ? 暇だよ、知っているくせに聞くな。ところで、忙しいところ悪いんだけど、見てもらいたい資料があるんだ。これからそっちへ・・・ダメ? これから会議・・・そうか、それじゃあ夜はどうだ、久しぶりに酒でも飲みながら。・・・そんな昔の話を蒸し返すなよ、俺なりに反省しているんだ。・・・分かった、一時間だけな。場所は?・・・赤坂の料亭ひろみ、了解。それじゃあ八時に、うん」
受話器を下ろすと、西城は肩の荷が下りたような顔をして大きなあくびをした。これから夜の八時までどうやって時間をつぶそうか考えながら。
港区赤坂にある高級料亭『ひろみ』は高級官僚の御用達の店で、かつては官官接待、官民接待で賑わっていた店である。今は当時ほどの面影はないものの、国会議員への根回しや各省庁間の利益調整のすり合わせなど、少なからずニーズがあるようである。高い黒塀に囲まれていて道路から塀の中はうかがい知れないが、ひっそりとした門を抜けると、ここが都内かと驚くほど広い庭が目の前に現れる。離れのような座敷が築山や池を巡るように点在していて、それらを渡り廊下が繋いでいる。密談にはもってこいの店なのだ。
十畳ほどの座敷の中央に黒檀のテーブルが置かれ、その上に料理が並んでいた。先に着いた西城はチビチビと手酌で日本酒を飲んでいた。
スウッと襖が開いて、野口が顔を出した。細面の顔に鋭い目、髪の毛は綺麗に七三に分かれている。
「いや、遅れてすまん。個別の案件で官邸に報告に上がっていたら、こんな時間になってしまった」
野口は背広の上着を脱ぐと、西城の前にドカリと座った。
「なに、構わんさ、俺は暇だから」
「何だ、拗ねるなよ」
ふたりは軽口を言いながら乾杯をして、しばらくは家族の話や同期の動向などを話した。内閣情報調査室という仕事柄、酒の上で仕事の話をしないのが約束事である。
「ところで、俺に見せたいものとは何だ」
少し赤くなった顔で野口が言った。既に相当の量の酒を飲んでいる西城は、トロンとした酔眼で野口を見てから、ニヤリと笑った。
「面白いというか、俺には判断が付かない内容なので、お前に見てもらおうと思ってね。これだ、ドボンデズという悪の秘密結社から入手した資料なんだが、荒唐無稽かな?」
悪の秘密結社という言葉を聞いた瞬間に野口の顔に落胆の色が浮かんだ。そんな物のために俺を呼んだのかと言うような目で西城ジロリと睨んだ。
仕方ないという顔をして野口は資料を手に取ったが、資料の文字を目で追ううちに表情を引き締めた。無言のまま慌ただしく資料をめくる。やがてすべての資料に目を通すと、野口は呆れたと言わんばかりに大きくひとつため息を吐き、バカにしたような目で西城を見た。
「西城、お前こんなものを、よくも本気で俺に見せたもんだ。バカバカしいにもほどがあるぞ。悪の秘密結社とやらが作った資料をヨクルトレディーが入手しただと? そんなことを内閣情報調査室で口にしてみろ、俺も特殊危機対策室へ左遷だ。マッタク、頭を疑われるから、このことはこれ以上誰にも喋るんじゃないぞ。用事を思い出したから俺は帰る、お前は残った料理を食っていけ。ああ、ここの支払いは俺に任せろ。まったく、こんな話のために、時間を無駄にしたぜ」
面と向かって罵倒されて、西城は俯いたまま顔をあげることができない。野口が出ていくバタバタという足音を聞きながら「スマンスマン」と謝り、『支払いは任せろ』という言葉はしっかりと耳に残っているのだろう、さっそくお銚子に手を伸ばしている。ドボンデズの資料を野口が持っていったことに気付いていない。
料亭ひろみの玄関を出た野口は、黒塀に身体を寄せるとスマホを手に取った。
「野口だ。例の計画が外に漏れた。・・・ああ、気付いた奴がいる。そっちの対策は明日検討しよう。それと、特殊危機対策室の西城が計画に関する資料を見た。いま赤坂の料亭ひろみで酒を飲んでいる。何かしゃべられたら厄介だ、始末しろ。対策室にある奴のパソコンも処分だ・・・了解」
翌日の朝刊の三面に、泥酔した西城俊樹が駅のホームから転落して特急電車にはねられて死亡したという記事が小さく載った。
防衛省特殊兵器開発研究所内にある平和維持対策室のドアを開けると、埃っぽい臭いと共に冷気が流れ出てきた。片岡が部屋に入ると、椅子に座った結城室長が事務机の上に両肘を突いて、拝むような形に合わせた両掌をくちびるに当てた姿勢でジロリと片岡を見た。流れ出てきた冷気は結城室長が吐き出しているに違いない。片岡はビクリと背筋を伸ばすと、机の前のパイプ椅子に腰を下ろした。結城は人形のように微動だにせず、無言のまま片岡を見つめている。張りつめた静寂が室内に満ちていた。緊張に耐えかねた片岡がオズオズと口を開いた。
「お呼びだそうで・・・私に何か用事でも?」
結城のしゃがれた声が室内に響いた。
「片岡、貴様、私に隠し事はしていないだろうな」
「隠し事? 何のことか分かりませんが」
結城はフンと鼻で笑ってから続けた。
「内閣情報調査室から私のところへ連絡があった。ドボンデズに関する資料を一切合切寄越せと言ってきた。ドボンデズはお前が相手をしている秘密結社だよな、内閣情報調査室が関心を持つような活動を始めたのか」
「特にご報告するような目新しい活動はありません。ドボンデズの活動の近況は私が提出している日々の業務日報に記載しております」
「貴様の書いた業務日報を読んだが、内容が支離滅裂で意味が分からんから聞いているのだ」
「はあ・・・」
「ドボンデズの今後の活動計画は把握しているのか」
片岡は「もちろんです」と言ってジーンズの尻のポケットから手帳を引っぱり出すと、パラパラとページをめくった。
「えっと、十二月十日が幹部の忘年会、十二月二十三日が全体のクリスマスパーティー、十二月二十八日が仕事納めで年明けは一月四日にドロン首領の新年の訓示があります。それから新春ボウリング大会が・・・」
結城がドンと机と叩いた。驚いた片岡が持っていた手帳を落とした。
「そんなことを聞いているんじゃない! 作戦計画だ! 世界征服に向けた作戦計画はどうなっているのかと聞いているんだ」
「そちらは今のところ大きな動きはなさそうですが」
結城は情けないといった表情をしてドサリと椅子にもたれた。
「とにかく、内閣情報調査室から『今後はドボンデズに関わるな』と言うお達しがあった。片岡、分かったな。貴様も当分大人しくしていろ、以上だ」
結城はそこまで言うと横を向き、出て行けと言わんばかりに右掌をヒラヒラと振った。
今後はドボンデズに関わるなとはどういう意味だ・・・やはり、何かが裏で動いているようだ。まさか黒幕とやらにデス博士のことを感づかれたのか。片岡の頭の中で結城の言葉がグルグルと渦を巻いている。
片岡が平和維持対策室を出て廊下を歩いていると、背後でパタパタとスリッパの音がした。新型兵器開発班の有村技官が追いかけてきて片岡に声を掛けた。
「片岡君、丁度良いところにきてくれた。君、暇だろう。これから新兵器の試作品のデモンストレーションをやるんだ。人間兵器の君にも是非立ち会って欲しい。それと、君から言われていた特殊強化装甲装置の改良版も完成しているから、併せて機能テストをやろう」
有村技官は片岡の返事も聞かずに、片岡の手をグイグイ引っ張って地下演習場に通じるエレベーターに向かった。
陸上自衛隊習志野駐屯地の地下五十メートルに、周囲を分厚いコンクリートで覆われたサッカー場ほどの広さの地下演習場があった。第二次世界大戦中に造られた地下司令部跡を利用したもので、主に、特殊兵器開発研究所で造られた新兵器の極秘裏の機能テストに使用されていた。
片岡は地下演習場の脇の控室で有村技官から手渡された特殊強化装甲装置の改良版を装着していた。パチンパチンと留め具を止める音が室内に響いている。その様子を見ながら、有村技官は満足そうに頷いた。
「どうだい、片岡君。装着が非常にスムーズになっただろう。何せ、留め具の数を半分に減らしたんだからね。外部から苦情の多かった体形変化に要する時間が短縮できるはずだ」
片岡は留め具を止めながら首を捻った。
「体形変化時間は短くなりますが、装甲強度は強化されたんですか」
「装甲強度? そっちは無理。何せ人間兵器の開発予算が削減されちゃったから、そっちまで手が回らないの。逆に、留め具の数が減った分、衝撃には弱くなっているかも知れないね。パカッと外れちゃったりして・・・ハハハ」
有村技官は他人事のように・・・当然他人事だが・・・笑った。片岡は憮然とした顔で有村技官を見ていたが、諦めたように頭部ユニットを被り留め具を止めた。
「さてと、片岡君」
「月影です」片岡のくぐもった声がした。
有村技官は控室から演習場に通じる分厚い鋼鉄製の扉を開けて、演習場を指差した。
「それじゃあ、月影君。演習場の中央に進んでください。正面にブルーシートを掛けた新兵器の試作機が置いてあるのが見えるでしょう、それの二十メートル手前で止まってください」
月影が演習場に出ると、背後の鋼鉄製の扉がズウウンという音を立てて閉まった。月影が振り返ると、特殊強化ガラスをはめ込んだ半地下のようなサイロの中に軍服を着た複数の男たちが立っていて、ガラス越しに演習場を見ていた。ガコンという大きな音と共に演習場の天井にある照明が全て点いて、演習場内は真昼のように明るくなった。
場内スピーカーから、キーンというハウリングの音に続いて有村技官の声が響いた。
『それではロボット兵器試作機『昇龍』の性能テストを・・・あ、併せて人間兵器用特殊強化装甲装置の改良版の性能テストを開始します。ブルーシート除去、昇龍起動。月影君、よろしくね』
ブルーシートが取り払われて、昇龍の姿があらわになった。地表から頭頂部までの高さは二メートル五十センチ。頭部は人間のような形をしているが鼻と口はなく、大きなマスクをして二つの目だけを出しているように見える。その両目の瞳にはスマホのカメラのように三つのレンズが中央に固まって配置されている。昇龍の両目に付いている三つのレンズは、広角光学レンズ、遠近ズーム光学レンズ、暗視用赤外線感知レンズで構成されている。頭部は胴体部分にめり込むように設置されていて首は見えない。大胸筋を模した胸部の下にややくびれた腹部が付いている。胸部の側面には四本の腕が付いていて、上の二対の腕(第一腕)は汎用武器を持てるように五本の指が付いている。下の二対の腕(第二腕)は肘から先が口径二十ミリのリボルバーカノン(機関砲)になっていて、背中に付いたランドセルのような弾倉と繋がっている。頑丈な腰の下には先のとがった蜘蛛のような八本の脚が付いていて、平地はもとより急斜面の崖や階段も昇降できるようになっている。身体全体が黒々と光っているのは特殊装甲板に覆われているからだろう。
強力な兵器と装甲に加えて、人工知能を搭載していて、指令に基づいて自動的に敵味方を識別して自らの判断により最適な攻撃方法を選択することができる。将来の陸上戦闘において人間に代わって戦闘を行うロボット兵器である。
恐ろしげな昇龍の姿を見た月影は、慌てて半地下のサイロの前に走り寄った。こんなやつを相手にするのは願い下げだ。
「ちょっと待ってください。性能テストっていったい何をするんですか。こっちは何も聞いていないですよ」
サイロの中の有村技官は無表情のまま『後ろを見ろ』といわんばかりに月影の背後を指差した。月影が振り返ると、昇龍が蜘蛛のような八本の脚をワサワサと動かしながら高速で月影との距離を詰めていた。
あっと思った瞬間、昇龍のリボルバーカノンが火を噴き、月影は胸に当たった銃弾の衝撃で後方に吹き飛ばされた。性能テスト用の模擬弾を使用しているとはいえ、至近距離から発射された威力はすさまじい。月影は地面に仰向けに倒れたまま被弾した部分に手を当てた。模擬弾だから助かったものの、実戦用の徹甲弾ならどうなっていたか分からない。
月影が顔を上げると、演習場のあちこちで性能テスト用の人型標的がピョコピョコと立ち上がり、その度に昇龍の放つリボルバーカノンの銃弾の餌食になっていた。
「おのれ昇龍。お前に恨みはないが、俺にも戦争兵器の先輩としてのプライドがある。月影チョップをお見舞いしてやるから覚悟しろ!」
月影は背中を見せている昇龍に向かって猛然と走った。知覚センサーにより動く物体を感知した昇龍が素早く振り返り、月影に向かってリボルバーカノンを乱射した。月影の装甲が模擬弾を跳ね返す。月影は昇龍の三メートル手前で宙に跳ぶと、昇龍の頭部目掛けて月影チョップを叩き込んだ。
「決まったな」
地面に着地した月影が自慢げに呟くのと同時に、昇龍は二本の第一腕で月影を掴み上げると後方に投げ飛ばした。月影は三十メートルも離れた地面に叩きつけられた。地面に倒れた月影に見向きもせず、昇龍は次の人型模型に照準を合わせた。
ものの五分も経たないうちに演習場内の全ての人型模型が撃ち抜かれた。演習場内に静けさが戻り、硝煙の臭いだけが薄っすらと漂っている。
『性能テスト終了、昇龍シャットダウン。月影君、ご苦労様でした』
演習場内に有村技官の声が響いた。その声の後ろで誰かが『人間兵器は大したことないね』と言い、賛同するような笑いが起こった。
月影は暗澹たる思いで運搬車両に載せられて運ばれて行く昇龍を見送った。全く歯が立たなかった。戦争兵器の先輩としてのプライドは無残にも打ち砕かれたのだ。有村技官が言ったように人間兵器に関する予算は削減され、それはすべてロボット兵器の開発につぎ込まれることになるのだろう。
昇龍に搭載されているAIチップの回路のひとつが、月影チョップの衝撃で切断されたことに誰も気づいていない。
昇龍の性能テストが行われた日の夜。赤坂の料亭ひろみに六人のキャリア官僚が集まっていた。内閣情報調査室参事官野口一郎を始めとして、総務省大臣官房秘書課長広瀬忠道、財務省主計局主計官清原誠司、経済産業省経済産業政策局総務課長里中賢太郎、厚生労働省大臣官房参事官水山悟、防衛省情報局市川公介一等陸佐。彼らは四十歳代半ばの中堅官僚で構成された『敬天会』の中心メンバーである。
いずれも各省庁の出世コースのトップを走っている精鋭逸材で、省庁の垣根を超えて国家のあるべき姿や国内・国外の諸課題に対する対応方針について議論を交わしていた。彼らは自らを憂国の士であると自認していて、彼らが考える国家像やあるべき政策が現実と乖離していることに強い不満と危機感を抱いていたのである。
彼らが主要局長や事務次官といった官僚組織の中枢として実権を握るまであと十五年はかかる。それまでにこの国はいかんともしがたい方向に進んでしまって、手の施しようがなくなる。そうなってからでは手遅れなのだ。彼らは憂国の士としての強い信念の下、ひとつの計画を実行に移していた。
『人口統制計画』である。
この国は超高齢化という病魔に侵されている。厖大な社会保障関連予算は毎年増え続け、国家予算を圧迫し硬直化をもたらしている。超高齢化により社会活動は停滞し、国民の資産が高齢者層に遍在する結果、若者層の貧困を生み社会の活力を削いでいる。
このまま何も策を講じなければこの国は高齢者に食いつぶされてしまう。医療の高度・充実化は社会的な受け入れ態勢が整う前に、生物として自立した活動ができる限界を超えた寿命を人に与えてしまったのだ。その結果、いびつな年代別人口比率をもたらした。民主主義という政治体制は人口の大半を占める高齢者の意向を反映させることになる。高齢者に偏重した手厚い政策が行われることを、現在の民主主義下の政治体制では止めることができない。
行き過ぎた超高齢化社会を是正して理想的な年代別人口構成比を実現することで、社会保障費を抑制して予算の硬直化を解消し、年代別人口構成比のバランスを是正することで経済の循環を促し、各年代にバランスのとれた予算配分と適切な政策を実現する。このためには、現在の中心的主権者の立場にいる高齢者層からの反発を招かない形で、年代別人口構成比のバランスの是正に意図的かつ速やかに取り組むことが必要である。これを実現するのが『人口統制計画』である。
意図的に感染症のパンデミックを創出し、その対応策として国民にワクチン接種を促す。寿命短縮化機能を組み込んだワクチンを接種することで、国民は遺伝子上に時限爆弾を埋め込まれたと同様になる。一定の年齢に達することで発動する遺伝子上の時限爆弾は、細胞のアポトーシス(自死)を促して自然死にしか見えない形で人を死に追いやる。誰にも気づかれずに、誰にも疑われずに高齢化社会の是正を図ることができるのだ。某国の細菌兵器研究所で開発された感染症を元にして、某製薬会社に多額の利益を約束して寿命短縮化機能を組み込んだワクチンを開発させた。敬天会のメンバーは同様の問題意識を持つ外国の官僚グループとも連携して、全世界的な人口統制計画が秘かに実行に移されたのだ。
野口は床の間を背にして黒檀のテーブルの前に座っていた。床の間には『敬天愛人』の書が掛けられていて、一輪挿しの花瓶には血の色のように赤い山茶花が活けられていた。野口は杯で日本酒を口に含みながら、残りのメンバーの顔を順に見渡した。野口の低い声が響いた。
「今夜集まってもらったのは他でもない。人口統制計画の存在が外部に漏れたのだ」
残りのメンバーの動きがピタリと止まった。全員の目が野口に向けられている。野口が続けた。
「計画に気付いたのはドボンデズという組織だ。詳しい資料は各自の前に置いてある封筒の中に入れてあるから参考にしてほしい。それと、内閣府の特殊危機対策室の西城がドボンデズの活動報告という形で人口統制計画を知ったので、こちらは昨晩のうちに手当てした。情報を入手した嘱託情報収集官の女性についても対応を指示済みだ」
財務省の清原が落ち着いた声で言った。
「それで、これからどうするつもりだ」
「ドボンデズという組織の中で実際に人口統制計画に気付いたのは、デス博士と名乗る科学者とその部下の小林という研究員の二名だ。デス博士というのはみんなも聞いたことがあると思うが、元東都大学医学部教授の尾畑隆一郎のことだ」
厚生労働省の水山が顔をあげた。
「尾畑隆一郎? ああ、万能細胞とやらを使って人体実験をして学界から追放された尾畑教授か。なるほど、尾畑教授は人工細胞と遺伝子操作分野の世界的権威だ。彼ならコロナワクチンの仕掛けに気付くこともあり得るだろうな」
「しかも、これは伝聞情報だが、デス博士は人口統制計画をぶち壊そうとしているらしい」
「ぶち壊すだと? 既にワクチン接種は終わっているんだ、計画自体は完了している」
違うとばかりに野口は首を振った。
「デス博士は、遺伝子上に付着している寿命短縮機能を無効化させる仕掛けを開発しているらしい。それを感染症病原菌に組み込んで、この感染症を蔓延させるつもりだ」
水山の顔が朱に染まった。
「そんなことをされたら、我々のこれまでの苦労は水の泡だ。他国の同志にも顔向けができん。何としても阻止しなければならない」
「そのとおりだ。ドボンデズを壊滅させてデス博士と助手の小林を抹殺し、研究資料は全て廃棄する。しかも速やかにだ」
野口はそう言うと防衛省の市川の顔を見た。市川は野口から渡された資料に目をやりながら事務的に言った。
「場所は新木場・・・市街地から離れているし、ヘリコプターが着陸できる空き地もあるな。よし、陸上自衛隊の特殊作戦群から小部隊をテロ組織壊滅の名目で突入させよう。テロ対策や人質救出といった局地作戦を専門にしているから、非武装の民間人組織なら短時間で制圧できるだろう。そうだ、昇龍のテストもしてみるか・・・。よし、こちらの手配は任せてくれ」
「よろしく頼む。警察と公安には私から話を通しておく。決行は十一月三十日午前十一時としよう。この日は月に一度のドボンデズの幹部会で首領を始め幹部全員が集合するから好都合だ。・・・ああ、酒が冷めたな、熱いやつをもらうか」
野口は仲居を呼ぶために手を叩いた。
前日は昼間から優駿で片岡や千春と一緒にビールをしこたま飲み、午後六時からはチャッピーに河岸を変えて晃と村木に合流してしたたかに酒を飲んだ和也は、戦闘部隊第一班のロッカールームの奥の六畳間で布団に包まっていびきをかいていた。その隣で晃と村木も横になったままピクリとも動かない。いつものように泥酔してチャッピーを出た三人は、青雲寮に帰ると翌朝遅刻すること間違いなしと思ったのだろう、そのままアジトの建物に入り、自分たちの班のロッカールームで寝てしまったのだ。案の定、山本班長が姿を見せる午前八時五十五分になっても、まだ三人は起きる気配がない。
ガチャリとドアが開く音がして山本班長がロッカールームに入ってきた。そのまま部隊員が集合している作戦室に向かおうとした山本は、六畳間から聞こえてくるいびきに気付いて足を止めた。
「あれは村木と五十嵐じゃないか、こんなところで寝ていやがる。五分前精神を何だと思っているんだ。おのれ・・・根性を一から叩き直してやる! オイ、村木、五十嵐、起きろ!」
山本はスリッパを脱いで六畳間に上がると、眠っている晃と村木の頭に火の出るようなげんこつを食らわせた。衝撃で頭蓋骨が二ミリほど凹んだに違いない。
「グワッ」「ウウウ・・・」
晃と村木が頭を抱えて起き上がった。
「あっ、山本班長・・・おはようございます。いま何か頭に衝撃が走ったような気がしたんですが、山本班長何かご存じですか」
村木が頭を擦りながら寝ぼけ眼で山本に尋ねた。山本のゴリラのような顔が朱に染まり、こめかみにミミズのような血管が浮き上がった。
「気がしただと? 村木、お前の神経伝達回路はどうなっているんだ。ようし、今度は確実に認識させてやる。痛みとは何かをな・・・」
山本は憤怒の表情でボクシングのグローブのような大きなこぶしを振り上げた。よく見ると、晃と村木の他にもうひとりいる。
「何だ、もうひとりいるのか。誰だ!」
山本は掛け布団を剥ぎ取ると顔を覗き込んだ。二日酔いで半死半生の和也の顔は赤黒くむくんで、両目とくちびるは腫れあがっていた。和也を見た山本の顔が恐怖で引きつった。
「ヒッ、神藤・・・アワワ・・・たしか死んだはずだ。幽霊? 神藤の幽霊なのか。こんなに朝早くから出るなんて・・・。顔が・・・人体実験で顔が腫れ上がっている。苦しかったんだな。分かった、神藤。成仏してくれ。ナンマンダブナンマンダブ・・・悪いのは・・・えーと・・・村木だ」
「わわわ・・・。と言うか、これ昨日やりましたよ」
村木が冷たく言った。
「え?そうなのか。・・・ああ、神藤に足があるじゃないか。まさかゾンビじゃあ・・・」
「それも昨日やりました。ちなみにジェイソンもダメですからね」
今度は晃が白けた表情で言った。山本は不満げに下唇を突き出した。
「何だよ、村木も五十嵐も付き合いが悪いじゃないか。まあいいか、神藤が生きて戻ってきたことは俺にとってもうれしいことだ。いかん、九時を過ぎてしまったじゃないか。とにかく村木、五十嵐、作戦室へ集合しろ。神藤は?・・・ダメ? 動けない?・・・しかたがない、どうせ使い物にならんだろう。昼までそこで寝とけ」
山本はそう言うと、村木と晃を引きずるようにして作戦室に向かった。
十二時十五分。昼食休憩のチャイムが鳴ると同時に起きてきた和也は、晃と村木と一緒に食堂に入った。今日の日替わり定食は関西風きつねうどんといなり寿司のセット。二日酔いで荒れた胃に優しいメニューだ。三人は食堂のテーブルに並んで座って、ズルズルとうどんを啜り込んでいた。
「ふう、やっと酒が抜けてきた。まったく、晃も村木さんも無茶するよ、あんなに飲ませて・・・死ぬかと思った」
「和也さんがなかなか正体を現さないから・・・いやいや、チャッピーにきたときには既に出来上がっていたじゃないか。ねえ、村木さん」
「そうだぞ神藤。千春さんの肩に寄り掛かった姿でチャッピーのカウンターの中から出てきたときは、これで神藤のつけは帳消しかと思ったもんだ。なあ、晃」
「村木さんのおっしゃるとおり。自分だけチャッピーのつけから逃れようなんて虫が良すぎますよ。そうだ、和也さん、お金を貸して・・・いや、お金をください」
「神藤、僕にもお金をください」
「晃も村木さんも何を言っているんだよ。私にお金がないことは知っているでしょ」
「お金をください」
「お金はありません。何度言ったら・・・」
チャッピーの常連バカ三人組が掛け合い漫才をやっていると、デス博士と小林研究員が食堂に入ってきた。入口の券売機で食券を買って日替わり定食の列に並んだデス博士と小林研究員がボソボソと話をしている。
「デス博士、何とかなりそうなところまでこぎつけましたね」
「うむ、Kウィルスほどの感染力は望めないが、新型コロナウイルスの十倍の感染力ならよしとするか。一度、人体で実験してみよう。実際の細胞内での無効化機能の働きも確認しておきたいからな」
「人体実験・・・いけない、神藤のことをすっかり忘れていました。兵器開発室の隔離用ブースの中に置きっぱなしにして、水も食事も与えていない。ひょっとして今頃は」
「ひょっとして?」
「血を相当抜きましたからね、体力が弱っているところに飲まず食わずでは・・・生きていないでしょう」
「それじゃあ新しい被験者を確保しなければならんじゃないか。マッタク、診察のふりをして捕まえるのは大変なんだぞ。それに、最近はよからぬ噂が広まって診察室に誰も近づかなくなった。ウーン、どうするか」
デス博士と小林研究員は日替わり定食を載せたお盆を持ってテーブルについた。目の前の席では、食べ終わった三人組が腰をあげずに何やらワイワイと騒いでいる。食堂では静かにしろと怒鳴りたい気持ちを抑えて、デス博士は目の前の男に声を掛けた。
「君、そこの七味唐辛子の瓶を取ってください・・・ああ、ありがとう」
七味唐辛子の瓶を渡した和也と、瓶を受け取ったデス博士の目が合った。
「ヒイイ! 神藤の幽霊が! 餓鬼だ、餓死した神藤が餓鬼となって現れた。アーメン・・・神藤君、恨むんじゃないぞ、悪いのは・・・小林研究員だ」
「わわわ・・・ん? デス博士、神藤の幽霊には足がありますよ。ほら席を立って逃げようとしている」
「まさかゾンビでは・・・Kウィルスによって脳が侵されて生きる屍となって・・・。とまあ、バカバカしいお付き合いはこれくらいでいいだろう。小林研究員、神藤を逃がすな。捕まえて隔離用ブースへ放り込んでおけ。うどんがのびる? そんなことを言っている場合ではない!」
小林研究員に羽交い絞めにされた和也は、晃と村木が呆然と見送る前を隔離用ブースに向かって引きずられて行く。
「晃、今度という今度は、神藤はダメそうだな」
「はいな、村木さん。それじゃあ今夜は和也さんをしのんで、チャッピーでしめやかに一杯やりますか」
晃と村木はうどんのつゆの臭いのするゲップをすると、神藤に背を向けた。ふたりの背中に和也の「助けてくれー」という声が届いた。晃が振り返った。
「アディオス、和也さん。和也さんの仇は今晩チャッピーでとってやりますから、安心して人体実験に勤しんでください。悪いのは全部・・・村木さんですからね」
晃はそう言うと寂しげに片頬で笑った。
(第四話おわり)
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