第二話  空母着任

 ――戦没者追悼石碑前。式典会場。


「本日は戦没者追悼式典にお越しいただき、ありがとうございます。隣国、アドゥラーバ共和国との戦争から、早くも二年が経ちました。本日は、あの戦いで命を落とした兵士たちを悼み、そしてこれからの――」


 壇上で演説する白髪頭の男を横目に、ストーンは腰を落として兵士たちの列の最後尾に滑り込んだ。帽子のつばを深くかぶり、来賓の影に隠れるように身を縮める。

 式典は粛々と進み、演説が終わると退役軍人の挨拶が続いた。やがて、式は静かに幕を下ろす。式典終了後、上官からの叱責を避けるように足早に乗ってきたビーグルへ向かった。


「リリー少尉」


 背後から呼び止められた。

 誰だ、俺の前で呼ぶ馬鹿野郎は。

 彼は、苛立ちを隠せず振り返った。


「だから名前で呼ぶなって……提督?」


 そこにいたのは壇上で演説していた男

 ――帝国軍務大臣兼帝国軍最高司令官、ルシアン=デブロー。

 デブローは陸・海・空軍の最高責任者だ。それに軍務大臣を兼任し、帝国の武力の全権を握っている。

 その男が腕を後ろで組み、まるで待ち構えていたように立っている。


「式典に遅刻とは、大した肝の据わりようだな、少尉」


 その一言に、ストーンは口を噤む。


「昨年に続いてまた不祥事。殉職した兵士を悼む心さえないのか、貴様は。軍人の前に人としておかしいのかもな」


 その言葉に苛立ったのかもしれないが、煽り返すようにデブローに言い放つ。


「あんたこそ、人を売って手に入れた椅子は座り心地がいいか?」

「少尉、口の利き方に気をつけろ。本当にクビになりたいのか?」

「どうぞご自由に。あんたの不正の数々を公に公表してから辞めてやるよ」

「お前の言葉など、誰が信じる?司令官の椅子に今なお私が座っていることが、潔白の証だ。私が貴様を嵌めた証拠など、どこにもない」


 言葉同士がぶつかり合い、火花が散る。デブローは顔には出さないがストーンの生意気な態度にひどく苛立っていた。

 その緊迫を破るように、遠くから駆け寄ってくる足音。


「ストーン……と、提督!? なぜこんなところに……」


 駆けつけたマシロが敬礼をし、少し離れた所で立ち止まる。


「いや、たまたまリリー少尉を見かけてね。談笑していただけさ」


 デブロー提督は先ほどまでの険しい表情を消し、穏やかに笑ってみせる。一瞬ストーンを一瞥したが、すぐに逸らした。


「では、私はこれで――ああ、そうだ、リリー少尉」


 立ち去ろうとしたその時、思い出したように振り返る。だが、そのタイミングは偶然ではなく、最初から狙っていたようにも見えたが。


「先ほどの無礼な態度は水に流そう。その代わり、君に辞令だ。

 来週から帝国空母アイアンヴァルキリーが航行に入る。君を、艦載予定の戦闘機パイロットに推薦しておいた。私に無礼を働いた分まで、精一杯働いてくれたまえ」


 そう言い残して背を向ける。遠ざかる背中の口元が、薄く笑っていたのをストーンは見逃さなかった。

 マシロは近寄りながら苦笑し、頭をかいた。


「どう見ても、あれは私怨だよな」

「デブローは俺を、本気で消したいようだ」

「あの件まだ根に持ってんのか。まあ……前線行きのアイアンヴァルキリーに放り込むってのは、そういうことだよな」


 その夜、マシロに家まで送ってもらい、ベッドに沈み込むように横になった。

 目を閉じても、忘れたい記憶が頭の中を回り続ける。

 あの災禍の中で叫ぶものたちの景色。叫ぶ子供の声、助けを請う友人、あの血塗られた手を忘れられない。いや忘れてはいけないと体が言っているかのようだ。

 寝返りを打つ。静寂が耳にしみる。

 どうか、このまま目が覚めなければいい。そう思ってしまいたくなった。

 ――それから日にちが過ぎて一週間後。

 空母アイアンヴァルキリーを旗艦とした第五艦隊が出航する。

 これから六か月に及ぶ戦闘訓練、並びに長期航行演習――艦隊戦術の錬成と実戦対応力を高めるためのものだ。

 先のアドゥラーバ共和国の戦争時、半壊した第二艦隊を再編し空母アイアンヴァルキリーを筆頭にミサイル駆逐艦二隻、護衛艦二隻の四隻艦隊で空母の周りを取り囲む。

 ストーンは停泊中のアイアンヴァルキリーの鋼色の船を横目にタラップを上がっていく。

 バイロンダウト級、帝国空母アイアンヴァルキリー。

 全長約二百二十メートル。

 帝国で三番目に大きい空母であり、鉄の乙女の名を冠す。

 乗員二六〇〇名を収容できる、その艦は港の霧の中に静かに浮かんでいた。鈍色の装甲は、幾度もの戦闘の歴史を漂わせている。

 甲板の上には、艦載機がずらりと並び、格納庫からは絶えず整備員たちが機材を運び出している。整然とした無駄のない動きだ。

 ストーンは搭乗口に足を踏み入れた瞬間、肺が冷たく締めつけられるのを感じた。

 空気が違う。空気が薄いなどということではない。何処となく苦しく感じた。ストーンは空母に乗るのが初めてだからそう感じているかもしれない。

 だとしても、直感でそう思った。

 二年前の戦いでは数多くの戦闘機にミサイルを落とされ、兵士を特攻させる突撃攻撃を受け、駆逐艦からの砲弾の嵐を受けてなお、沈まなかった。このことから『不落の艦』と評された。

 帰港したときにはこの傷でよく動いたものだと専門家たちが唸っていたという。しかし、その傷も綺麗に塗装され、外面だけでなく中身も現代仕様に換装されている。

 二千人以上の乗組員と、これから海の上で共に生活していく。

 通路は肩狭く感じるが、生活上で困ることはないだろう。

 乗員居住区では、二人一部屋の相部屋だ。部屋と言っても簡易ベッドにカーテンで仕切っているだけの簡素なもの、自分のスペースなどはなく本を読むときなどは全てベッドの上で行わなければならない。

 まさしく寝るだけのスペースと言った所だ。士官クラスになるともう少し広いを貰えるらしいが。

 ストーンは担いできた荷物を藍色のシーツに降ろして荷解きを始めた。

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