両翼のレクイエム

誠ノ士郎

第一話  リリー=ストーンウォール

 十隻を超える艦隊が、甲板かんぱんから火を上げる。

 澄んだ藍色の海に静かに沈んでいく。爆発音とエンジンの重低音を鳴らしながら。

 それはまるで生き物が、最後に泣く遠吠えのように。

 人は海に飛び込み、海は体の温かみを奪う。海に落ちた者は意識を失い、ただ海底に沈んでいくのを見守るしかない。

 あたりはまさしく血の海となり、軍艦のオイルの匂い、人が焼けるような生臭さが鼻腔をつく。

これを我々は戦争と呼んでいるのだろう。

 リリー=ストーンウォール『戦線記』より抜粋。



 血しぶきを撒き散らしながら、右腕が両目の前を通り過ぎる。

 視線が自然とその腕を追ってしまう。そして脳が神経を通して信号を送り、それと同時に右腕の違和感に気づいた。次第に痛みと共に爆風に巻き込まれ土の上を何重も回転した。

 意識が朦朧とし焦点も合わない。体が異常に軽い。片腕で前へ進む。どこへ向かっているか、男にも分からない。

 次第に体が冷たくなり呼吸もゆっくりと鼓動し始める。

 天を仰ぎ、地元の空を懐かしむ。


「美しい空だ……」


 男はその一言、心臓は鼓動を止め、絶命した。

 土の上で、上半身だけの男が、再び爆風に巻き込まれ土塊と共に飛んでいく。

 紅く染まった白ゆりと共に。


「お……い!起きろ!起きろこの馬鹿!」


 鋭い怒声が耳の奥をついた。

 茶色い本革のソファに寝そべる男は、目を擦りながら怒声をあげた人物へ視線を向けた。

 ソファから体を持ち上げた男は、黒のショートカットで左右後ろを刈り上げ、清廉な青年の顔立ちにガッチリとした体つきだった。ノースリーブのシャツから鍛えられた体が覗かせている。


「今日、記念式典って言ったろ!リリー!」


 自分の名前を言われ、さらに眉間にしわを寄せて深く息を吐いた。

 リリー=ストーンウォールは齢二十三である。親がつけた名前を嫌っているためかリリーと呼ばれることを極度に拒否している。

 あの男がわざと名前を呼んだことぐらい分かっている。


「名前で呼ぶなって……マシロ」


 マシロを睨みつける。ストーンの怒った顔を見て焦ることもなく服を顔に投げつける。

 マシロ=アイアンハート。大人びた顔立ちに前髪をオールバックでかき揚げ、黒色の髪を靡かせている。

 細目で吊り上がった目元は苛立ちを帯びていた。


「早く着替えろ。ストーン、それとも少尉になったから浮かれてたわけじゃないよな?」


 わざとマシロに聞こえるように舌を鳴らした。しかし軽く受け流され、玄関先へ向かっていく。

 白色の詰襟の軍服に着替えて、階級バッチを左胸に付け帽子を深く被り準備を整えて、扉を開けた。

 自宅前に停車している軍専用自動車からストーンのことを催促している。自動車と言っても簡易的なビーグルのようなもので、一般的な軍の車よりは幾ばくか便利な機能がついている物だった。時期は四月末で本格的に夏場に直面しようとしている、軍服の通気性は皆無だ。

 ストーンは首もとをいじり、クーラーの空調を全開にする。


「お前のせいで提督はお怒りだ」


 マシロは後頭部を掻きながら、式典会場へ車を走らせる。

現在、このアドラス大陸には十の国々が覇権を争っていた。軍事力、政治力、経済力などで各々が競い合っているが均衡状態が長らく続いている。

 ここ、ストリアス帝国は、千年以上の歴史を持つ大国だ。

 初代皇帝コルリア=ストリアスが十五以上の散らばった紛争地帯を統括し、ストリアス帝国と名付けた。現皇帝トルイ二世は徹底的な軍国主義のもと国の軍備、造船に力を入れ国民から税を巻き上げ、圧政を敷いている。

  トルイ二世の話をすると必ず名前が上がるのが先帝キルシス三世であろう。

 先帝であるキルシス三世の治世は国民に寄り添う政治だった。しかし貴族、平民を同列に扱う制度を導入後、貴族の反発を買い、指示を得られず失脚。この国では皇帝の一存より貴族連中の意見が尊重される。

 軍国主義の影響に、アドゥラーバ共和国との戦争のおかげか若者の軍人志願が急増した。

 リリー=ストーンウォールもその一人だった。

 十八歳のとき、帝国軍に入隊、突出する才はなかったが人並み外れた努力で、現在少尉。

 昨年までストリアス帝国軍・航空隊所属。

 戦闘機、『S=402(フォーティーツー)インペリオン』偵察部隊の補助要員だったが度重なる不祥事で現在は後方補給基地に左遷された。

 ハンドルを握ってるマシロは幼馴染だ。同時期に入隊したが類稀なる頭脳を有し、若干、十九歳で『帝国軍の頭脳』と呼ばれる中央作戦司令部へ配属になった。齢二十四歳で大尉である。士官学校では戦術技能で優秀賞を獲得。稀代の天才と称され将来の軍事的トップだと噂される。


「そろそろクビにされるぞ?」


 マシロは軽口を叩いた。これは挑発でも皮肉でもない、いつも通り彼を心配しているのだ。怒りを覚えるどころか、肩の力を抜き、軽口で返すのが常だった。二人はそういう仲だった。

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