四話 帰ろう


街の中心にある塔らしき建造物は、天使を奉る神殿のようなものだ。

 そのふもとにある施設の前で、リフェは一人立ち尽くしていた。ここは天使達の会議場であり、黄色の国で高位にいる者達の職場でもある。

 そんな厳かな場所に似つかわしくない奴らが二人。

 

「もう離してくれてもよくない? ほら、リフェちゃん見えたよって!」

「目離したらどっか行くだろてめぇ」

「いかないって俺をなんだと思ってるの!?」


 案内しているのは断美なのに前を行き連れてくるのは旭という構図に、リフェは不思議そうに首を傾げた。

 行き交う人々にも構わず断美を正座させて叱りつけることで言うことを聞かせた旭は、なんとかリフェの元へと辿り着いたのだった。


「なんだかお疲れのようですね……またお会いできて嬉しいですわ、名も知らぬ転移者様」

「あ、うん……俺も……はい……」

「ほ、本当にお疲れのようで」

  

 疲れ果てている旭が片手を上げて挨拶すれば、リフェは気遣うようにそばに寄って顔を覗き込んだ。


「そうだ、自己紹介がまだでしたね。私はリフェルナ・エルメルタ。 緑の天使、と呼ばれていますわ」

「……俺は旭叶太です。 よろしくリフェルナさん」


 リフェがあだ名、愛称ってやつと言うべきか、とにかく本名ではないという事実を知り旭は焦った、が、それを表に出さないように努めて手を差し出す。

 リフェルナはその手を握って旭を自らの方へ引き寄せると、少し屈んで至近距離で微笑みかけた。


「リフェ、で良いのですよ」


 これは不味い、なにがってとんでもない美人の至近距離が。近いせいで甘い匂いがする気がしてきた。

 知り合う人が軒並み綺麗な顔をしているのは、旭が重要人物とばかり関わっているからか。だとしたら断美はなんなんだと言う話だが。

 取り留めない思考がグルグルと回りながら、リフェと見つめ合う。タレ目がちの瞳はまつ毛が揺れそうなほど長い。実際に見た事もないのに、ガーネットってこんな感じなんだろうかと覚束無い知識が頭を巡る。

   

「リ、リフェさん」

「ふふ、呼び捨てで構いませんよ」

「俺は佐々木断美__」

「静かにしててくれるか」


 断美が空気を読まず挨拶を始めるが、せっかくのドキドキタイムを邪魔されて不機嫌全開の旭が間髪入れずに遮った。

 リフェに対するそれから一転して断美を冷たく突き放す旭の顔は冷たいが、断美は変わらずへらへらとしている。

 リフェは心配そうな顔で二人を交互に見た。


「えっと、仲が悪いのですか?」

「悪い」

「良いよ」


 二人は顔を見合わせて、笑った。断美はいつも通りだったが、旭は笑うしかないだけである。

 仲良いと思ってたのかよ、あれで。ここまで来たらもう笑うしかないのだ。

 

「……挨拶もそろそろ終わってるかなって迎えに来たんですけど、大丈夫でした?」


  そもそも断美が急に言い出しただけで、迎えに来る予定ではなかったはずだ。

 旭が伺えば、リフェは視線を逸らし思案を浮かべる。

 

「……実は、桃色の天使と会う約束しているのです」 

「ありゃ、お邪魔じゃん俺ら!」


 断美があっけらかんと言えば、旭に小突かれた。喋るなの合図である。

 しかし、リフェは黙って首を横に振った。窓から曇り空を眺め、雨を案じるように。


「本来ならば、既に顔を合わせているはずなのですが……」

「遅れてるのか?」

「どこにも、いらっしゃらないのですよ」


 聞けば、桃色の天使はリフェと会う約束の前にこの施設へ来ていたようだ。

 施設の中ならば一人で大丈夫だと付き添いの騎士を離れさせたらしく、約束の時間にリフェが訪れた時にはその姿は忽然と消えていた。


「ここって結構厳重ぽいけど……あそことか見張りだっているし」


  旭の疑問に、リフェは頷く。桃色の天使は、施設の中にいたはずなのだ。

 第一外に出たとしても、見張りや、誰かしらの目には止まる。

 連絡手段は見当もつかないが、旭達が通れたのも施設の職員にスティが伝えてくれていたからだった。


「そうなのですよ、ですから……」


 予想でしかない、これを言ってしまえば無実の誰かへ罪を被せかねないのだ。だからリフェは、二人が来るまで物憂げに施設の前で立ち尽くしていた。

 落ち着かない様子で、自分の胸元へ手をやるリフェを見て旭は眉をひそめた。


「天使って、狙われやすかったりするのか」


  聞かれて、その意図を汲み取ったリフェが目を丸くする。


「はい、私が眠りにつく前と変わっていないのでしたら……桃色の天使は特に」


 誘拐。だが、厳重に警備された施設内で姿を消したとなると厄介である。つまりは施設に務める誰かが実行している可能性が高いのだから。


「ねぇ、ちょーっといいかな」

「なんだよ」


 また無駄な話をし始めるのでは、と疑いつつも話を聞いてやる辺り旭はお人好しである。

 そして、今回に限りその対応は正しかった。


「桃色の天使なら、さっきすれ違ったよね? 旭もいたし、見てなかった?」


 沈黙が落ちる。

 唖然として二の句が継げない二人を前に、断美は不可思議そうだ。

 やがて、先に我へと返った旭が断美に掴みかかった。


「すれ違った!? いつ、つかなんで言わなかったんだよ!?」

「街歩いてる時だけど、旭は意気消沈って感じだったもんね! 仕方ないってやつかなぁ、そりゃ俺だって一人でいるの珍しいなと思ったさ、けどあの子の事詳しく知らないし? あの子あんまり俺に話しかけてくれないんだよねぇ、背高いと怖いのかな? あの子ちっちゃいもんなぁ」


 街を歩いている時。どの時だ、意気消沈ということはわりと最初の方だろう、と記憶を探る。旭は桃色の天使には会ったことが無い。

 チラリと横のリフェを見る、彼女の髪は鮮やかな緑だ。スティは黄色、金髪ではなく、黄色。

 そして、最初の屋敷でぼんやりとしたまま聞いていた会話を思い出す。


『藤色の天使の企みを、潰してくれ』


 あの薄い紫色の髪の少女が、藤色の天使なのだろう。

 三人とも、髪の色がそのまま天使としての色名となっている。

 街で、あの三人のような鮮やかな色は確かに見かけなかった。元の世界よりは色彩豊かだが、色味が落ちるのだ。


「……いや、一人いた」


 月日の話をする少し前、桃色の髪をした少女とすれ違っている。あの時は前提を知らなかったため、スルーしてしまったが。


「戻ろう、移動してるだろうけど街にはいるはずだ」


 

__

____


「あ゙ーー!! クソ広い!!」


 通りのド真ん中で旭は叫んだ。この街は黄色の国で一番栄えている、首都みたいなものだ。住宅地はともかく、商店街は人がごった返している。

 目立つ髪色とはいえ、手がかりナシでこの中を探すのは無理があるだろう。

 だが頭を抱える旭を他所に、残る二人は少し余裕げだ。

 

「魔力は残っていますわね」

「だねー、でも方向がわかんないや」 


 どうやら、手がかりナシだと思っていたのは旭だけのようだった。


「魔力って、魔法発動する時に使うエネルギーだよな? 多分」

「えぇ、そうですわ。 魔力は基本魔法を使った時に感じられるもの、けれど天使は別です。 隠せますが、焦っていると……スパイラヴェール」


 リフェが空中へ手をかざすと、ピンク色のモヤがそこかしこに浮かび上がった。

 これが、魔力の残滓。それらは四方八方を浮遊していて、断美が言っていた通り方向が分からない。

 悩んでリフェを見れば、彼女は本を読むように何かを目で追っていた。

 彼女が使用したのは解き明かす魔法。目に見える形に現すだけではなく、使用者は痕跡から情報を読みとれる。

 やがて、リフェは真っ赤な瞳を見開いた。

  

「……これは……お二人共、こちらです!」


 リフェの後を追って走り出すと旭は後ろから叫んだ。


「なにがわかった!?」

「彼女は犯人の元から逃げ出したようですわ。しかしまだ追われてるようです」

「OK、急がなきゃな」


 商店街を抜けて裏通りに入る。 日陰になっていて、急に薄ら寒くなった気がした。

 旭には魔力を感じることができない。断美ですら読めてそうだったのが納得できないが。

 とりあえずリフェの後を追うしかなさそうだ。


「動き回ってますわね。失礼しますわ叶太様!」

「ッ……!?」

 

  突然担ぎ上げられた旭が悲鳴を出す暇も無い。リフェは傍の壁を蹴って建物の隙間を上へと駆けていく。

 景色が開けて、陽の光が当たる。リフェは屋根を踏みしめ、屈伸するように膝を曲げると更に高く跳び上がった。


「ウォルド・レスティアロウ、スパイラヴェール・オーヴァ」


 ここまでほぼなにも感じてこなかった旭だが、ようやくそれらしきものを認識する。

 シャボン玉のような透明な膜が体に張り付いたかと思えばそのまま通り抜けていった。

 唱えられた魔法は二つ。前者は屋敷で聞いた、飛行魔法らしきもの。後者はついさきほどと似ている呪文名、感知効果を持つ魔法だろうかと予測する。

 しかし、反応は無いのか波のように広がるそれはただ消えていく。リフェには見えているのだろうか。

 旭は彼女の様子を伺おうとして、止めた。一点だけ、ピンク色のモヤが立っている。


「あそこか!」


 同時にリフェもモヤを視認する。

 彼女は旭への返事の代わりに魔法で加速、滑空してモヤの元へと突っ込んだ。


「緑のッ……」

「おい嘘だろ!? 」

「くっ、もうおでましか」


 着地した路地裏、突如現れた二人に鎧を着た数人の男がおたおたと騒ぎ始める。

 後ろには、ぐったりとしている桃色の髪の少女がガタイの良い短髪の男に捕まっていた。

 間違いない、あの時すれ違った少女だ。


「……やはり、警備として潜入していたのですね」


 リフェが男達を睨みつけた。横にいる旭ですらその圧に膝を折りそうになるのだ、真正面から浴びせられた男達の心境は想像に容易い。彼らは顔を青くして後退る。


「目的を教えなさい」


 足を一歩前へ進ませて、彼女は男達を見下ろした。

 

「はっ、ア、アンタだってこいつの能力は知ってんだろ?」

「契約が目的、ですのね」

「……あぁ! 害する訳じゃねぇ、俺達は守ってやるっつってんだ」

「それはあなた方の目的ですか?」


 旭はリフェの言葉の意味が分からなかった。だが、口を挟むことは無い、黙って行く末を見守る。いつでも動けるように。

 リフェは静かに男達の反応を伺う。桃色の天使が持つ能力は契約することで意味を持つ。契約すれば、彼らは力を得ることが出来る。それ故、私利私欲のために契約を迫る者は少なくない。

 だが、当たり前だがデメリットもある。知らずに契約を交わそうとして、真実を知り逃げ出す者も多い。

 彼らは一見するとそんな有象無象と同じに映るのだ。それなのに、警備として潜入し誰にもバレずに彼女を連れ去った手腕は只者では無い。

 結局桃色の天使に逃げられているのも含めて、あまりに印象がチグハグだ。

 黙って彼らを見つめれば、一人が舌打ちをした。

  

「……手を引く者がいますのね」


 言葉と同時に金属が擦れる音が鳴った。リフェは旭を曲がり角の向こうに突き飛ばすと、後ろに下がって剣撃を避ける。


「ううん、まだ調子が戻りませんが…….あなた方には負けませんわ」


 そう言って、下がった勢いで地面を踏みしめよろめく男を蹴り飛ばす。

 更に、横から殴りつけてきた別の男の拳を受け流し足を引っ掛け転ばせた。

 魔法も使わず圧倒している。

 呆然と眺めてしまった旭は、すぐ頭を振って曲がり角から顔を覗かせた。桃色の少女はぐったりして動かなかった短髪の男に捕まっている。

 誰もいない道へ振り向き、旭は戦闘音を背中に受けながら走り出した。リフェが戦っている今なら、全員意識をそちらへやっているだろう。

 背後から不意をつければ、あの子を助けられるかもしれない。

 

「……気づかれてない、よな」


 裏に回りリフェ達のいる路地を反対側から覗けば、意外と近い位置にいる短髪の男に驚き隠れた。

 隠れてから、頭を悩ませる。どうやって助けるか考えてなかった。武器なんて持っていない、旭程度が殴ってダメージを与えられるのだろうか。

 息を潜めてもう一度向こう側へ顔をそっと出す。旭は緊張で高鳴る心臓の音を抑えるように胸に手を当てた。

 自分は落ち着いている、大丈夫、気づかれない。そこで旭はハッとして動きを止めた、これなら。




 男達の攻撃は当たらない。

 一方的な戦いが続いているが、しぶとさだけはあるようで、倒れてもまた立ち上がってくる。

 リフェが相当手加減しているのもあるだろうが。


「クソッ使えねぇな」


 自分の番になるのも時間の問題だろう。

 短髪の男が舌打ちして、少女を抱え直す。力が抜けていると重くて仕方ない。

 連れて逃げるか人質にするか、あるいはどちらもか。さてどうしようか、と思考していた男の首に腕が回った。

   

「ッグゥ!? なっ……」


 旭は男の背後から片腕を首に回すともう片方の腕で固定した。テレビで見たチョークスリーパーの形はこんなんだったはずだ。

 力を込めて首を絞めれば、短髪の男が少女を手放して抵抗する。

 物理的に絞め落とすつもりは無い。これだけしっかり触れていれば、アレが使える。


「……落ちろ!」


 心の底からそう願えば、短髪の男の体の力が抜けた。腕を離せば重力に習って地面に倒れる。

 上手くいって良かった、と安堵してから、ぐったりした少女の前にしゃがんで様子を確かめる。


「大丈夫か」 


 少女が僅かに顔を上げる。虚ろだった黄緑色の目が旭を映した。意識はある、が。

 ややふっくらとした輪郭に、頬に差す薄紅色。愛らしい顔立ちの少女は、だからこそ人形のようだった。


「あなたは……?」

「旭、旭 叶太。 助けに来たただの一般転移者だ」


 少女はまだ飲み込めていないようで口を閉ざしてしまったが、不安からか彼の服の裾を掴んだ。旭はその上から手を重ねた。

 背丈のせいか妹を思い出してつい手を握ってしまったが、手のひらを動かし握り返されて旭の方が驚いた。

 信頼はしてくれらしい。


「叶太様、彼女を連れてお逃げ下さい!」


 反射的に振り返って置いてく訳には、と言おうとしてボコボコになった男達の姿に小さく悲鳴が出た。穏やかそうに見えて容赦がない人だ。

 おそらく人質にでもされたら面倒だから逃げろという話だろう、とさすがに察した旭は握っていた少女の手を引いた。


「大丈夫、無事に帰ろうな」

 

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