第1話
古びた真鍮のベルが、カラン、と寂しげな音を立てる。ユウキは慣れた手つきで埃を払い、ラジオのスイッチを入れた。
『――続いて、今週オープンした話題の家具量販店、「氷川家具」についてです。CMでもお馴染み、**“あなたの部屋を“映え”させよう!”**をテーマに、最新のデザイン家具を驚きの低価格で提供しています。週末には、開店前から長蛇の列ができたそうです!』
「……映え、か」
ラジオから流れる軽快な声が、ユウキの心に重く響いた。この町の郊外に、巨大な倉庫のような「氷川家具」がオープンしたのは一週間前のことだ。その日から、町の空気は一変した。道行く人々は、誰もがスマホを片手に「氷川家具」の話題で持ちきりだった。
「ねぇ、見た?氷川家具のCM。めちゃくちゃかっこいいよね」
「うん、スマホで写真撮ると、映えるんだって。インスタグラムとか、ああいうのにピッタリだよな」
ユウキは工房の窓から通りを眺めた。彼の店「カザミ工房」の前を通り過ぎる人々は、もはや誰もショーウィンドウに目を向けることすらない。
「僕の家具は、誰の部屋を“映え”させることもない……か」
ユウキは、自分の作った「多機能すぎる本棚」を、悲しげな眼差しで見つめた。彼の家具は、「ださすぎる」「無駄な機能が多い」と酷評されるばかりだ。
その日の夜、ユウキはこっそりパソコンを開き、SNSにアクセスした。
検索窓に「#カザミ工房」と入力し、エンターキーを押す。
『見てこれ(笑)。おばあちゃんの家で使ってそうな家具、まだ売ってるらしいww #カザミ工房 #ださすぎる』
画面には、ユウキが先日納品した椅子が、古いタンスや花柄の布団に囲まれて写っていた。そして、その写真の下には、無数のコメントが並んでいる。
『まじかよ、タイムスリップしたのかと思った(笑)』
『逆に新しいかも?いや、ないな』
『映えとは真逆の世界』
ユウキは別の投稿を探した。
『この店の前通ったんだけど、ショーウィンドウの家具、ヤバすぎww #カザミ工房 #無駄な機能 #どうやって使うの』
そこには、「多機能すぎる本棚」の写真が投稿され、嘲笑のコメントが溢れていた。ユウキは、自分の手で作り上げた作品が、ネット上で笑いのネタになっているのを見て、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「父さん……」
ユウキは作業台の引き出しから、一枚の古い写真を取り出した。そこには、温かい笑顔を浮かべる父と、父が作った温もりのある家具たちが写っている。
「父さんの時代には、**“映え”なんて言葉も、“SNS”**なんてツールもなかった。ただ、使い手のことを第一に考え、心を込めて家具を作れば、それでよかったんだ」
だが、今は違う。
ユウキは、自分が時代に取り残されていることを痛感した。父から受け継いだのは、店という場所だけ。温もりと、物語を紡ぐ才能は、どこへ行ってしまったのだろう。このままでは、父が大切に守ってきた「カザミ工房」は、遠くないうちにその暖かな灯りを消してしまうだろう。
そんな諦めと焦燥が入り混じった感情を抱えながら、ユウキは再びパソコンの画面を見つめた。
そこに映し出されたのは、「いいね」の数が千を超える、華やかな「氷川家具」の投稿だった。
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