転生家具屋の異世界コーディネート生活

真輝

プロローグ

古びた真鍮のベルが、カラン、と寂しげな音を立てた。ユウキは慣れた手つきで埃を払い、古い木材の匂いが染み付いた空気の中で、ぼんやりと窓の外を眺めた。


「カザミ工房」。


それは、この町の小さな路地裏で、父が一代で築き上げた小さな家具屋だ。父の作る家具は、温もりと物語に満ちていた。


「すごいんだぜ、ユウキの親父さんの家具は。あのテーブルなんか、なんだかさ、ご飯が美味しく感じられるんだよな」


「そうそう、私の使ってる椅子も、もう何年も経つのに、座ってると心が落ち着くんだ」


父の家具は、使う人の暮らしにそっと寄り添うような、そんな優しさを持っていた。卓越したデザインセンス、人を惹きつける独創性。父の作る家具は、そのどれもが唯一無二の存在で、町の誰もが「カザミさんの家具」を愛した。


だが、父が突然病に倒れ、ユウキが店を継いでからの数年間、店の賑わいは嘘のように消え去った。


ユウキは、父の跡を継ぎたいという一心で、不器用ながらも必死に家具作りに励んだ。しかし、どういうわけか、彼の作る家具は、父のそれとは似ても似つかないものばかりだった。


「なあ、これ、本棚か?」


「いや、本棚にしては変な突起が多すぎるだろ」


「ていうか、この取っ手は何だ?無駄にでかいぞ」


店の前を通る人々の辛辣な会話が、ユウキの耳に届く。彼の渾身の作「多機能すぎる本棚」は、見たこともない複雑な機構と、無駄に装飾された取っ手で埋め尽くされていた。


「ださすぎる」「無駄な機能が多すぎる」。


それが、ユウキの家具に対する世間の評判だった。父の温かいセンスは、どうやらユウキには一切遺伝しなかったらしい。彼は壊滅的なまでのインテリアセンスの持ち主で、その才能はむしろ、家具を「使いにくく」「不格好」にする方向に全振りされていた。


「これ、座れるのか?」


「いや、どう見ても無理だろ。重心が偏ってるし、そもそもこの引き出し、開け閉めするたびにギシギシと悲鳴を上げてるぞ」


初めて作ったサイドテーブルは、使い勝手を考え抜いた結果、天板に五つの引き出しをつけ、脚は三本にすることで「どの角度からでも座れる」という奇妙な機能を持たせた。だが、完成したそれは、重心が偏って今にも倒れそうで、引き出しは開け閉めするたびにギシギシと悲鳴を上げた。


店を訪れる客は減り、埃をかぶった新作家具だけが、寂しげに佇んでいた。


ユウキは、今日もまた、誰にも見向きもされない本棚を眺めながら、深くため息をついた。父から受け継いだのは、店という場所だけ。温もりと、物語を紡ぐ才能は、どこへ行ってしまったのだろう。このままでは、父が大切に守ってきた「カザミ工房」は、遠くないうちにその暖かな灯りを消してしまうだろう。


そんな諦めと焦燥が入り混じった感情を抱えながら、ユウキはもう一度、古びた真鍮のベルに目をやった。再びベルが鳴り、誰かがこの店を訪れる、その日を信じて。彼は、使い古された作業台の前に、静かに立ち尽くした。

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