優翔 夏祭りにて

 夏休みも残すところ三日。そんな中、僕と明葉は今日はいつものドーナツ屋ではなく、一駅隣の夏祭りへ来ていた。数日前に取り付けてもらった約束が今日だったのだ。僕は初めて女性と祭りへ来ているため、心が太鼓の音に合わせて跳ね上がっているのがわかる。いや、女性と来ているからではない。「明葉」と来ているからだ。あの初対面から僕の気持ちは変わることなく、彼女のことを想い続けていた。そんな彼女は今日、浴衣を着て、お団子の髪型でやってきた。言葉には言い表せないほどの美しさだが、あえて表すとするならば、草原に生きる奇跡の一輪の花とでも言っておこうか。いうまでもなく、草原は我々、明葉以外の人間のことだ。彼女の美しさを語るのなら明葉を上げるのはもちろんのことだが、それ以上に他の基準から下げないと彼女の美しさは表せていないのだ。今日はそんな彼女二人きりで……すなわちこれは「デート」なのだろうか。うーん。あとで考えよう。とりあえず今は明葉と祭りを楽しむことが最優先だ。



「明葉、なんか食べたいものある?」

「じゃあ……かき氷!」


彼女は元気よく自分の要望を伝えた。これくらいスイスイと決めてくれるほうがありがたい。僕たちはそのまま屋台を周り、かき氷、たこ焼き、唐揚げ、焼きそばなどの定番のものを買って花火会場へと行く。花火会場にはまだ開始には三十分もあるというのに、ほとんど、いや全て埋まってて席がない。


「今年は人多いねー」

「来たことあったの?」

「親と何度かね」


初めてはどうやら僕だけのようだ。普通、世の中の人は夏祭りは小さい頃に一度は来るものだ。僕こういう大勢の人が参加する祭りは無縁だった。理由は、大きく二つ。まず、まだ体が小さいときに両親が共働きだったから。もう一つは、声が通らないため会話が成り立たなくなるからだ。祭囃子の音、それに湧き上がる歓声、会話の嵐、それら全てが僕のこの声を押しつぶしてしまうのだ。そのため、一緒に歩いていて少しでも離れると、一瞬ではぐれてしまう。だから、今日は細心の注意を払って……そう思って後ろを振り向いた刹那、


明葉がいないことに気がついた。


僕の心が一瞬にして焦りと恐怖に支配される。


まずい。まずい。まずい。まずい。どこではぐれた。


記憶を頼りに歩んできた道を戻っていく。その間、嫌な予感が次々とよぎっていく。


怪我をしたー持病があったー変な奴に絡まれてるー誘拐ー。


そうした予感が僕の心臓の拍動を速めていく。花火会場から駅を何度か往復したが姿が見つからない。花火が始まるまであと十分。それまでに見つけないと僕の声はおろか、彼女の助けを求める声すら聞こえないかもしれない。花火会場で一度落ち着く。そういえば携帯の存在を忘れていた。画面を見ると、一件の着信が入っている。差出人のメールアドレスはつい最近交換したばかりのものだった。僕はすぐにメールを開いた。


「あのドーナツ屋で待ってる

           明葉」


メールにはそう綴られていた。僕はすぐに走り出す。この時間だ。電車なんか待っていられない。僕は一歩一歩を確実に接地時間を短くして全力で駆け抜けた。いつものドーナツ屋に着いたのは花火が始まる三分前だった。店の外を見ても彼女の姿はない。あと思い当たる場所といえば……


「テラス席か」


おそらく花火を見るのには絶好の場所だろう。そう思い、足を進める。すると、見慣れた影を見つけて僕の口から安堵の吐息が漏れる。彼女もこちらに気づいて優しく微笑む。それを見て、僕は彼女に駆け寄って抱きしめずにはいられなかった。


「ど、どうしたの?」


彼女が優しく問いかける。僕は半分泣いているような状態だった。


「ごめん。ごめん。ごめん。本当にごめん。」


僕はこの言葉を必死に繰り返す。


「一人にして本当にごめん」


力強く抱きしめながら彼女に許しを乞うた。情けないが、そうすることしか僕にはできなかった。


「大丈夫だよ。気にしない。気にしない。ほら、花火始まっちゃうよ」


彼女は僕の背をさすりながらなだめてくれた。この優しさが身に染みる。そしてさっきの自分の行動からある一つのことが分かった。


「やっぱりめっちゃ好きやなぁ」


僕の口から漏れてしまったが、僕の漏れた一言と一発目の花火が重なってかき消された。


「いまなにか言った?」

「いy……」


いやなんでもないの言葉が出そうになったが飲み込んだ。果たして本当にこのまま誤魔化していいのだろうか。このまま自分の声のせいにし続けていろんなことから逃げていくのだろうか。自分の人生だ。自分で選択できるのだったらいつまでも周りを気にしたり、甘えたりなんかして後悔はしたくないー。


「言ったよ」


明葉は少し驚いた表情で見る。


「「僕は明葉が好きだ」」


彼女は今ここで告白なんてされると思ってなかったのか慌てている。よく見ると青色の花火が上がっているのに彼女の耳は青ではなく赤に染まっていた。


「「僕と付き合ってくれませんか」」


聞き逃しのないよう人生のなかで自分でも驚くくらい最大限大きな声で彼女への想いをぶつけた。

明葉は一番大きいであろう花火が咲くタイミングで言った。


「よろしくね。優翔くん」


つまり……僕たちは晴れて立派な恋人となったのだ。言葉に形容出来ないような嬉しさが僕の胸を貫く。


 それから店が閉まるまで二人で肩を寄せ合って手を繋いで海を見ながら過ごした。今日の海はよく澄んでいるように見えた。

 きっとこれから人生の選択はいくつもある。何歳になったとしても。けれど、これから先もずっと自分で人生の選択が自分でできるようになった今、明葉の言う、自分の人生を送っていける気がする。人生において真に大切なことは、自分が後悔しない選択をするための一歩目を勇気を出して踏み込むことだと僕は思う。

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あのドーナツ屋で しまえなが @simaenaga1224

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